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天空記  作者: 緒俐
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第八十九話:つかの間の平穏

 昼前に天宮家に二人してお邪魔すると伝えて、本当にこれでもかというほどの食糧を買い込んだ紫月と夢華は両手に買い物袋をぶら下げて天宮家に向かう。


 その道中、先日の南天空太子による火災のため、警察や自衛隊の車両と幾度なくすれ違うが、二人は悪意的なものを感じながらも我関せずを貫いていた。構ってやる必要などないからだ。

 それに今一番の問題は文明的な生活が後退している天宮兄弟の救済である。


「う~ん、少し買い込みすぎちゃったかなぁ?」

「いいえ、おそらくすぐに消えます。翔君は底なし胃袋ですからね」

「だけどお姉ちゃん、嬉しそうだよね」

「まぁ、あそこまで良い食べっぷりだと料理人の血は騒ぐんですよ。折角ですから新作も食べさせたいですし」


 そういえば夏休みに入ってから篠塚家の料理レパートリーは増えたな、と夢華は思う。おそらく、翔に食べさせようと研究していたのだろう。


「じゃあ、お昼御飯は御馳走?」

「いえ、それなりにしておきます。たまには我慢も覚えてもらわないと困りますから」


 とはいってるものの、結局は沢山作るんだろうな、と夢華は思うのだった。



 一方、沙南が旅行に行ってから文化的な生活からどんどん掛け離れている天宮家では……


「暇だ……」

「そう?」

「ああ、まさか夏休みの宿題が七月内に終わるなんて思いもしなかった」

「紫月さんのおかげだね」

「それに腹減った……」

「もうすぐ作りに来てくれるよ」


 暑さと暇さと空腹さで脱力している翔の傍で夏休みの読書に勤しんでいる純は、律義に合いの手を返してやる。


 リビングのソファーに手足を投げ出して、青春の貴重な時間を消費して過ごしているなと思うところはあるのか、ぽつりと翔は呟いた。


「俺もなんかバイトでもやろうかなぁ」

「翔君に勤まるバイトなんてあるんですかねぇ?」


 相変わらずな返答をしてくれるのが秀だ。雑誌をめくりながらも弟の思いつきに横槍を入れることは彼の性質である。


「俺だってやろうと思えばいくらだって出来るさ!」

「例えば?」

「例えば……」


 自分の不器用さを考えるとなかなか思い付かない。もちろん、力仕事ならばそれなりの成果は出せるだろうが、常人場馴れしている怪力を見せるわけにはいかないため却下だ。しかし、純は柔軟な発想の持ち主だった。


「こんなのはあるよ。薬の試飲」

「絶対嫌だ! 何飲まされるかわかんねぇ!」

「良いじゃないですか。さすが純君ですね」

「ありがとう秀兄さん」


 悪魔の顔を裏に持つ癖に相変わらず綺麗な笑みと、天使の顔してる癖に言うことは小悪魔になってきている兄弟の会話に、経済新聞を読みながらも龍は苦笑する。


 そんな二人の提案に翔は断固拒否と言い張れば、思い付いたかのように秀は答えた。


「ああ、忘れてました。翔君が飲んだところでまともなデータなんて取れるはずがありませんね。青酸カリを何トン単位で飲んでも死にそうにもありませんし」

「兄貴ひでぇ! 俺が人間じゃないみたいじゃんか!」

「自覚があるなら結構」


 ぴしゃりと言い切るあたりこの兄に容赦はない。翔は再びソファーに沈んでいくのだった。


 そして純の興味は秀が読んでいる雑誌に向く。


「そういえば秀兄さん、何読んでるの?」

「ああ、温泉にでも行こうかと思いまして」

「えっ! 家族旅行!?」

「違いますよ。柳さんとです」


 そうあっさり言い切る秀に天宮家の家長と三男坊は固まった。純粋な末っ子だけはまだ意味が分からず「デートなんだね」と、にっこり笑っている。


 しかし、あまりにも嫌な予感がした龍は一つ咳ばらいして尋ねた。


「……秀、まさか泊まりとか言わないよな?」

「泊まりですよ? 当然でしょ?」


 何を今更とでも言いたいのか、綺麗な顔は楽しそうな笑みを作っている。バイトとはいえ結婚式を挙げたら次は新婚旅行ぐらい行かなければという考えなのだろう。


 事実、ウェディングモニターのバイトで柳が秀に振り回され、もしその場に啓吾がいたら間違いなくこの世で一番悲惨な結婚式になっていたとの感想を龍は沙南から聞いてはいたが……


 それにしては性急過ぎるのではないかと龍は一応宥めることにした。


「おいおい、啓吾がそれ許すのか?」

「啓吾さんなんて知りませんよ。徹夜でもしてればいいんです」


 さすがにこれでは通じない。寧ろ、啓吾相手ならば遠慮なく実力行使に出る。しかし、それ以前の問題もある。


「その前に柳ちゃんは承諾してるのか?」

「ええ、足湯に行ってみたいといったのは彼女ですし、大丈夫でしょ」

「ああ、足湯か……」


 なるほど、と少し龍は安心したがやはり秀は秀だった。


「まあ、夜は」

「俺が悪かった! それ以上もう何も言うな!」


 純の教育に悪いと話を無理矢理断ち切った。これ以上掘り下げれば一体何を言い出すのか分かったもんじゃない。

 それほどまで秀が柳に固執しているということは明らかなわけで……


「だけど秀兄さん、柳さんに少しの間会ってないから寂しいでしょ?」

「そうですね、だけど僕以上に大事な人に会えなくて寂しがってる家長がいますからね」


 弟達の視線が龍に向けられると少し朱くなって答えは返される。


「あのな、別に沙南ちゃんがいなくて俺は寂しいとか」

「おや、僕は沙南ちゃんの名前なんて出してませんよ?」

「秀……」

「だけど沙南ちゃんと一週間以上顔合わせてないじゃん」


 言われれば確かにその通りである。


 先日の三連休が終わって七月いっぱい病院に缶詰状態となっていた龍は沙南に電話は入れたものの、全く会ってはいない。おまけに入れ違いで沙南は旅行に出掛けてるので顔すら合わせていないのだ。


 それで今回あまりストレスが溜まっていないのは、医院長が会議で病院にいないのでオペの許可が非常に取りやすいからである。

 副医院長は龍の実績でオペの許可を出すという性格だったため実に交渉は楽であった。


 しかし、ここで沙南との関係を後押ししない弟はこの家にはいない。秀はすっと龍に雑誌を差し出す。


「兄さんも沙南ちゃんが戻って来たら二人で温泉でも行ってきたらどうです? 混浴特集というのが」

「秀!!」


 真っ赤になる兄に弟達は声を上げて笑った。


 そこで今度は玄関のチャイムが鳴る。


「あっ! 夢華ちゃん達かな?」

「飯!?」


 年少組はリビングから飛び出していくと、すぐにいつもの賑やかな声が聞こえてくる。翔からは「ありがたや~」と紫月を奉っているほどだ。


「だけど兄さん」

「何だ?」

「本当に今のうちに沙南ちゃんと行ってきたらどうです?」

「だからな秀……」

「それがですね、また最近妙な輩達が動き始めたようなんですよ」


 秀は微笑を浮かべるのだった。



 その頃、薄暗い会議室で男達が数人集まって話し合っていた。目の前の大画面に映し出されているのは天宮家の面々の顔とデータだ。


「彼らが天宮兄弟か」

「ああ、大君やアメリカのハワード財団が手に入れたがってたようだ」

「確かにこれは異常な力を持ってるようだが……」

「しかし、所詮はまだガキだ。我々のやり方で彼等を陥落させるとしよう」


 男達はニヤリと同じような顔をして笑うのだった。




はい、沙南ちゃんのいない天宮家です。

何とか二日間は生きている御様子です。

おそらく紫月ちゃんが食事を作りに来てくれるとのことで少し元気な模様(笑)


だけど秀は柳ちゃんと付き合うようになってさらに彼女への悪戯やら独占欲がパワーアップしている模様。

まだ付き合い始めて約十日ぐらいだというのに、もう旅行に行って……と健全な男子の考えを持っているようで……

絶対啓吾兄さんが知ったら患者放ってでも阻止しに行くことでしょう(笑)


さて、だけどそんな秀も浮かれてばかりはいないようですよ。

ちゃんとまた次のトラブルを予測しているみたいです。




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