第10話 芋を掘った、だけなのに
夏祭りの日に出会った少女、宵から芋掘りに誘われたこいだったが
第10話 芋を掘った、だけなのに
木々が赤く染まり、金木犀の甘い香りがしてくるといつの間にか自分がすっかり秋の季節の中に入っていたことを思い知る。
実りの秋、私、芋堀りに誘われました。
「千歳さん。今日は宵のお家の畑のお芋堀りに行ってきます!」
「あぁ、朝食が早いのはそういうこと……」
彼はなるほどと言いながらみそ汁のお椀を持ち、すうっと飲んでいた。
わくわくしすぎて眠れなかった私は通常よりもだいぶ早く起きてしまった。
案の定、朝食も早く作り終えてしまった。結果、千歳さんへの声掛けも早くなってしまった。
「私、そういう行事に誘われたの、初めてです」
「そう、よかったね」
特に興味はなさそうだったけれど、私が勝手に話し続けると相槌を打ってくれた。
宵は夏祭りで千歳さんとはぐれた私の手を引いてくれた五歳の女の子。
お祭りで別れてから街で会うと挨拶をするようになり、今では最近の出来事や晩御飯の内容、噂話までしてくれるようになった。
嬉しいことです。
先週買い物の途中に突然、呼び止められた。
「こいちゃん!」
「宵と苗子さん。こんにちは」
苗子さんは宵のお母さん。
宵のお母さんと呼んでいたら苗子でいいわと言ってくれた。
とても面倒見のいい優しいお母さんだ。
「こいちゃん、宵とお芋堀りしなーい?」
「お芋堀り?」
軽快な宵の誘いに目をぱちくりさせていると苗子さんが笑っていた。
「いきなりごめんなさいね。うちの畑でもうすぐさつま芋を収穫するんだけど、宵がこいちゃんも誘いたいって聞かなくて」
もし嫌なら断っていいからと耳打ちしてくれた。
「私、お邪魔しちゃっていいんですか?」
「うちはいつでも人手不足だから大歓迎よ」
「い、行きたいです。こういうの行ったことないので、誘ってもらえるの嬉しいです」
「じゃあ、来週のね」
苗子さんが日時と場所を説明している間、宵が私の腕をぶんぶん振っていて二度聞き返すことになってしまった。
「夕方にはちゃんと戻りますから!」
「怪我には気をつけて?」
千歳さんの言動から私がとんでもなく浮足立っているのがバレバレのようだった。
「いざ!」
動きやすくもんぺに、てさしに、軍手をして芋掘りへ。
宵の家から少し歩いたところに畑があって、宵が私の手を引いて畑まで連れて行ってくれた。
「ここから、ここーまでがお芋だよ!」
「結構、広いね」
私がおおっと声をあげながらあたりを見渡している隣で宵がさつま芋のつるを力いっぱい引っ張った。
ボコボコボコッ――
土を盛り上げて中から紫色のさつま芋がいくつか顔を出した。
「今日、宵がおっきいさつま芋掘るからこいちゃん見ててね」
「私もがんばるね」
宵がさつま芋をせかせか掘り始めると隣に苗子さんがやってきた。
「今日はありがとね」
「私の方こそ、誘ってもらっちゃって」
「こいちゃんがいると宵も楽しそう。いつも寂しい思いさせてるから」
「寂しい?」
いつも明るくて楽しそうな宵にはあまり当てはまらなそうな言葉だった。
「宵のお父さん。あぁ、私の夫ね。薬の行商してるからあまり家にいないのよ」
「そうなんですか」
宵のお父さんって確かお祭りの日に私と同じく赤いって人の事だよね。
「帰ってくるのはもう少し先だし……こいちゃんがあの子と遊んでくれるの助かるわ」
「私も宵とお友達になれて嬉しいです」
手元のさつま芋のつるを引っ張ると思いの外、大きいさつま芋が顔を出した。それが二つ三つ連なっているのを見て、みるみる楽しくなってきた。
あれもこれもと引き抜いていると苗子さんが竹籠を用意してくれた。
「堀ったのは、ここにお願いね」
「はい!」
さつま芋の土を払っていると苗子さんがそういえばと言った。
「こいちゃんはどこに住んでるの? あれ、働いているんだっけ?」
「私は山の……」
千歳さんのことは言わないように、どういえば不自然じゃないかを考えた。
ぼそりぼそりとぎこちなく言葉を繋いでいく。
「花宮……月彦さんからの、ご紹介で、住み込みの……仕事を」
「月彦くんのご紹介。あらやだ、芋堀りなんて来てよかったの?」
「あ、はい、ちゃんと許可取ってます」
千歳さんに言っただけだけど。
私の言葉に苗子さんは月彦くんと言えばと何かを思い出したようだった。
「いつも涼しい顔してるけど、結構苦労しているそうよ?」
「あの花宮さんが……」
余裕そうないつもの彼の表情を思い浮かべては眉間に皺が寄ってしまった。あまり苦労してますって姿は見たことがない。
「なんでもね、月彦くんは次男で元々は花宮神社の跡取りはお兄さんだったらしいの」
「聞いたことなかったです」
花宮さん、お兄さんいたんだ。
「お兄さんの方がもう何年も病に臥せっていて、今では寝たきりだとか……もう亡くなったとか、お兄さんをはめて跡取りを奪ったとか、まあ色んな噂はあるんだけど……跡取りのお鉢が回ってきたのがつい最近って話らしいの」
「へぇ……」
跡取りのお仕事に加えて、千歳さんの事まで、花宮さん大変なんだな。今度会ったら私に出来ること何かないか聞いてみようかな。
休憩を挟んで苗子さんが作ってきてくれたおにぎりを食べたりしながら芋ほりは続いた。
予定していたよりずいぶん早く芋堀りが終了した。
苗子さんと竹籠を持って宵の家の前まで戻ってくると前を歩いていた宵がいきなり駆け出した。
その背中を追うように顔を上げると家の前に立っている男性に宵が飛びついた。
「お父さん!」
「宵!」
「お父さん、次帰ってくるのまだまだって」
「予定が変わったんだ、当分は家を拠点に回れるから一緒にいれるぞー」
えくぼが特徴的な男性で、夏祭りの日に宵が言った通り真っ赤だった。
厳密には右頬から首にかけて真っ赤だった。少し爛れた皮膚はおそらく火傷の痕だろう。
宵がお父さんの手を引いて私の前に連れてきてくれた。
苗子さんと視線を合わせて竹籠を地面に置き、私は会釈をした。
「お父さん、こいちゃん!」
「は、はじめまして、こいです」
宵のお父さんは驚いたように目を見開いていた。
私の髪色、瞳の色、どれかで驚かせてしまっただろうかと思い、視線を下げながら指を合わせてぐにぐに動かしているとウッと嗚咽が聞こえ、控えめに視線を上げると目頭を押さえてぼろぼろ泣いていた。
「え?」
苗子さんも宵も突然の事であたふたしている。
「あ、あの」
私もおろおろしてしまう。
見かねた苗子さんが宵のお父さんの背中をさすった。
「え、どうしたの壮助さん。どこか痛いの?」
「い、いや、あの、こいって」
苗子さんが背中をさすりながら、何よ、どういうこと? と繰り返し質問をしていると小声で何かを言っているのか宵のお父さんは内緒話をするように苗子さんに何かを伝えていた。
「えー!」
苗子さんは大きな声で驚いた後で、私を見てすたすた近づいてきてはぎゅうっと手を取った。
「あのね、こいちゃん……あなたこの人の姪なんですって」
「え……」
未だにぐずぐずと鼻を啜る宵のお父さんを私は口を開けて見ているしかできなかった。
私はただ、芋を掘りに来ただけだったのに。
自分はこうだ!って思っていたことがひとつの情報でぐらぐら揺れてしまうこと、往々にあります。
次回は過去回、こいちゃんの両親のお話です!!