第八十七話:まためくられていくページ
「お疲れ」
「未来の花嫁にかんぱ〜い!」
「お前ら……、性質悪すぎだぞ……」
弟妹達が寝静まり、天宮家の縁側に腰掛けて医者達は小声ながらも缶ビールで乾杯していた。
若干一名、やけ酒になってるシスコンはいるわけだが。
「啓吾、早かれ遅かれあの二人がくっつくなんて、出会った時から分かってたんじゃないの?」
「だけど次男坊にやるのがムカつく!」
「でも柳ちゃん幸せそうだったじゃないか」
「それでも次男坊にとられたのがムカつくっ!!」
ほんの数時間前、秀が柳の肩を抱いて「僕たち付き合うことにしましたから」とあっさり啓吾に告げた後、しばらく荒れに荒れた啓吾をこの状態にまで宥めるのに、非常に龍が苦労したことは言うまでもない。
しかし、龍のいうとおり柳は幸せそうに笑っていたのは事実で、家族以外の誰かに認めてもらえたということは彼女にとっては本当に良かったと啓吾も思ってはいるのだが……
「まっ、啓吾、明日は私がデートしてあげるわよ」
「ん? 珍しい誘いだな」
「だって同情したくもなるわよ? すぐに分かることだから教えとくけど、秀ちゃんと柳ちゃんに頼んだバイト、ウェディングモニターの新郎と新婦役だから」
龍は声に出さずに腹を抱えて苦しそうに笑った。確かに同情もしたくなる。
「紗枝……、お前何でんなバイト持ってくるんだよ!」
「面白くてギャラが良いからよ」
「紗枝ちゃん最高!」
あっさり言い切った紗枝に啓吾は撃沈した。
いくら貸し一つ作ったとはいっても、今日の食事代と正装代、おまけに柳のドレスは消え去ったわけなのでそれを弁償となればさすがに篠塚家は火の車である。
「まっ、あの二人はきっとうまくいくでしょうけど、問題は……」
「ああ、虚を突かれた気もするよ。アメリカ人の飼い主は必ずしもアメリカ人だけとは限らないってことだ」
今日三人が聞いたロバートを締め上げて吐かせた内容ははっきり言ってノーマークの組織だった。
それもまだハワードとの繋がりが全く見えてこないといった状況だが、少なくとも啓吾に動揺を与える効果があったらしい。
「龍、紗枝、あのマッドドクターのことは次男坊には言うなよ」
「ああ、その方がいいかもな。あいつが知ったら本当に洒落にならんかもしれん」
「だけど啓吾は大丈夫なの? あのマッドドクター、啓吾の過去をえぐるようなこと言ってたでしょ?」
龍と紗枝は心配そうな目を啓吾に向けた。二人とも詳しくは聞かなかったが、ロバートが言った内容が啓吾を傷つけるには充分過ぎることだったとは分かっていたから。
しかし、それを表に出すこともなく彼は振る舞っているのだけれど。
「気にすんな。あんなのただの下っ端がほざいていたことなんだ。それにこれでもお前らのこと宛にしてんだぞ? 柳が俺が丸くなったって言うぐらいな」
だからそれ以上は突っ込んでくれるなと啓吾は笑った。そういう顔をされては二人は何も聞けない。
「それに一番の問題はお前だろ、龍。また天空記が絡んでたじゃねぇか」
「そうそう。さっき皆に話してくれたセディが言ってたこと、現代はともかく、過去に龍ちゃん達は天界そのものを無に帰させちゃうぐらい強かったって?」
話がうまく切り替わる。啓吾のことを気にせず、かつ自分達にとっては重要なことだ。
「ああ、そうらしいんだが俺は皆と違って全くと言っていいほど天界の夢を見たことがない。だからそれが原因で狙われるのはどうかとは思うが、相手にとってはそうはいかないんだろうな」
ホテルの屋上で自分に銃を向けて来たセディは、龍だけは覚醒させるわけにはいかないとその危険性をまるで体験したことがあるかのように強く訴えていた。
しかし、やはり現代は現代と龍はどうしても割り切ってしまう。そうでなければ、前世で大犯罪を侵した人間は現世で例え覚えていなくても罪を償わなければならないという、妙な話を受け入れなければならないのと同じだ。
もちろん、秀のように覚醒して関係のない人々を巻き込んだとすれば罪の意識を持つのだろうけど。
「まだ当分の間は騒がしいのかしら……」
「紗枝、お前は危なくなったら」
「皆から離れろなんて言っても私は関わりますからね」
紗枝は好戦的な笑みを龍と啓吾に向けた。
「龍ちゃんでさえ天界の夢を見てないのに、それを見てる私を仲間ハズレにしようなんてひどくないの?」
「いや、そうだけどさ。お前今回危険な目に遭って……」
「それぐらい天宮家と付き合って来てるんだから慣れてます!」
「いや、紗枝ちゃん、慣れてもらっても……」
「とにかく!」
龍と啓吾は迫力負けする。いや、元々勝てたことはないが。
「こんな有り得ないことばかり二人で乗り越えようなんて、男の友情を理由に私をのけ者にしようとしたって私は二人を薬漬けにしてでもさせませんからね!
だいたい、秀ちゃん達がどれだけ心配してるのか分かってるの! それに特に龍ちゃん! 龍ちゃんが啓吾にばっかり最近関わってたから本当に沙南ちゃん悲しんでたんだから!」
「龍……、それは流石にやばいだろ」
「啓吾! なんでそこで紗枝ちゃんの味方になる!?」
いきなり男の友情から紗枝に寝返るあたりさすがは啓吾というか……
「いや、だって俺は沙南お嬢さんの将来の指導医だから、お前が原因で落ち込まれたらお前を責めるしかないだろ」
「ちょっと待て! だいたいなんでここで沙南ちゃんが出て来るんだ!?」
「そりゃ……」
「それはねぇ」
二人は龍の片方ずつの肩にポンと手を置いた。
「柳が次男坊とくっつくのは気に食わんが、お前が沙南お嬢さんとくっつかないのは不敏でならん」
「周りがくっついたのを勢いにして沙南ちゃんに好きだって言ったら? じゃないとまたズルズル引きずるだけなんじゃない?」
「いや、だから俺は……!!」
二十三歳の恋愛初心者は顔を真っ赤にしてそれ以上何も言えなくなった。どうやらまだまだこの堅物はその場で足踏みしそうだ。
その数時間前の事だった。金髪の年若い青年がある場所を訪れていた。
「桜姫、失礼する」
「あら、私がここに滞在していたこと知っていらしたんですか? ドクターダニエル」
桜姫は微笑を浮かべた。ハワード国際ホテルから少し離れた一流ホテルに桜姫は滞在していた。そこに今回偽物の秀や柳の形になる人形を作った科学者のダニエルがやって来たのである。
「もちろんそれくらいは簡単にね。それに一度くらい君に挨拶しておくのは筋道だろう?」
「それは恐れ多いこと……」
恭しく桜姫は頭を下げるとダニエルは微笑を浮かべた。
「君に頭を下げられると君の主が怒りそうで怖いよ」
「いえ、主は心が広い方ですもの。この程度では何とも感じてはいません。もちろん、ミス・セディの件に関してもハワード側に一切の咎めがない事でしょう」
ふわりと桜姫は笑みを浮かべた。その答えにダニエルは眉を顰める。
「……ハワードは、いや、夜天族はただ南天空太子を覚醒させるための駒だったと?」
「それは違います。ハワードの力は私達にとっても大切な力の一つです。あなたもハワードの名を汚される事には堪えられないのでしょう? ドクターダニエル、いえ、夜叉王子」
ダニエルはニヤリと笑うと顔に爪を立てその皮を剥ぎ取った! そして桜姫の前には黒目黒髪の危険な目をした青年が現れたのである。
「さすがは桜姫、気付いていたのか」
「はい、ハワード財団に優秀な科学者がいる、そしてその方も天宮秀と篠塚柳の事を調べていると聞けば予測も立ちましょう。
二百代前、一度あなたのものとなった柳泉を南天空太子が取り戻したという事実は変わりませんもの」
「ああ、確かに結果としては南天空太子が私の元から柳泉を奪ったことには変わりないが、それより気に食わないのが天空王の存在だ!」
「……天空記に縛られることをミス・セディは多少憂いていたように思われますが」
窓からふわりと夜風が入り込む。それを受けて開かれていた天空記のページがめくれていく。
「ミス・セディは妖姫として完全に覚醒してはいなかった、もし覚醒していたならまだマシな死に方もしていただろう。しかし私は違う」
「……夜叉王子、日本には高原の跡を継ごうとする愚か者が、そしてそちらに籍を置いているドクターロバートの後ろ盾は利用する価値があるかと思います」
「君はまだ高見の見物か?」
ダニエルは皮肉を込めた顔をして笑ったが桜姫は全くそれには動じず、表情を崩す事なく答えた。
「……夜叉王子が天空王を許せないのと、私が天空王の覚醒を心待ちにしている理由は違います。
しかし、まだ天空王の目覚めの前に、もう一つの空が目覚めてはおりません」
「……西天空太子か、いいだろう。あの小僧には戦の度に翻弄されたのだ。その仕事私が引き受けよう」
ダニエルは踵を返した。それを見送り桜姫は椅子に腰掛け天空記に目を落とす。
そこにはまた一つの真実が記されていた……
はい、これにて第二章完結です!
またいろんな謎が残されて終了となりました。
まあ、相変わらず三章でもハワードやら高原の跡目を継ぐ日本の愚か者やら、おまけに謎の組織まで関わってくるようで……
つまり三章はバトル!
翔が活躍しないとどうにもならないよということです(笑)
とりあえず三章はまだ全体像が仕上がってません(笑)
創竜伝をモチーフにはしていますがあそこまで痛烈な批判とかは書きませんし、書けませんし(笑)
なのでまたパクるとこパクって緒俐なりのオリジナルを入れることにはなるかと思います。
では、三章でお会いしましょう。
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