第九十四話:取り調べ
警視庁でディスクワークに励んでいた土屋の携帯に珍しい人物からの着信が入る。聖蘭病院外科部長と表示されてる画面に苦笑して土屋は電話をとった。
「もしもし、お久しぶりです」
『淳行君、うちの優秀な医者が三人連行されたんだが早く返してもらえないかい?』
「はっ?」
いきなりの要求に何事かと土屋が問えば、外科部長は龍達が連行された理由を簡潔に説明した。
確かに元凶ではあるが放火犯として逮捕されるのは違うよなと、訳を知る土屋はとりあえず動くことにした。
「……すみません、俺が直接出向きます」
『頼むよ。私は龍先生の代わりに医院長の小言は聞きたくないからね』
「ははっ、相変わらずみたいですね」
『仕方ないさ。私は龍先生より歳は食ってるが器のでかさじゃ敵わないからね』
それでもこの状況に落ち着いているあたりなかなかの大物だと土屋は内心で苦笑した。
「分かりました。出来るだけ早くそちらに戻せるようにさせていただきます」
『ああ、頼んだよ淳行警視』
「はい、失礼します」
通話を切り、土屋は書類に判を捺したあと立ち上がる。それを見た土屋の部下である女性刑事兼秘書は上司に尋ねた。
「警視、どちらへ?」
「政治的癒着を疑われてる某警察署の取調室。冤罪を起こしてマスコミの袋だたきに遇う前にちょっと行ってくる。それと菅原財閥の会長直々に上に圧力をかけるように土屋が言ってると連絡しといてくれ」
「かしこまりました」
夏の暑い盛りに上着を来て出掛ける手間など作るなよな、と内心で悪態を突きながら土屋は龍達の元に向かうのだった。
「さて、俺は取り調べを受けるはずだったんだがなんでもう牢獄行きなんだ?」
一緒に連行されて来た龍と紗枝は取調室にそれぞれ向かったようだが、何故か啓吾は四の五の言わせず牢屋に入れられた。
もちろん、前科を考えれば当然ここに入れられてもおかしくはないが、冤罪で捕まる趣味など持ち合わせていない。
後少しして何も起こらなければ鍵ぐらい壊しておこうかと脱走というまた余計な罪を背負う前に、わざわざ出向いてくれる代議士が現れた。
「やぁ、篠塚啓吾先生」
「ん? 何だお前か」
啓吾は一つ欠伸をした。楢原がわざわざ自分が牢獄に入っているのを嘲笑いに来たというのがよく分かる。
ここまでやらないと紗枝を自分のものにする自信がないのかねぇと、ある意味感心もしているが。
そして啓吾が考えているとおり優越感に浸っている楢原は、いい気味だとやはり嘲笑った。
「どうだい牢獄生活は」
「睡眠不足だったからちょうどいいな」
なんだか楢原の顔を見たら非常にだるくなってきて啓吾は片肘をついてごろりと横になって話すことにした。
「ところで龍と紗枝は?」
「天宮龍は取り調べ室さ。紗枝さんは僕が取り調べを行うことにしたよ」
ニヤリと楢原は笑う。さぞここの職員達は迷惑だろうなと思うが、一応紗枝との仲もあるので彼らしく止めておくことにした。じゃないと後から何を言われるか分かったものじゃない……
「……やめとけって。あいつはお前なんかが手に負える女じゃない。俺や龍の二人掛かりでも敵わないんだぜ?」
「だが、君がいなくなれば彼女は僕を選ぶさ」
「いや、ありえねぇよ。あいつは自分を満足させる男じゃないとダメだって心から発してるだろ?」
「……君は満足させたと?」
「飽きてねぇから付き合ってるんだろ?」
あくまでも悪友だけどとニヤリと笑うが、楢原には昨日のことといい男女間の仲としか思えなかった。
「どうせ貴様は死刑台だ! せいぜいそこで余生を味わうといい!」
真っ赤になって吐き捨てその場から去っていった。
そして静寂に包まれた牢獄の中で、啓吾は天を仰いでぽつりと呟く。
「……まずいか、さすがに助けにいかねぇと後から殺されるよな」
一応あいつも女だしととりあえず牢獄を出ることにした。
一方、龍は今のところまともに取り調べを受けていた。
「だからお前がやったんだろう!」
「やってません。それより早く病院に返してください。俺達は今日夜勤なんで」
「嘘を付け!」
「はあ、いくら大きな損害が出たからって俺達から金を巻き上げようとしないで下さい。これでも四人養わなければならない平凡な医者なんですから」
啓吾がその場にいれば全くだと一緒に頷いているに違いない。
「だいたい証拠もなく俺達を犯人扱いするなんてあまりにも理にかなっていない。アメリカの戦闘機が墜落してるのにそれも含めてお前達の責任だなんて言われてはい、そうですかなんて言うと思いますか?」
「この、減らず口を叩くな」
顔面を殴ろうとした刑事の拳を龍はあっさり止めた。
「特別公務員暴行陵虐罪。取り調べで暴力は禁止されてるだろう?」
「へへっ、ならないさ」
「そうか、ならば……」
「ぐあっ……!!」
龍は刑事の手首をおもいっきり強くにぎりしめた。
「そちらが権力を振りかざしてくるのならこちらは天宮家の力で対抗してやる。ただし取り調べられるのは俺じゃない、お前の方だ」
「なっ! 何を!?」
「しらばくれるな。わざわざ俺を連行したんだ。どんな組織であろうと俺と話をする者にただのカスを寄越すはずがない。
お前はどこの誰で一体誰に餌を与えられてるんだ?」
龍はさらに男の手首を握る力を強めた。男の顔は苦悶に歪んでいく。
「早く吐いた方が身のためだぞ? 俺は医者だからあまり怪我人を出すのは趣味じゃないが嫌いじゃないんだ。それでも吐かないか?」
「ひっ……!!」
最悪の脅迫に男は震え上がった。かつて味わったことのない恐怖が手首を掴んでくる男から与えられる。しかし、気絶しない程度にコントロールされていることまで理解させられる。
「仕方ない。右は諦めてもらうか」
「官僚の黒澤、暴力団紅蓮連合会の所木、代議士の楢原、それと医師会の檜山だ!」
もうこれ以上は勘弁してくれと男は涙まで流し始めた。しかし、まだ聞くことはある。
「それでその四人が高原の後釜を狙っているのだろうが、どいつが一番有力なんだ?」
「楢原だ! あいつの後ろにはハワードがいる!」
「ハワードが?」
龍は眉間にシワを寄せた。
「そうだ! だが俺達紅蓮連合会は長男のお前さえ手に入れれば天下を手にできると聞いたんだ!」
「誰にだ?」
「そこまで知らねぇよ!」
そう紅蓮連合会の犬が吠え終わると龍はすっと掴んでた手首を離した。
「とりあえず忠告だけしておく。俺達に手を出せばお前達は日の光すら拝めなくしてやる。言っておくが俺は生かすことも殺すことも出来る医者なんでね」
それだけ告げて龍は取調室から出た後、ようやく紅蓮連合会の犬は気絶したのだった。
土屋警視お久しぶりです。
実は聖蘭病院の外科部長と繋がりがあったり、紗枝ちゃんのおじいちゃんに直に意見できたりと結構な人脈をお持ちです。
まあ、二十五歳で警視ですからそれなりにエリートなんですよこの人。
そして啓吾兄さん、楢原をまた紗枝さん絡みで怒らせちゃって……
楢原が取り調べるっていってるんだから紗枝さんが危険なことぐらいわかってるでしょ!
だけどなんでそんなに余裕なんだ??
最後に龍兄さん。さすがは天宮家家長!
秀のお兄ちゃんしてるだけあるわ……
怪我人を出すのが趣味じゃなくても嫌いじゃないって……
ゴッドハンドだから言えることなのか??