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第12話 赤髪の義兄(後編)

過去回後編です。

第12話 赤髪の義兄(後編)



 姉の表情の理由を知ったのは程なくしての事だった。

 俺が15歳を過ぎたくらいから両親の仕事を手伝うようになり、両親とともに行商先へ向う道中の事だった。 

 丁度、花嫁行列に出くわしたのだ。

 行列を見送った後、母が肩を落としてぼそりと零した。

「信乃には悪いことをしたわ……」

「おいお前」

「ごめんなさい、でも」

「もういいだろ」

 父が母の言葉を遮った。

 花嫁行列を遠目に俺は隼兄と信乃姉の顔を思い浮かべていた。

「信乃姉と隼兄ってさ、結婚しないのかな。お似合いだと思うんだけど」

 俺の言葉に両親が顔を見合わせてため息をついた。

「……父さんも母さんもお似合いだと思ってるよ」

「隼太郎くんならって思ってるし、隼太郎くんのお父さんだって許してくれてる。信乃だって隼太郎くんのこと好いてるわ」

「じゃあ、結婚すればいいじゃん。この前、信乃姉にも同じこと言ったんだけど」

 どれくらい俺が無神経だったのか、思い知ったのは母が泣きだしたからだった。

「え、俺なんか悪いこと言った?」

「壮助、今は黙りなさい」

 父は母を慰め、寄り添った。


 その後、行商先で滞りなく仕事を終わらせ宿に入り、背負っていた荷物を降ろした。

 身軽になった俺を父は散歩に連れ出し、人通りまばらな河原を一緒に歩いた。

「壮助、もう余計なことは言うな」

「余計ってなんだよ」

「信乃は赤と緑がわからないのは知ってるな?」

「知ってるよ?」

「それは子供にも受け継がれる可能性があるんだ」

「でも、それは可能性の話で」

「隼太郎くんは長男で家業を繋ぐ立場だ」

 父が何を言おうとしてるのかがわかってしまった。

「お前が思っている程、そんな簡単な話じゃない。信乃が一番辛いんだ」

「……ごめん」

 今までの状況と姉と隼兄の二人の様子を思い返して、泣きたいのは姉に違いないのに、泣いたのは俺だった。

 

 あたりまえだ、好き同士で親同士も認めているのに結婚しないのはそれ相応の理由があるのだ。


 父が先に宿に戻った後、河原を三往復しても涙が止まらなかった。



 2人の関係が強引に進んだのは姉が近所の子を庇って大怪我をしたことがきっかけだった。

 目を覚まさない姉の傍らに隼兄は片時も離れなかった。

 3日後、ようやく目を覚ました姉に隼兄は怒りながら求婚をした。

 俺と両親の目の前だった。

 隼兄から普段聞くことのない大声に姉も含めた家族4人でギョッとした。

「あら、しゅんたろう?」

「あらじゃない! もういい! もう信乃の話は聞かない。結婚して俺の近くにいろ……」

「はい?」

「待ってたら信乃が先に死ぬ。もう待たない、お前の話は聞かない結婚する。それで文句ないな?」

「でも」

「どうでもいい。本当にどうでもいい!子供もいらないし、俺の代で終わっていい。親父にはそう言ってきた」

「待ってよ、そんな」

「俺は信乃以外と結婚しない」

 この日、姉が泣いた。もちろん、はじめて見た。

 

 この人はいとも簡単に姉の感情を引き出してしまう。

 そういう姿を見ていると二人は出会うべくして、出会い、この先もずっと一緒にいるんだろうなと根拠もなく思った。

 同時にずっと見守っていきたいと使命のようにも思った。

 喧嘩腰の求婚を受け入れ、二人は晴れて夫婦になった。



 その2年後、こいが産まれた。

 父親譲りの真っ赤な髪と瞳、笑うと隼兄にそっくりだった。

 抱いたら壊れてしまいそうなほど軽くて、怖かったからあまり抱えてあげられなかった。

 

「壮助、今日は抱っこしないの?」

「いいいい、今日こそ絶対にこいを潰してしまう自信がある」


 俺は次第に両親の仕事のお手伝いから一部を請け負うようになった。薬を担いで東西南北、様々な土地へ渡り歩くことが増えていった。

 見たことのない土地を歩くのも、定期的に顔見知りのお客さんの様子を伺うのも嫌いではなかったし、やりがいもあった。

 ただ、3人に会えなくなる事が増えるのだけが辛かった。


 久々に村に帰る予定が出来て事前に姉へ手紙を出した。

 返事はなかったけれど、3人にお土産をたくさん買った。


「壮助!」

 道中、偶然にも両親にばったり会った。

「壮助、お前そんなに」

「親父こそ」

「これはだな、その……なぁ?」

 両親も今から村に戻る予定とのことだった。俺と同じくお土産をたくさん抱えていた。

 ほとんどがこいへの贈り物だった。

 孫が可愛くて仕方がないらしい。俺も人の事は言えない。


「急げ! お前たちは大回りで、とにかく火を消せ」

 村の入り口は大騒ぎだった。

 大勢が忙しなく動いていて母が人にぶつかって持っていたお土産をばらばら地面に落とした。


 カンカンカンッ!


 火事を知らせる鐘の音が響き渡っている。

「火事?」

 道行く人が火事だ火事だと慌てふためき、叫んでいた。

 火を消せ火を、後頭部を殴られるような声量だった。

「火事、どこで」

 首を右に左に大きく振り、火元を追うと、とある一点で目が止まった。

「あそこは」

 なぜあのあたりが明るいのかわからなかった。

 村の外れには俺の見知った家しかない。

 

「違う、間違いだ」

 走り出すしかなかった。人を強引にかき分けて身体を人混みにねじ込んで進んで、転んでいる場合じゃない。

 仕事道具や手持ちの荷物は捨て置いて、水をかぶって飛び込むしかなかった。

「離せ!」

 よせ、やめとけ、と腕を引かれても力任せに振り払った。


「信乃姉! 隼兄! こい!」

 

 見知った間取り。

 火の粉が喉を焼き切るように痛めつけてくる。

 もうこれ以上進むなと肺が呼吸を拒否する中、目の前に現れたのは真っ赤な炎の中でも鮮やかな俺の大好きな赤だった。

「隼兄! よかった、外に」

 隼兄の腕を掴んだ。しかし、すぐに腕を振り払われたのはこれが最初で最後だった。

「壮助、戻れ」

「やだよ」

「ごめんな?」

 再び炎の中に戻っていく隼兄に手を伸ばしても今度は届かない。

「待って、隼兄!」

「奥に信乃がいるんだ」

「こいは!?」

「……壮助」

 隼兄がぱくぱくと口を動かした。何を言っているのか聞こえなかった。


 突然、背中を引っ張られた。

 村の人が俺を助けに来てくれたらしい。

 引きずられるように外に出された。吸っても吐いてもヒューっと同じ音がして、呼吸がうまくできずに気を失った。



「ぁ……」

 目覚めたところで夢ではなく、じくじくと頬と首の火傷が現実だと責めたてる。

「ァウあ」

 喉を焼いて声すら出させてもらえない。


 その後、隼兄と信乃姉の遺体が見つかった。

 こいの遺体だけは見つからなかった。

 

 両親と必死にこいを探し回り、周辺の人、隼兄の交友関係や知人をあたってもこいを知っている人はいなかった。 

 誰かに助け出されたのか、見つからなかっただけですでに亡くなっているのかわからなかった。




こいちゃんのことがわかったような、わからないような。壮助叔父さんから見た世界の過去の話。

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