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天空記  作者: 緒俐
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第八十八話:夏休みはこれから <第三章開幕>

ここから第三章開幕です。

どうぞお楽しみ下さい。

 少女は深い溜息をついた。本来、この執務室でデスクワークをしていなければならない主がいないからだ。

 きっと今日もあのお気に入りの場所でサボっているのだろうと真っ白な衣を翻して、宮殿の廊下を早足に広い原っぱが広がる庭に出た。


 穏やかな春の日差しが差し込むその庭は主が気に入る絶好のサボり場所であり、そして剣技に明け暮れる場所。しかし、今日は昼寝場所である。


「西天空太子様!」


 少女は眉を吊り上げて主の元に近付く。とても太子というより腕白小僧といった主の装いは上等品ではあるものの、袖がない真っ白な拳法着。しかも傍らにはやはり剣。

 基本、この主は執務より戦であり、それと同等に食欲もある。ある意味天界一太子らしくない太子である。


「起きて下さい、西天空太子様!」


 少女はさらに声のボリュームを上げた。従者という立場上、すぐに暴挙に出ないのは彼女なりの優しさ。

 しかし、二度呼んで起きなければこの少年との間には約束がある。


「仕方ありませんね……」


 ふわりと風が少年の髪を揺らせば目を閉じたまま少年は告げた。


「そうじゃないって言ってるのに」

「起きてるならさっさと執務に戻って下さい」

「紫月が気持ち良く俺の名前を呼んで起こしてくれたら起きる」

「……全く、さっさと起きて執務に戻って下さい、翔様」

「翔で良いって言ってるのに」


 う〜んと背伸びして従者の方に相変わらず固いなあと告げれば、従者ですからとあっさり返されてしまう。


「それより、また天空王様が主上に呼ばれてるんです。そんな時にあなたという人はなんでこう……」

「そう怒るなよ、悪かったって!」

「だったらさっさと執務を片付けて下さい! だいたい戦ばっかりが翔様の仕事じゃないでしょ!」

「うん、だから紫月がいると安心して戦に行けるんだ」

「私は翔様の従者なんですけど!」

「ああ、だから紫月がいると面倒な執務が何とかなるんだよなぁ」


 本当に不思議だよなぁ、と感心する主に反省という言葉はまずない。それを追及し、心を入れ替えて執務に励もうという殊勝な心掛けが出来たら、それはそれで熱でもあるのではないかと他の兄弟は騒ぎ出すが……


「はぁ……、戦なんか無くなればいいのに……」

「全くだよなぁ。そしたら紫月の飯が毎日食えるしさ」

「沙南姫様のもでしょう?」

「沙南姫は龍兄上が独占するからおやつしか食べられなくなりそうだ」

「そうかもしれませんね」


 紫月はくすくす笑った。こういうところは同じ意見なようで、早く二人がくっついてもらいたいと思う。


 一体どこまであの雲は流れて消えるかは分からないが、ふと翔はそんな空を見上げながら紫月に尋ねた。


「なぁ、紫月」

「はい」

「この平和な時はあとどれくらい続くんだろうか」

「翔様?」


 風がふわりと二人を包んでいた……



 篠塚家で一番の早起きは紫月だった。夏休みで小学生の夢華がラジオ体操に出掛けるとなれば、六時半前には起きていなければならない。

 柳がいれば交代で起きることも出来るが、生憎彼女は大学の友人に誘われて旅行に行っている。今までそういったことがなかった柳は非常に嬉しそうに出掛けていった。


 しかし、柳が出掛けたとなれば当然といってもいいように天宮家の家事を一手に引き受けている沙南がいないということで……いろんな意味で大丈夫なのか心配である。


 まあ、しぶといメンバーが揃っているので死んではいないだろうけど……


「ただいま〜!」

「お帰りなさい。お疲れ様でした」


 朝から元気いっぱいの夢華は勢いよくキッチンに入って来た。ここまで嬉しそうな顔を朝から見せる理由は天宮家の末っ子と朝から会えるからだろうけど。


「さぁ、手を洗って来て下さい。朝ごはんにしましょう」

「うんっ!」


 太陽よりも眩しい笑顔の持ち主である夢華にそう促し、今朝は二人分の朝食をテーブルに並べた。柳は旅行だが啓吾は相変わらず徹夜と呼出しの毎日であるため、しばらくは二人で食事することが多くなりそうだ。


 一般家庭なら女の子二人でしばらく生活するというのは危険だという意見は出そうだが、兄である啓吾が「紫月がいればまず大丈夫だろ」と絶大的な信頼を寄せているため、特に何もなく夏休みは過ぎていく。

 おそらくこれが柳と夢華の二人となれば兄はおろか、つい先日柳の恋人となった天宮家の次男坊までが騒ぎ出すことだろうが……


「いただきま〜す!」

「いただきます」


 二人だけの朝食が始まった。滅多にあることではないため、二人の食事はやっぱり寂しいねと夢華は告げる。

 しかし、それでも話題が天宮家の事となれば会話は弾む。


「ねぇ、紫月お姉ちゃん。純君達何だか大変みたいだよ」

「大変ってまだ姉さん達が旅行に行ってから二日しか経ってませんが?」

「うん。だけどね、すでにお家が悲惨なことになってて翔お兄ちゃんが沙南お姉ちゃんの料理が恋しいって騒いでるんだって」

「……どうせ沙南さんが作り置きして置いた料理が一日で消えたんじゃないんですか?」


 後先考えずにあの少年ならやりかねないだろうな、と紫月は思う。基本、翔は食事に関して我慢が出来るタイプではないからだ。そして、その予想は見事に当たっていた。


「そうみたい。しかも秀お兄ちゃんもご飯の時に家に戻ってないから誰も料理出来なくて困ってるんだって」

「確かに秀さんがいなかったら悲惨でしょうね、あの家……」


 昼は喫茶店、夜はバーとこの二日間おそらく家に戻ってないだろう天宮家の次男坊がいないとなれば、天宮家の衛生問題さえも危ぶまれる。


「お姉ちゃん、今日純君の家に行かない?」

「天宮家にですか?」

「うん、後二日間素麺だけで乗り切るなんて翔兄さんは絶対無理だって純君が言ってた」

「ええ、絶対無理でしょうね」


 紫月はくすくす笑った。今朝もきっと足りないと騒いでいるのは目に見える光景で……


「……仕方ないですが救済に行きましょうか。沙南さんが帰って大変なのは目に見えてますし」

「うんっ! きっと翔お兄ちゃん喜ぶね!」

「では後から天宮家に連絡入れておいて下さい。今日のお昼に伺いますのでキッチンを貸して下さいと」

「は〜い!」


 そういえば天宮家を訪れるのは十日ぶりだなと紫月は思う。

 時期は八月の頭、これからが夏休み本番だった。




はい、第三章開幕となりました。

先日も後書きで予告したとおり、今回は翔と紫月ちゃんがメインです。


そして早速天宮家は緊急事態。

沙南ちゃんが旅行に出掛けてしまって文明的な生活が早くもストップしています(笑)

本当天宮兄弟は沙南ちゃんがいないとどうにもならないらしいです。

龍が頭が上がらない理由はここにあります。


さあ、一体どこまで陥っているやら……




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