第九十六話:お庭でキャンプ
秀が夕刊を取りに玄関に出たとき、ちょうど篠塚家三姉妹とばったり出会った。
「こんにちは!」
「お邪魔します」
「いらっしゃい。それとお久しぶりです、柳さん」
「お久しぶりです……」
柳は真っ赤になって俯く。秀と会ったのはウェディングモニターのバイト以来なのだから仕方のない反応ではあるが……
「紫月ちゃん、夢華ちゃん、翔君と純君は庭でご飯炊いていますから行ってきてもいいですよ。荷物は僕が運んでおきますから」
「すみません、お願いします」
「ありがとう、秀お兄ちゃん!」
紫月と夢華は秀に荷物を渡すと庭へと向かっていく。
「じゃあ、私も早く荷物置いて手伝いに……」
「柳さん、久しぶりに会った彼氏にいう言葉はありませんか?」
「えっ……!! えっと……!!」
首に両腕を軽く回され、秀の顔が近づいてくる。その表情がとても悪戯っ子のようで、でも相変わらず綺麗で……
「僕はとても寂しかったですよ? 柳さんは?」
「あ、あの……!!」
泣きそうになってくる。前はまだドキドキしてからかわれてるという状況が理解できていたが、付き合うようになれば秀の言葉も行動もすべてストレートのようで。
「寂しいですねぇ、僕だって言葉がほしい時もありますけど?」
「あっ、その……ドキドキし過ぎて何を言えばいいのか……でも……」
必死になっている柳が本当に可愛いらしい。柳が恋愛の言葉なんてうまく紡げないことなんて分かってるのに、それでも言わせてみたいと思うわけで……
秀はそれに苦笑しながらふわりと柳を抱きしめた。
「すみません、沙南ちゃんに独占されてたのでつい意地悪したくなりました」
「秀さん……でも……」
「ゆっくりでいいんですよ。いつか君が僕と同じ気持ちになってくれたら嬉しいですが」
するとぎこちない手で柳も秀の背中に腕を回した。
「秀さん、私も……いつか」
「はい、今はその気持ちだけで十分です。それと柳さん、少しだけお力を貸していただけませんか?」
「力を……ですか?」
柳は首を傾げるのだった。
紫月と夢華が広い庭にまわると、そこには焼肉パーティーの準備と飯盒炊飯と米を炊いている翔達を発見した。
意外と飯盒炊飯に関しては翔の手際は良いらしく、今のところ黒ずみご飯は食べなくて良さそうだ。
「こんにちは!」
「オウ! 紫月、夢華!」
「いらっしゃい。柳ちゃんは?」
「秀お兄ちゃんと一緒」
「とりあえず邪魔するわけにもいかなかったので」
それに沙南は苦笑した。数日ぶりとはいえ、あの独占欲の塊が柳に会ったらそれはもうからかい倒さなければ自分の感情をコントロール出来るはずがない。
ある意味妬けてしまうなとは思いながらも、四六時中べったりとまでいかないあたりは秀らしいのだけれど。
そして紫月の視線は後から組み立てるつもりなのか、テント道具一式に向いた。
「家があるのに本気でキャンプするつもりなんですか?」
「ああ、どうせならこの状況を楽しみたいし!」
「夢華ちゃんも今日はテントの中で寝る?」
「うん!」
「夢華、一応女の子なんで私達の寝場所は別です」
「ええ〜っ!! つまんな〜い!」
予想出来てはいたが、夢華の反応に沙南は苦笑した。
確かに小学生の女の子なのでギリギリ許されるところもあるのだろうが、性の違いぐらいそろそろ意識してほしいものである。
「あんまり問題ない気もするけどな」
「翔君、この前別荘に行ったとき純君と夢華が一緒の部屋で眠っていて兄さんが荒れたの忘れたんですか?」
「ああ、面白かったよな、あれ」
「翔君……」
「面白かっただろ?」
「否定はしませんけど認めるわけにはいきません」
翔の言うとおり荒れた啓吾は非常に面白い。かといって夢華をこのままにしておくわけにはいかないのだ。
「仕方ないな。じゃあ、夢華は寝るまでな」
「うんっ!」
聞き分けのいい妹で良かったなと思いながら、とりあえず紫月は沙南を手伝うことにした。
「夢華、水をお願いできますか?」
「うん!」
今この場にいるもう一人の貯水池に水を出してもらって自分の風で手を乾かす。本当に便利な力だよなと感想を告げられてどうもと返した後、包丁を借りて紫月はリズミカルに野菜を切っていくのだった。
それから約二十分後、ようやく秀に解放されたのか柳も庭にやって来た。
「沙南ちゃん」
「いらっしゃい、柳ちゃん」
「またお邪魔しますけど」
「いいえ、秀さんは柳ちゃんに会いたがってたんだからちょうど良かったんでしょ」
にこっと笑う沙南にポン!と一気に柳の顔は真っ赤になった。
「あら、顔真っ赤にしてどうしたのかしら?」
「ううっ!!」
「もしかして今晩は離しませんよとか言われちゃった?」
「違います!!」
即、柳は否定した。赤くなるようなことは言われたが、何やら秀の手伝いをしていたようで少し来るのが遅くなったとのこと。
それを聞いてピクンと紫月は反応するが沙南達は相変わらず盛り上がっている様子だ。
「じゃあ、今晩は私と一緒に寝れるわけね」
「うん、じゃないと心臓が爆発しそう……」
沙南の肩に抱き着いてくる柳が有り得ないぐらいかわいらしくて胸がキュンとしてくる。
だが、それと同時に秀が一体柳に何を言ったのか非常に気になって……
「今夜聞かせてね」
「うう〜っ!!」
「もう、柳ちゃん本当に可愛いんだから!」
秀さんに独占されないようにしなくちゃねと言えば、本当に勘弁してと茹蛸になっていくのだった。
それから夕食が出来上がり、庭で食べるというまさにキャンプ気分を満喫することになった。
外で食べると一段と食が進むのか、たっぷり炊いた米はいつも以上のスピードで消費されていく。
「紫月! おかわり!」
「僕も!」
「もう少し味わって食べてください!」
今日はご飯の量が少ないんですから、とは言いながらもこの兄弟に遠慮はない。
「いや〜だってさ、うちの文明的な生活を奪われてもこうやって飯食えるのって楽しくねぇ?」
「翔君は野性的な生活の方が向いてますからね、きっと原始人の血が騒ぎ始めているのでしょう」
「へっ! 俺はこれでも二百代前は立派な西天空太子だよ!」
「立派とは限らないでしょう?」
「ああ、秀さん、全くその通りだと思います。私の夢の中に出て来る主は執務をサボってばっかりですし」
「ほらごらんなさい」
どっと笑いが起こる。しかし、翔にとってはそれ以上に気になることがあった。
「……紫月、お前の夢の中に俺って出演してるわけ?」
「一応ですね。二百代前も手を妬かされてばっかりでしたけど」
「今とかわらないんだね!」
「純〜」
末っ子のツッコミを受けながらも翔は話を戻す。
「それでさ、お前の夢の中に夜叉王子って出て来てねぇか?」
「夜叉王子……ですか?」
紫月は食事の手を止めた。考えてはみるが浮かんでこない。
「いえ、出て来てはいませんが……」
「そっか」
「その王子がどうしたんです?」
秀の問いに翔も珍しく食の手を休めて答えた。
「それがさ、夢だからあんまり信憑性はないんだろうけど、柳泉が夜叉王子のとこにいっちまって秀兄貴が突っ込んでいっちまった戦でさ……」
秀の眉間にシワが寄って行く事に柳以外の誰もが気付いた。
「それを俺と紫月が追っかけてやっと兄貴に追い付いたと思ったら、その夜叉王子ってのが化け物になっちまったって夢を見たんだ」
「だから私も見ていないかと?」
「ああ、俺は滅多に天界の夢なんて見ないからさ、ちょっと嫌な予感がしただけ」
「そうですね、見てはいません。ですが嫌な予感というのは間違いないかと思いますが」
「えっ?」
秀の方に視線を向ければ恐ろしくキレかけている兄がいる。いや、正確にいえば二百代前は南天空太子だった兄。
「翔君、夢とはいっても最近は敵を知る情報になってきてますからね。後から逆行催眠でもかけて調べてみましょうか」
にっこり笑う秀に言うんじゃなかったと思うのだった……
久しぶりに柳ちゃんに会えた秀さん、相変わらずフルバーストです(笑)
ゆっくり二人の関係を温めていきましょうと言ってる割に、
やってることはフルバーストです(笑)
だけどそれでも柳ちゃんにベタボレだということは意識してるようで、
束縛しない独占欲を持った彼氏にはなっているよう。
でも柳ちゃんはまだこのアプローチに慣れないようですが……
さて、天宮家でキャンプということで年少組は非常に楽しんでる様子。
文明的な生活は奪われていても、文明の力に事欠かない力の持ち主達なので全く問題ないよう。
だけど初めて翔の口から出た天界の夢、これが大きく関わってくるのでしょうか?