第九十二話:恋の悩み
二泊三日の観光旅行に友人達と来ていた沙南と柳は、なかなか小洒落た和室に布団を敷き詰めて恋愛話に明け暮れていた。
そして、柳に話が振られれば、やはり予測通りの反応を友人達はしてくれるわけである。
「ええ〜〜!! 柳ちゃんって秀様と付き合ってるの!?」
「うん……」
相変わらず頬を染めて俯く柳がかわいいなぁ、と沙南は思う。付き合い始めてまだ数日ではある性か、柳はまだ胸を張って秀の彼女だとは言えないようだ。
だがその分、秀が柳は自分のものだと言っているので、バランスは取れてはいるな、と沙南は思っているわけだが。
「沙南が天宮家の同居人ってことだけでも羨ましかったけど……」
「まさか秀様に彼女が出来るなんて……」
「いいなあ、柳ちゃん」
友人達はさも羨ましそうだが、聖蘭高校出身者なら当然秀の高校時代というものを見てきてはいる。
「だけどすごく大変じゃない? 秀先輩って高校のときとかすごくモテてたし」
「そうそう、バレンタインデーとか凄かったよね」
「それにデートしても全然手が届かない人って感じみたいだし?」
「でもそのクールさが良いみたいなんだよね」
友人達は口々に言うが柳は首を傾げた。
「秀さんはクールじゃないと思うけど……」
「えっ!? 柳ちゃんにはどんな感じなの?」
「優しい人よ?」
「想像できないよ!」
会話はさらに盛り上がる。そういえば美人な先輩と付き合っていたとか、他校の子がぞっこんだったとか、あげくの果てには美人なお姉さんが車で夜の街に連れていったなどが出て来ると、柳も少し不安になるようで。
だが、それに笑いを堪えて聞いている者が一名。
「沙南! 何よその訳知り顔!」
「ご……ゴメン! お腹痛くなりそう……!!」
生まれたときからの付き合いなので、秀がどんな人物なのか非常によく知る沙南は友人達の評価を聞くたびに笑いを堪えなければならない。
確かに秀はクールとか美青年などの評価を受けてはいるが、実際は超が付くほどのドSなわりには自分や紗枝には頭が上がらないというところだってある。
それにあくまでも翔の兄なのだ、少年のようないたずら心も彼の魅力だったりするわけで。
おまけに秀がデートに出掛けたことはあっても付き合ったことはないのは事実であり、もしそんな人物がいれば沙南に隠せるはずもないのだから。
しかし、それを聞いて不安になってる親友を放って置くわけにはいかない。沙南はすっと柳の手をとった。
「柳ちゃん、ちょっと売店に付き合って」
「ええ、いいわよ」
二人は部屋から一旦抜け出すのだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
売店の前に設置してあるベンチに柳は腰掛けて、沙南が差し出してくれたジュースを受け取った。そして、それを一口飲んで柳は小さい溜息をつく。
「柳ちゃん、皆が言ってたこと、あれ全部デマだから気にしないのよ」
「うん……」
それでも柳はまだ俯いたままだ。その様子に沙南は首を傾げて尋ねた。
「どうしたの? 何だか落ち込んでない?」
「う〜ん、それがね、秀さんのことあまり知らないなって思って……」
「仕方ないよ。まだ付き合い始めたばかりでしょ?」
「うん、だけど皆の話聞いてたら、何で私を好きになってくれたのか分からなくなっちゃって……」
秀の周りにはそれだけ素敵な女性が集まって来てるのに、それでも自分を好きだと言ってくれた。
しかし、恋愛経験がない柳にとっては、まだ秀のことが好きだと胸を張って言える自信がなかった。自分の前世である柳泉ほど苦しい恋心を抱いているわけではなくて……
そんな柳に対して、柳らしいな、と沙南はくすくす笑って答えた。
「う〜ん、私からしたら羨ましいぐらいの悩みなんだけどな」
「沙南ちゃん……」
「だって、私なんか龍さんと生まれてからの付き合いなのに、未だに何にもないんだよ? 一度ぐらい柳ちゃんみたいにどうして好きになってくれたんだろう、って言ってみたいな」
互いの距離が近いと分かってる分だけそこから動かないカップルにとって、柳の悩みは本当に羨ましい限りだ。
まあ、龍が秀みたいに積極的なアプローチが出来るはずもないので、仕方ないと沙南は諦めてはいるのだけど。
「だけどちょっと安心したかな」
「安心?」
「うん、柳ちゃんって苦しいことってあんまり言ってくれないじゃない? だから秀さんのことで悩んでるって聞けて、親友としては嬉しいのよね」
「沙南ちゃん……」
「あっ! だけど今の悩み直接本人に絶対言ったらダメ!」
「えっ?」
お互い話し合え、と普通ならそうアドバイスしたいところなのだが、言う相手の性格を知りすぎているためとてもオススメ出来ない。
「だって、もしも柳ちゃんが秀さんにどうして好きになったのか尋ねたら、秀さん絶対大喜びするに決まってるもん! そんなのズルイ!」
「えっ? こういう気持ちって相手を信用してない感じもするんだけど……」
「秀さんがそんな次元で柳ちゃんのこと好きになってるはずがないわよ!
むしろ柳ちゃんが秀さんのことで不安になったりヤキモチ妬いたなんて知ったら、どれだけ秀さんに核弾頭撃ち込んだって笑って許すぐらい機嫌が良いに決まってるんだから!」
「そんな……」
さすがに核弾頭を撃ち込んだら秀はキレるのでは……、と柳は思うが、沙南のいうことは正しくその通りで、それだけ秀が柳に惚れ込んでいるというのは最近の機嫌の良さだけでも分かる。
なんせ自分が柳と旅行に行くときだって、ちゃんと返してくださいね、と言われたぐらいなのだから。もちろん、親友の権利は行使させてもらうわよ、と言って来たが。
「それに絶対帰ったらとんでもないこと言い出すに決まってるわよ!」
「とんでもないことって?」
「そうね、二人で温泉旅行とか?」
「あっ、私が足湯に行きたいって言ったから」
「柳ちゃん……それ、絶対無事に帰って来れないわよ……」
「えっ? でも足湯って日帰りだと思うけど……?」
こういう無防備なところが実に危なっかしい。さすがに泊まりといわれたら顔を真っ赤にするのだろうけど、あやふやな言い方で秀を疑う事はまずしない。
そこが秀が柳を気に入る理由の一つだということに、おそらく彼女は全く気付いていないのだろう。
「とにかく秀さんは前にも増して独占欲強くなってるんだから、気をつけなくちゃダメなんだからね!
私が知るかぎり、秀さんは柳ちゃんが絡むと日本の法律なんて全て無視する行動に出てもおかしくないんだから!」
「えっ?」
すでに前科何十犯だろ、と啓吾がこの場にいたらそうつっこんでるだろうが、秀の裏の顔など全く知らない柳は、ただ疑問付をとばすのだった。
はい、秀さんと付き合うようになった柳ちゃんの恋の悩みです。
いかにも彼女らしい悩みなので沙南ちゃんはそれを聞いて嬉しいようです。
しかし、それを秀に言ったらまあ、秀さんなんで喜ぶでしょうねぇ。
きっと柳ちゃんを好きになった理由を行動で示してくれることでしょう(笑)
なので沙南ちゃんの意見は正しいです。秀の独占欲から柳ちゃんを守れるのは沙南ちゃんと紗枝さんだけです。
啓吾兄さんだと本気で殺り合いますからね秀は。
さて、いよいよ次回から敵の動きを書いていこうかなと思います。
どんなことになってしまうのか、がんばれ龍(笑)