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第11話 赤髪の義兄(前編)

こいの叔父。壮助が語るこいの両親の話①

第11話 赤髪の義兄(前編)



「ひとまず、お茶でも飲まない?」

 苗子さんに家の中へと誘導されて、居間に入った。

 私と宵のお父さんが向かい合って座り、宵のお父さんの隣に苗子さんがいて、私の横に宵がいた。

「あの、誰かと勘違いしているんじゃ……」

「いや、見間違えるはずない!」

「でも」

 私が戸惑っているのと同じく苗子さんも同じように戸惑い、額を押さえていた。

「待って、あなたから姪がいる話なんて一度も聞いたことないけど?」

 また宵のお父さんは目頭を押さえ、涙交じりに言った。

「隠していたわけじゃないんだ……生きているのか、死んでいるのかもわからなかったから」

 混乱はしている、他人事のようにも感じている。

 耳鳴りがする。

 積み木が一気に崩れるような感覚がする。


「14年前に……」

 はくはくと声にならない音が口から零れた。

「じゅ、14年も前のことなら、それは私のこと、じゃないかもしれません。ひと、違いの可能性は、あるんじゃ」

「君の父、草薙 隼太郎くさなぎしゅんたろうさんは」

 私の知らない名前の人が父だと断言された。

 亡くなったお父様の存在が否定されたように感じてたまらず否定をした。

「わ! 私の父は東条 英作(とうじょう えいさく)です!」

「君の父親の草薙隼太郎は君と同じ髪と目の色だった。母親は俺の姉、後藤 信乃(ごとう しの)。そして、子供の名前はこい。小さい君を腕に抱いたこともあるし、遊んだことだってある」

 宵のお父さんはさらに私の生年月日まで言い当てた。


 言われてみれば、お父様もお母様とも、お姉様とも髪の色が違った。瞳の色だってそう。

 何一つ似ているところなんてなかった。でも、それでもお父様も、お姉様、トキだって血が繋がっていないとは言わなかった。

 混乱する頭が少しずつ下がっていくと、宵が私に抱き着いた。

「ねぇねぇ、めいってなあに」

「宵とこいちゃんは家族ってこと……」

 苗子さんが戸惑いながら宵のお父さんが述べた事実を並べて言った。

「こいちゃんと宵が家族なの、嬉しい!」

 宵がぎゅうぎゅう抱きしめてくれる。

 私もだよって嬉々として抱きしめ返すことができなかった。



「苗子、こいちゃんと二人で話をさせてくれないか?」

 苗子さんは頷いて宵を呼んだ。

「宵、今日お父さん帰ってきたから晩御飯豪華にしない?」

「するー!」

「じゃあ、買い物にいこっか」

「うん!」

 苗子さんと宵が家を出たのを見届けて、宵のお父さんは咳払いをして私に向き直った。

「改めて、後藤壮助です。宵の父で……君の叔父にあたります」

 壮助さんは受け入れなくていいから話だけでも聞いてほしいと言って過去を語りだした。





 小さな村で薬の行商をしている両親と5つ上の姉と4人で暮らしていた。

 裕福ではないものの、かといって今日食うものに困るということもなく身の丈に合った暮らしが出来ていたと思う。


信乃姉(しのねぇ)!」

 薬の行商をしていた両親は家を空けることが多かった。

 その代わり姉が保護者だった。

 何かと構ってくれる姉のおかげで両親のいない日常が寂しいと感じたはなかった。

 働き者で面倒見が良くて、快活な姉が大好きだった。

 自分で言うのもなんだが、どこに出しても恥ずかしくないという自信があった。



 それなのに現実はそうではなかった。


「あなたを嫁にもらう人はこの世にいない!」


 姉が十六歳を過ぎた頃、縁談がいくつか持ち込まれた。

 見初めたのはいつだって相手側だったくせに、是非にと豪語したくせに、姉の目の事を話すと全員掌を返した。

 挙句、暴言を吐いて出ていった。

 

 姉は赤と緑の色が認識しづらい生まれつきの目の異常を持っていた。

 ただ、それだけのことだった。

「子供にうつったらどうすんだ!」

 そう言われるたびに姉も父も母もただ頭を下げるだけだった。

 何も悪いことをしていないのにどうしていつも姉が謝らなければならないのだろう。

 怒りも泣きもせず、またダメだったとへらへら笑うだけだった。


 それが何度か続いた冬のある日に誰よりも先に俺が怒ったのだ。

「信乃姉は悪くないだろ! 何も悪いことしていないのに、どうしていつもいつもこっちばかり頭を下げなきゃいけないんだ。謝る必要なんてないじゃないか」

 俺の言葉に渋い顔をしていた両親とくつくつ笑っている姉。

「壮助が怒ってくれるから、私が怒らなくてもいいかなって思ってさ」

「なんだよそれ」

 姉の表情を見ていると両親にあたるのも、姉にあたるのもどこか違うような気がしてきた。

 けれど、体内にもやもやと苛々が充満していた。それらを燃料に変えて家を飛び出した。

「壮助!」

 姉の声を振り切って、走って走って燃料が尽きるまで足を止めずに進み、山の中に入った。

 はぁはぁと息を切らしながら立ち止まった先、川面を眺める姉と同年代くらいの男子学生がいた。

 真っ黒の外套に学帽を被っていた。

 息を切らす音でこちらに気付いたようで学帽のつばがこちらを向いた。

「何に怒ってんの?」

 学生は俺を見透かしたようにそう言った。

「怒ってないよ!」

「怒ってないという奴ほど、怒っているものだ」

 鼻で笑われ、さらに怒りが増した。

「そんなんじゃない!」

 ずかずかと近づいて、胸ぐらでも掴んでやろうと思ったところでびゅうっと音を立てて風が吹いた。

「あ」

 学帽が風に持っていかれたのが見えた。

 舞い上がる学帽の行方を目で追った。

 川に浸かる岸のぎりぎりに落ちた。

 

 なぜだろう。

 

 取りに行く義理もないのに足が前へ前へ動いていった。足先が急に冷たくなったのを感じて、勢い余って片足が川に入ったことに気付いた。

「冷た!」

 声を上げながらも掴んだ学帽を手に学生の方を振り返ると真っ赤な髪の毛が見えた。

 彼岸花を逆さにしたような癖毛だった。

 その彼岸花に吸い寄せられるように近づいていった。

「……綺麗な赤」

「だろ?」

 笑った口元からちらりと八重歯が見えた。

 目の離せない赤はいつの間にか自分の中に渦巻く怒りを溶かしてしまった。

「うん」

 吐息が白を帯びる冬の寒い日、それが草薙隼太郎との出会いだった。



「お兄さんどこに住んでるの?」

「この近くだよ」

 草薙隼太郎は川の近くに住んでいる。しかし、帝都の学校に通っていていつもは寮で暮らしているという。

 この村に戻ってくるのは年に2回、お盆と年末だけだという。

 冬に一度会ってから、夏と年末はよく顔を合わせるようになった。

 厳密には遊んでもらうようになった。夏は魚釣りをしたり、蛍を探したり、川で遊んだり、冬は勉強を見てもらったり、家に遊びに行ったりした。

 いつしか隼兄(しゅんにい)と呼び、慕っていた。 



 いくつか季節が巡った夏のある日、隼兄が約束の時間を過ぎても姿を見せなかった。

 蝉の声がだんだん増えていく。

「隼兄、寝坊助なところあるからなぁ」

 川にいくつか石を投げこんで、石を積み上げ塔にしたものが三つ出来た。


 日が一番高くなっても隼兄の姿は見えなかった。

 俺はようやく何かあったのかもしれないと思いはじめた。


「ごめんくださーい」

 何度か遊びに行ったことのある隼兄の家にやってきた。玄関先で声をかけても返事はなかった。

 聞こえなかったのかな。

「信乃姉にはよそのお家に勝手に入るなんてって、怒られそうだけど……」

 家の扉を少しだけ開いて、ごめんくださーいと言いながら中を覗くと玄関前で倒れている隼兄が見えた。

「隼兄!」

 駆け寄って身体を揺すった。

 夏の暑さを抜きにしても尋常じゃない汗をかいていた。見るからにただ寝ている様子ではなかった。

「隼兄!」

 声をかけ続けるとぼんやり薄目の隼兄がようやく答えてくれた。

「ごめん、遅くなって」

「それは大丈夫だけど」

「ごめんなぁ」

「具合悪いの? お家の人いないの?」

 しんと静まり返る家の中には人の気配はなかった。

「親父は仕事で一週間くらい、いない」

「隼兄死んじゃうよ。待ってて大人呼んでくる」

 具合が悪いときは大人を呼ぶ。それくらいしか考えられなかった。

 このままだと隼兄が死んでしまうかもしれない。

 慌てる俺の手を隼兄はとても熱のこもった手で掴んだ。

「村の大人は呼ぶな」

 はじめて隼兄が強い言葉を使った。

「俺なら心配ないから」

「でも」

「赤いバケモノって呼ばれるだけだから」

 俺の腕を掴んでいる最中も額から汗が噴き出ていて呼吸が荒かった。

 隼兄の肩が上下するたびに揺れる赤い髪を眺めていた。

 村の大人じゃない、バケモノって呼ばない人。

 きっと、隼兄は赤いのを気にしているってことだよね。だれか、だれか。

 頭には姉の顔が浮かび上がり、後光が差していた。


「あ、隼兄。いるよ、いる! 絶対隼兄のことバケモノって呼ばない人、俺知ってる」

「いいから!」

 また隼兄は俺を止めるように力強く腕を掴んだ。

「俺の姉さんは赤がわからないから、大丈夫だよ。待ってて」

「わからない?」

 俺の言葉にわかりやすく戸惑っている隼兄は手の力を弱めた。俺は優しく隼兄の手を自分の腕から離した。

「すぐに戻るからね!」

 隼兄の家を飛び出して、途中転びながらも自分の家まで急いで戻り、転がるような勢いで家の中に入った。

「信乃姉いるー!」

 何度も姉の名前を呼んだ。

 家の奥の方から声がして台所を覗いた。

「信乃姉、大変大変!」

「何よ、いきなり」

「俺の友達が倒れてるんだ」

「はあ!?」

 姉は俺の頭を一発叩いて、それを早く言いなさいと家の中から救急箱を手に飛び出してくれた。

「どこにいけばいいの!」

 俺が先導しているのに姉の方が足が速い。

 いつの間にか次はどっちの道なの! と先陣をきっていた。

 隼兄の家の扉を勢いよく開くとまだ隼兄は顔を青くしたまま倒れていた。

「あなたの部屋はどっち? 布団はどこなの?」

「むこうの……」

 思った通り、信乃姉は隼兄の髪色には何も反応せず肩を貸し隼兄の部屋へ移動をした。

 俺は姉に言われるがままに布団を敷いた。


 その間に信乃姉は隼兄の着物を着替えさせるのを終えていた。

 水を飲ませ、薬を飲ませ、額に濡らした手ぬぐいを置いて、布団に寝かせたのを見て思わずその手際の良さに拍手をしてしまった。

「おおー!」

「とりあえず、これでいいかな」

「ありがとう、信乃姉」

「困ったときはお互い様よ。この人、ほかに家の人とかいないの?」

「一週間くらいいないんだって」

「あら、そう。でもなんで私?」

「なんか、村の人呼ばれたくないみたいで」

「よくわからないけど、難しい人ってことね」

 

 信乃姉は隼兄が目覚めた後に食べられるようにとおかゆを作り、どうしようもなく散らかった部屋を片付けたりしていた。

 姉を手伝いながら俺と隼兄の話をしていると隼兄は目を覚ました。

「信乃姉! 隼兄起きたよ」

「大丈夫? 何か食べられる?」

 とてもだるそうに身体を起こした隼兄は姉を見て、怪訝そうにした。

「あんたは……」

「壮助の姉さんよ。それより何か食べられそう? 水飲む?」

「食べる」

 姉は隼兄の視線も言葉もほとんど無視しておかゆを食べさせてしまった。

 その後は枕元に水や薬を置いて一人でも寝込めるようにして家に帰った。



 翌日から一週間、姉は隼兄の元に一緒に通ってくれた。

「面倒見るのに一人も二人も変わらないわ」

 そう言って笑っていた。

 一週間も一緒にいると隼兄の方も慣れたようでいつの間にか信乃と名前で呼ぶようになっていた。



 隼兄が学校を卒業して家に戻ってきてからは家族ぐるみで仲良くなった。

 隼兄の家系は代々器を作ることを生業にしていて、師匠である親父さんの技を盗むべく毎日修行に明け暮れていた。それを甲斐甲斐しく支えていたのは紛れもなく姉だった。

 姉と隼兄はいつか結婚して一緒になるのだろうなと疑わなかったのに、姉は頑なに否定し続けた。

「信乃姉は隼兄と結婚しないの?」

「しないよ」

「なんで、もう夫婦みたいなものじゃん」

「馬鹿なこと言わないで!」

 縁談を断られても、罵倒されても笑っていた姉が結婚しないの? と聞いただけでこんなに悲し気な表情をするとは思ってもみなかった。

 ただ、俺は首を傾げるだけだった。 



次回、後編。叔父さんからみたこいちゃんの両親の話。こいちゃんのこいたる由縁が明らかになっていくのは感慨深い。

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