第九十八話:作戦会議
龍達が警察に連行された翌日、土屋は信じられないことを部下の女刑事から聞かされていた。
「えっ? 楢原が釈放された?」
「はい、裏で取引があったようです。菅原会長は非常にお怒りのようでした」
「そりゃそうだろうな……」
孫娘を溺愛してる菅原会長の怒りはもっともだと思う。しかし、菅原財閥の力をもってしてでも楢原を釈放したバックの力があるのかと土屋は考え込んだ。
そんな上司の考えなどお見通しなのか、優秀な部下は提案する。
「警視、少しの間休みを取られてはいかがですか?」
「休みを?」
「はい、紗枝様が殴られたというのに上層部からの仕事を熟している場合ではないかと思いますし、何より私も気に入りません」
にっこりと笑う部下に一度土屋は目を丸くして苦笑した。彼女がいうことはいつも的を得ているわけで。
「ハハッ、部下に言われたら仕方ないな。じゃあ、明日から三日間とらせてもらうから重要な件だけさっさと片付けるか」
「はい、よろしくお願いします」
女刑事はあらかじめ整理しておいた重要な書類を土屋に渡した。
そして正午前、携帯の充電とだけ告げて外出していた秀が天宮家に帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい、秀お兄ちゃん!」
「秀兄さんどこ行ってたの?」
「バイトですよ」
出迎えてくれた末っ子組にニッコリ笑ってリビングに入れば、紫月がパソコンをいじりその電力を柳が供給している。小型版の火力発電機らしく、それをパソコンに繋いで使えるようにしているらしい。
火の力を持つ柳にとっては朝飯前というところだ。
「おかえりなさい、秀さん」
「ただいま。どうですか? 何か面白い情報は集まりましたか?」
「はい、いくつかあります。ですが、やはりダニエル・フラン博士のことはガードが固いみたいで彼の情報は研究内容ぐらいしか分からないみたいです」
「そうですか……、それより紫月ちゃん、例のものか出来上がりましたよ」
秀が紫月に差し出したのは赤い小花が付いた小さな髪どめが二つ。
「うわあ〜、かわいいピンだね!」
「マスターの自信作みたいなのでどうぞしっかり活用してあげてくださいね」
「すみません、ありがとうございます」
紫月は早速前髪にピンを挿した。それを見て末っ子組はかわいいと手を叩く。ただ何となく飾りの赤い小花を翔はどこかで見たような気がするが。
それから秀は柳に穏やかな表情を向けて彼女が持っていた小型火力発電機をそっと受け取る。
「柳さん、そろそろ代わりましょう。お疲れでしょう?」
「すみません、お願いします」
「あっ、いいですよ秀さん。私達の生活を阻害したものの根源はもう見つかりましたし。姉さんもすみませんでした」
紫月は柳に礼を述べて今まで集めた情報を報告することにした。
「とりあえず、この騒動の犯人は政治家の黒澤でした。私達を社会的に抹殺することから始めてるのでしょうね」
「だけどまだ文明的な生活しか奪われてないじゃん」
「ところが翔君、私達退学処分にされてるんですよ。もちろん秀さん達も」
「へっ?」
「ついでに住民票も無くなってましたが、なぜかこの土地の権利と兄さん達の医師免許は剥奪されていないみたいで……」
社会的に抹殺されるという状況なら当然兄達の医師免許も剥奪される状況になってもいいはずなのだが、しかし紫月のいうとおりそこに被害は及んではいないようで……
だが、及んでないというところでニコニコ笑う次男坊がここにいる。彼は昨日の夜から家にはいなかったわけで……
「秀兄貴……まさか」
「当然です。兄さんから医師免許を剥奪なんてしたらそれこそ世界はおしまいです。
それにこの家の権利がおじさんのものになるところでしたからね、僕がそんなこと許すはずがないでしょう?」
それで全てが納得いった。秀は昨日の時点で龍達に降り懸かってきそうな事態を予測し、それを未然に防ぎに行っていたようである。
一体どうやってそれを防いだのかは企業秘密とでもいうだろうが……
しかし、そのおじさんの娘である沙南はまた大きな溜息をつくことになった。
「また父は買収されたのかしら……」
「まあ、この家が手に入って兄貴達が医者じゃなくなったらおじさんは喜びそうだよな」
「そうですね、自然的な流れで自分の立場も確立できて病院も手中に収まるはずですし」
つまり誠一郎にとっては願ったり叶ったりの状況となる。実の父親の欲深さに沙南は呆れ返るしかなかった。
「沙南ちゃん、そう気にすることもありませんよ。医師会が敵に回ってると聖蘭病院も立場があると思いますし、おじさんが彼等に抗う術を知らないことも分かってますからね」
「だけど今までだって龍さんからいろんなものを取り上げて来たんじゃない。一体どうしてそこまで龍さんに気苦労を背負わせるのかしら」
「それは……」
「なぁ……」
秀と翔は顔を見合わせる。おそらく原因の一つは沙南が天宮家にいることが面白くないからだろう。
それに誠一郎のことだ、自分の懐にはいるものならたとえそれが不当な力によって与えられるものでも手に入れるはずだ。しかし、それをさせないのが天宮家の次男坊の力なわけだが。
「まぁ、おじさんにとっての利益は潰しましたから心配しないでください。ですが問題はあくまでもダニエル博士ですよ。彼の事がここまで掴めないとなると、ちょっと面倒なことになるかもしれませんね」
珍しく秀は考え込む。その横顔を見ながら柳も不安を覚えた。情報戦でここまで苦労している秀を見るのも初めてで……
「あのさ、秀兄貴」
「何です?」
「あんまりに情報が掴めないなら直接殴り込んだら?」
あまりのストレートな発言に全員目を丸くした。確かにそうすれば早いが……
「翔君、相手は大君の後釜達とハワードなんですよ? それにまだ他にもうごめいてる可能性だってあるんですから少しは慎重に」
「だけどさ、俺達が暴れたら全部一遍に顔揃えてくれないかと思ってさ。だって共通点って俺達を狙ってるって事だろ?」
言われてみれば確かにその通り。秀と紫月は顔を見合わせる。
「秀さん、相手の戦力って調べられますか?」
「ええ、調べられますよ。それさえおさえて後は兄さんの許可さえ下りれば僕達は立派な犯罪者になれますね」
「ええ〜? 夢華達正義の味方にはなれないの?」
「そうですね、だけどかっこいいテロリストにはなれそうですよ」
「うわぁ、楽しそうだね」
「じゃあさ、好き放題暴れてもいいって事だよな!」
「もちろんです。ただし兄さんに怒られない範囲でですよ」
「だったら大丈夫だよ! 龍兄さん喧嘩好きな平和主義者だもの」
秀と年少組の会話を聞いていた沙南は苦笑し、柳はまた龍さんが気苦労するんだろうなと思いながらも、どこか吹っ切れた秀を見てよかったと穏やかな笑みを浮かべるのだった。
せっかく楢原を逮捕したと思ったのもつかの間、釈放されてしまい土屋警視は驚いています。
ですが今回彼は休みをとって動くことにしたようです。
いい部下を持っていてよかったですね。
そして相変わらずな弟妹達です。
龍の気苦労も啓吾のシスコンもなんのその、
立派なテロリストになるために作戦会議とは……
特に紫月ちゃんはすっかり秀さんの世界に染まって来ています。
裏世界の裏情報は彼女にとって魅力的なようで……
次回はそんな弟妹達の話など露知らず、医者達はどうなってるのでしょうか?