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天空記  作者: 緒俐
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第九十一話:キスマーク

 楢原は医局に続く廊下を意気揚々と歩いていた。


 紗枝や啓吾からは辛い評価を受けてはいるが、代議士という職業柄、世間一般からは超が付くほどのエリートと認識されており女性関係も明るい。


 その自信があるのか、菅原財閥の令嬢がフリーと聞いてすっかり魅了され、おまけに天宮兄弟との関係まで作れるといかにも彼のご都合主義は全開だった。


 しかし、彼は紗枝の性格も天宮家には冷徹な参謀長官がいることも、おまけに医局には紗枝に買収された医者がいることも知らなかったのである。


 そして、彼は医局の扉の前でキュッとネクタイを整え、ノックもせずに爽やかな表情を作って開けた。


「こんにちは、紗枝さん」


 一体どこのブランドのスーツなんだというほど、楢原という男はきっちりと身嗜みを整えていた。まあ、身嗜みだけなら紗枝につり合うんだろうな、と啓吾はそう感想を抱く。


 そして、楢原の視線が一度啓吾に向けられていかにも比較されたのか鼻で笑われた。まあ、連日の徹夜で顔は死んでるし、身嗜みはとてもきちんとした医者とは言えない。


 そりゃ勝ち誇った顔が出来るよな、と思いながらオペ後の書類を作成していく。


「紗枝さん、お久し振りです。今日もお綺麗だ」

「メイク一つまともにしてませんけど?」

「いえ、紗枝さんはどんなお姿でも美しいですよ」

「でしたら内臓破裂患者のオペをしてる私でも見てみます?」


 確かにあれはなぁ、と啓吾は心の中で突っ込む。しかし、楢原は紗枝が冗談でも言ってるとでも思ったのか、笑顔で話を切り替えた。


「紗枝さん、よろしかったら今日は食事でもいかがですか? 高級ホテルのフレンチレストランにご招待したいのですが」

「すみませんが今日は」

「夜勤ではないでしょう? 今日の予定は確認させていただきました」


 紗枝が心から舌打ちしたのが分かる。彼女の後ろ姿しか見えないが、おそらくかなりキレてるのだろう。


「申し訳ありませんが私は和食の方が好きですからお断りします。それに楢原代議士、用があるなら直接祖父に会われたらいかがですか? それと家に勝手に侵入されては不愉快です」

「僕は侵入などしてはいませんが?」

「でも、人の入浴を覗く趣味がおありのようですけど?」


 楢原は少し顔を引き攣らせた。図星かと啓吾は思う。それでも犯罪にならないのは、楢原のバックに警察のお偉いさんでもいるからだろうが。


「この際だからはっきり申し上げます。私も菅原財閥もあなたのものにはなりはしません。ついでに天宮兄弟もね」


 楢原のご都合主義はとりあえず歯止めがかかったようだ。しかし、それでも思考肉食系はまだ諦めてはおらず、小さく笑った。


「これは手厳しいですね、さすがは天下の菅原財閥の令嬢ですか」

「当たり前です。だけど私は結婚したい相手は自分で選びます」

「でも、選べる立場ではないことぐらいわかっているでしょう?」

「親兄弟が選んだものより優秀なら問題ないわ」


 なるほどな、と啓吾は笑った。こういうタイプは確かに紗枝の策が、いや、正確に言えば秀の案が効果的なんだろう。


 それにいつの間にか巻き込まれて、何故か気苦労している龍の姿が目に浮かんでくるのだが……


「では知りたいですね、一体誰なのか」


 もちろん僕より優秀なんでしょう、と物語る顔に、紗枝はあっさりと啓吾を示した。


「この人よ。うちの看板心臓外科医」

「はっ?」


 そりゃそういう反応したくなるよな、と啓吾は内心で苦笑する。


 どこからどう見ても紗枝に釣り合う男じゃない、と本来なら胸を張って主張してやっても構わないが、今日は「うまくいったら夕食奢ったげるわよ」と言われてるので、とりあえず大人しくしてる。


「篠塚啓吾先生。アメリカのスーパードクター、シュバルツ博士の息子ですから菅原財閥も私も大歓迎」


 何となく紗枝の頬が引き攣っているのが分かる。啓吾は笑いを堪えるのに必死だが、自分達にも降り注ぐだろう火の粉を一遍に始末するには我慢だと言い聞かせた。


 しかし、微笑を堪えることは出来ずに楢原はそれを挑戦状とでも受け取ったのか、怪訝そうな表情を隠さず指摘した。


「君はどうみても日本人じゃないか」

「まあ、正確に言えば養子だからな。だけど嘘だと思ってるなら戸籍調べてくれても構わないぜ?」


 こればかりは事実なので、どうぞいくらでも調べてくれと啓吾は返した。


「……君は確かに紗枝さんと仲がいいが、付き合ってるなんて調査しても出てこなかったぞ?」

「当たり前だろ。俺達暫く仕事ばかりで男女間の関係なんて持てなかったし?」


 よく言うわよ、と紗枝の発するオーラから伝わってくる。


「だったら証拠を見せろ!」

「証拠って言ってもなぁ……、指輪も買ってないし」

「ほらみろ、やっぱり嘘じゃないか! だいたい紗枝さん、こんな親の七光しかないヤブ医者なんかとあなたが付き合ってるなんてありえない! この恰好からして、とてもまともに人を治療してるなんて思えないじゃないか!」


 何となく紗枝はキレそうになった。恰好はともかく、啓吾は腕だけは確かだ。まともな治療をしてるからこそ、身嗜みを気にしてる時間がないだけで。


「さあ、紗枝さん! こんなのほっといてあなたに似合う指輪を買いに行きましょう!」

「……嘗めんなよ」

「えっ?」


 啓吾は紗枝の腕を引っ張り、首に腕を回して抱きしめた。そして、ブラウスのボタンを一つ開けて左肩を楢原に見せ付ける。


「この痕じゃ証拠にならねぇか?」


 ニヤリと笑うその表情は男の色気をたっぷり見せ付けている。服に隠れていたのは故意的に付けられた朱い所有印。それは間違いなく、二人の深い関係の証拠としては指輪以上に効果を持っていた。


「何なら目の前で見せ付けてやるぞ?」

「くっ……!! 失礼する!!」


 さすがに諦めたのか、楢原は乱暴に医局の扉を閉めて出ていった。


 そして、出ていったのを確認して啓吾は紗枝を解放する。だが、紗枝は服をなおしニッコリ笑って尋ねた。


「啓吾先生、何したのかしら?」

「キスマークをちょっと作らせてもらった。重力でちょっと押してやれば赤く出来るんだよな」

「ええ、確かに首筋と肩に圧迫感はあったわね」

「何なら見てみるか? 我ながらうまい出来だぞ?」


 からから笑う啓吾に反省の色はない。それに紗枝は青筋を立てて静かに尋ねた。


「……いつまで消えないのかしら」

「あっ!?」

「貸し一つね」


 ここであれしかいい方法が思い付かなかった、などといったら間違いなく殺される自信があるので、とりあえず啓吾はすみませんでしたと素直に謝る。


 まあ、本音を言うなら、ヤブ医者呼ばわりされたことにムカついたので、とっさにとった行動でもあるが。


 それから紗枝は椅子に座り、それは深い溜息を吐いた。


「はぁ〜、相手は引っ掛かってくれるだろうけど……」

「下手すりゃ明日には動くか?」

「龍ちゃんが可哀相……」

「そのうち温泉旅行にでも連れていくさ」

「それは私も行きたいわ」

「へいへい」


 そこにちょうど今日一日の診察を終えた医者達が入ってくる。よく考えれば、誰もいなくて良かったなと紗枝は思うのだった。




ちょっと色っぽい啓吾兄さん……

普段はシスコン全開ですが、節操無しでもあるので実にいい顔を楢原に向けて笑ったのでしょうよ……


だけど簡単に女の人の服を脱がせて肌を見せちゃいけません!

しかも重力で紗枝さんの首筋と肩にキスマークの痕作るなんて芸当やってのけるとは……

そりゃ紗枝さんが怒るでしょうよ、貸し一つになるでしょうよ。


にしても普通なら「何すんのよ!」とぐらいセリフが出てきそうですが、軽く流してるあたりやはりこの二人の間には大人な関係が築かれているようです。

というかあっさりしすぎてますね(笑)

まあ、天宮家に巻き込まれてるのと二人の性格上仕方ないのでしょうが。


でもかなり怒らせたと思いますので、いろんな手段を使ってきそうですよ?

龍がまた気苦労することでしょう……




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