第九話:篠塚家襲撃事件
夏といっても女の子はきちんと送ってきなさい、と沙南に命じられた翔と純は篠塚姉妹とたわいない話をしながら自宅まで送り届けた。
天宮家から歩いて約二十分となかなかの御近所さんだったらしく、これならいつかは遭遇していただろうなと翔が言えば、そうかもしれないと紫月は答える。
まぁ、それでも少しでも早く紫月と出会えて良かったと思ってしまう。もちろん、課題でお世話になった恩もあるのだが、彼女と過ごすことがあまりにも自然な気がして……
「それじゃあ夢華ちゃん、また明日ね!」
「うんっ! バイバイ、純君!!」
末っ子組の天真爛漫さは夕方になっても継続中である。きっと明日もこんな感じなんだろうな、と紫月は薄っすら笑みを浮かべた。
「送って頂いてありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして! 篠塚さんも本当にありがとうございました」
「こちらこそお邪魔しました」
翔は柳と挨拶を交わす。普段の翔からは考えられないほど彼は礼儀正しかった。もちろん、仲良くなればまた態度も変わってくるのだろうけど。
「じゃあ篠塚さん……、なんかややこしいな」
「いいですよ、姉さん達といるときは名前で呼んでいただいても」
「マジで!?」
「ええ、私もややこしいですから」
「ありがたい! じゃあ紫月、また明日!」
ニカッと笑って翔は純を自転車の後ろに乗せて帰っていった。その姿を見送りながら、紫月は微妙な表情を浮かべてポツリと呟く。
「……呼び捨て」
「いいじゃない。紫月だって全く好きでもない相手と一緒に課題なんてやったりしないでしょ?」
「そうですけど……何故か断れないのです。自分でも不思議なんですけど……」
「一目惚れ?」
「断じてありません」
間髪入れず紫月は断言した。そんな妹に柳はくすくすと笑えば、紫月は少し悪戯な姉に渋い表情を浮かべる。
時々、柳は少し意地悪になる。ただ、けっして不快にならないのがこの姉の魅力だ。外で話す二人に夢華が早く入ろうと声を掛け、彼女達は家の中へ入るのだった。
そして、その光景を篠塚家から少し離れた場所に停車していた者が微笑を浮かべ、車内から三姉妹を望遠鏡で覗いていた。
「天宮家と交流の深い篠塚家か……、これは使えそうだな」
篠塚家は基本、柳か紫月が食事の用意をしている。幼い頃から両親がいなかったために自然と身についたスキルだ。
腕前の方は啓吾がいつ嫁に出しても恥ずかしくないものとは言ってはいるが、実際にそうなったらどうなるんだろうと妹達は不安に思う。
それから夕飯の調理が済み、鮮やかな料理の数々が盛りつけられている最中、玄関のチャイムが鳴った。
「は〜い!」
「夢華、確認して出てね。今日は兄さん夜勤で帰ってこないから」
「うん!」
本日啓吾は夜勤、女の子だけの家は必ず防犯面では気をつけなければならない。インターホンに映る人影を確認して夢華は応じる。
「どちら様ですか?」
「すみません、警察の者です。捜査の御協力をお願いします」
こんな時間に何だろう、と夢華は首を傾げすぐ上の姉を呼んだ。
「紫月お姉ちゃん、警察みたい」
「警察?」
夢華に呼ばれ、紫月はピクリと眉を吊り上げながらもインターホンに映る警察官に尋ねた。
「どんな御用件でしょうか」
「夜分遅くに申し訳ありません。少々お尋ねしたいことがあるのですが、高円寺町で女子高生暴行事件が起こりまして……
被害者がそちらの紫月さんと同じ学校の生徒になりますので、下校中に何か見られてないかと……」
「すみません、私では答え兼ねます」
紫月は即答した。見ていないものは見ていないのだから。
それにしても、警察は自分がどこの高校に通っているかをすぐに突き止めているあたり、なかなか情報網があるようだ。
「そうですか、では申し訳ありませんが、犯人像は上がっていますので見ていただくだけ見ていただけませんか?」
「…分かりました」
それを拒む理由はなかった。一般市民として協力すべきところは協力するのは紫月にとっては普通だった。彼女は玄関の扉を開けて一歩外に出る。
「すみません、御協力感謝いたします」
警察官は一礼し、ズボンのポケットの中から犯人の似顔絵像が描かれた紙を取り出そうとした瞬間、紫月の腹部に拳打を叩き込もうと動いた。しかし、紫月は瞬時に反応しその腕を弾く!
「何を!」
「これは驚いた、武道をやってたのか」
警察官はニヤリと笑った。それに続くように他にも三人の男が紫月の前に姿を表す。
「何の用です?」
相手を睨みつけながらも、紫月は全く慌てもせず尋ねる。
「天宮家の餌としてご同行願おう」
「天宮家?」
しかも餌とは何だと言ってやりたいが、まず言わなければならないことがある。騒ぎを聞き近くまで駆け付けてきた姉妹に、紫月は首だけ後ろを向いて凛とした声で告げた。
「夢華、姉さんを守ってなさい」
「うん!」
強く頷いて夢華は柳の前に立つ。基本、篠塚家は柳を守るような体制が出来上がっている。特に啓吾がいないなら尚更、妹達は柳を守ろうとするのだ。
しかし、そんな会話を男達は無駄なことだと嘲笑う。相手は武道を嗜んでいるといえどもただの女子高生だ。
「女一人で何が出来る?」
「偽の警察四人ぐらいは片付けられます」
「それはそれは……」
篠塚家を一番最初に尋ねてきた警察官は紫月を嘗めきっていた。腹部に一撃お見舞いすれば彼女はあっさりと意識を失うと思っていたが、紫月は拳打をかわし、下段回し蹴りで相手のバランスを崩して尻餅をつかせる。
たったそれだけの攻撃で紫月は相手の力量を見極めたのか、彼女は相手を見下して告げた。
「本気を出すまでもありませんね」
「このアマッ!」
別の男が襲い掛かって来たが、紫月の長い足が男の腹部に入り悶絶させる。
「引き下がって下さい。私では餌にもなりません」
「嘗めるなぁ!!」
「くどい!!」
さらに別の男の首筋に手刀を叩き込み、流れるようにもう一人に上段回し蹴りが決まる。
その時、男の一人が持っていた銃が地面に落ち、一番最初に尋ねてきた警察官はそれを拾おうとしたが、紫月がそれを拾う方が早かった。そして、銃口は向けられる。
「早く気絶してる三人を連れて消えなさい。私は兄の次に好戦的なんです。それともこの世から消えますか?」
その表情はまるで冷たい月のよう、紫月は相手を威圧した。
「クソッ!」
「忘れ物です」
警察官が乗ってきた車に紫月は銃を投げ入れ、悔しそうに彼は去っていった。
「紫月、怪我はない?」
柳は心配そうに尋ねるが紫月は首を横に振った。
「ありません。それよりこんなところでも天宮家ですか? 一体、あの家族には何があるんでしょうね……」
紫月の脳裏にあの腕白小僧達の顔が過ぎる。彼女の疑問が解消されるのは少し先の話だった……
紫月ちゃんは強いです!
容姿端麗で冷静、さらに才女というスーパーガールですが格闘技が好きだったりもします。
因みに彼女が格闘技に目覚めちゃってるのは啓吾兄さんの影響です。
ついでに銃まで扱えるのも啓吾兄さんが扱い方を次女には教えてしまったからです。(えっ!?)
なので啓吾兄さんが夜勤(当直)の日でも安心している模様。
ちなみに聖蘭病院の医者は日勤(通常勤務)と夜勤というシフトらしいです。
ですから下手をすると一週間以上、徹夜で家に帰れないなんてこともあるみたいですよ(笑)