第八十六話:告白
玄関のチャイムがなり、沙南と紗枝はやっと帰って来たという表情を浮かべながら扉を開ければ、アメリカ兵の服を着た一行がお疲れモードで帰って来た。
普通なら一体何故かと問うはずだが、生憎この家の真の支配者はそういった疑問の前に笑顔でその一行を迎える精神の持ち主だった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
全員苦笑しながら家に入っていくと、秀に抱えられた柳を見て沙南は駆け寄った。
「柳ちゃん大丈夫なの!?」
「眠ってるだけですよ。柳泉に覚醒したので」
「そっか……」
だけど苦しんでいる寝顔ではないことだけは確かで、とりあえず沙南はホッとした。
「秀ちゃん、まずは柳ちゃんを運んであげて。私の部屋に布団敷いてあげるから」
「すみません」
紗枝と秀は二階へ上がっていった。
「紫月ちゃんと夢華ちゃんは先にお風呂に入ってらっしゃい。レディーファーストでもちろんいいわよね」
「ああ、構わないよ」
「すみません、ありがとうございます」
「それと皆のタキシード、どうせしわくちゃになってるんでしょ?」
龍はたじたじになった。その場は危険だと龍を玄関に残したまま先に風呂に入る準備してきますと他の者達は逃げる。
「いや、まあ……事態が事態だったから……」
「そうよね、だけど何で龍さんのシャツ、切られちゃったのかしら?」
やっぱりそうきたかと龍は完全に逃げ場を失った。下から強い力を持った目で逃さないわよと睨んでくる目に龍は降参と両手をあげた。
「すみませんでした。グリフォンに切られました」
「もう一つ、私にいうことがあるでしょ?」
見上げてくる目が少しだけ揺らぐ。ああ、そうだなと龍は頭を下げた。
「……心配をおかけしました」
「よろしい! さっ、上着とズボンはまだ無事なんでしょ? 貸してちょうだい」
「本当に面目ないです……」
「構わないわよ? 明日クリーニング出しにいってデートしてくれたらいいから。もちろん全て龍さんのおごりね!」
悪戯っぽい笑顔を向ける沙南にやっぱり敵わないなぁと、龍はかしこまりましたと答えるのだった。
一方、紗枝はさっさと布団を敷いて秀にニッコリと笑いかけた。
「はい、どうぞ」
「すみません、紗枝さん」
「いいえ、どういたしまして。あと今日は私、沙南ちゃんの部屋で寝るから今夜は二人で心行くまで話しなさいね。
柳ちゃんにちゃんと伝えなくちゃいけないことがあるでしょ?」
柳を抱えたまま秀は目を丸くする。紗枝の顔を見る限り、今回の秀の企みなんてとっくにお見通しだと語っている。
「……僕の気持ちにいつから気付いてました?」
「自覚したなと思ったのは本物の婚約指輪を柳ちゃんにはめてたとこで気付いたけど、南天空太子のことがなければ、もっと前から好きだったって秀ちゃんも気付いてたんじゃない?」
悪戯な笑顔を向けてくる紗枝にやっぱり敵わないなと苦笑するしかなかった。全くその通りで……
「それと言わなくても分かってるでしょうけど、ちゃんと今回の秀ちゃんの企み全て柳ちゃんに話しなさいね。
あとバイトの件だけど、もし話して柳ちゃんに振られちゃったらキャンセルしてくれていいから」
「残念ですけど全くそんな気がしませんね」
「あら、分からないわよ? 柳ちゃんみたいなタイプは秀ちゃんがしっかりしておかないと誰かに一瞬で掠われちゃうんだから」
「僕相手に柳さんを掠っていける人なんて沙南ちゃんと紗枝さんだけですよ」
「分かってるじゃない」
からからと紗枝が声を立てて笑っていると、柳が秀の腕の中で身じろぐ。
「う……ん」
「じゃあ、気が済んだら降りてらっしゃい。啓吾は食い止めておくから」
「はい、よろしくお願いします」
紗枝はごゆっくりと部屋を出ていった。それを見送ってゆっくりと目覚めていく柳に秀は愛しく呼び掛ける。
「柳さん」
「あ……南……天空……太…子…様?」
まだ意識は前世の自分を見ている。いくら南天空太子が過去の自分でも柳が愛おしそうにその名を呼ぶのが気に入らない。
まるで自分を通して他の誰かを見ている気がしてならないのだ。
「……柳さん、僕の名前は違うでしょ?」
違うと言われてしばらく考えた柳はゆっくりと意識を現代に向けていく。そしてようやく覚醒した。
「あ、秀…さん……」
「はい」
満足そうな笑みが柳に向けられてようやく彼女は今の自分の状況に気付いたのである。秀に抱えられているのだから。
「って、えっ!? 私どうして!? それより秀さん!?」
「危ないですよ、まず落ち着いてください」
顔を真っ赤にしてじたばたする柳をまだ当分離したくないなあと思いながらも、とりあえず彼女を下ろしてやった。
そして腰をおろして彼女と向かい合い、ゆっくりと話し出す。
「僕達は南天空太子と柳泉に覚醒してしまったようです。記憶にありますか?」
「あっ……いえ……」
柳は俯いた。やはり純や夢華と同じで記憶は全く残ってはいなかった。それからさらに秀は続ける。
「それでハワード国際ホテル周辺はおろか、アメリカ軍の戦闘機も僕は全て炎で……」
秀は声を落とした。その気持ちに気付いたのか柳は首を横に振って否定した。
「だけど秀さんを南天空太子にした人が悪いに決まってます! 秀さんは平穏に暮らしたいって願ってるじゃないですか!」
「ええ、そうとは思いますけど関係のない人も巻き込んでしまってさすがに良心がチクりと痛むところもあるわけで……」
その時ふわりと柳は秀を包み込んだ。彼女がそんな行動を起こしたのは初めてで秀は驚く。
「柳さん?」
「ごめんなさい……一緒に戦うって言ったのに……」
すっと柳の頬から涙が零れる。
もし、秀が南天空太子として覚醒したらどうするかと問われたときに、柳は一緒に戦うとそう答えた。そんなことになったら秀を支えたいと心がそう願っていた。
しかし、秀は無意識のうちにしてしまったことに対して傷ついていた。自分の無力さが痛いほど感じられて……
すると秀はふわりと微笑んだ。
「……戦ってくれたんですよ」
「えっ?」
「兄さんに聞きました。僕が放つ炎を少しでも止めようとしてくれたって。だから僕が元に戻って柳泉がふわりと僕に飛び込んで来てくれたときに本当に嬉しくて……すっと心が軽くなりました」
包んでくれた腕をそっと解いて、そして小さな手を掴んで秀は微笑んだ。
「ありがとう、柳さん。君が来てくれて嬉しかった」
秀は心からそう告げた。そして柳の涙を指てそっと拭いてやる。それがとても温かくて柳は涙を拭いてくれた手にそっと自分の手を重ねた。
「……私、覚醒する前に早く秀さんの元に行かなくちゃって、そればかり考えて炎に意識がのまれていったのだけしか覚えてないんです。
だけど、秀さんの心を軽く出来るなら柳泉に戻るのも悪くないかも知れませんね」
そう言って笑う顔に秀は惹き付けられる。やっぱり自分の気持ちには気付いてくれてないのだなと心の中で苦笑して、降参だと強く抱きしめた。
いきなりどうしたんだろうと少し顔を赤くしながらも、秀の名を呼べは彼は一つ溜息をついて答えた。
「……まったく、あなたという人は」
「えっ? 秀さん?」
「その顔、あまり他の人に見せないでください。僕は結構独占欲強いので」
「はい? えっと……その」
柳はもう婚約者設定は終わったのではと疑問に満ちた目を秀に向けると、すっと繊細な手は柳の頬に触れた。
それにドキッとして自分を見つめてくる目に顔は紅潮してくる。
「柳さん、あなたが好きです」
「えっ……!?」
「本当はもっと場所を選んで言おうと思ってたんですけど、あなたは自分の魅力に気付いてくれないので本当に危なっかしくて……」
「えええ……!! ちょ、ちょっと待って頂けると……!!」
「ああ、すみません。婚約指輪は失くなってしまったんでもう一度ちゃんと送りますから」
「ええ〜!! あれって発信機だって紫月が!!」
「いえ、あれは本物です。いくら僕が敵を不快にさせるためといっても好きでもない相手に指輪なんか送ったりしませんし」
「ちょ、秀さん!!」
「おや、僕のこと嫌いでした?」
「そんなはず!! ……あっ」
「良かった」
時は止まった。柳は目を見開いたまま自分の唇に秀の唇が重なっているのを感じた。
思わず逃げ出したくなったが逃がさないというように腰に秀の腕が回って。
しかし、ふとした瞬間から柳が秀に身を預けてくれるのが分かって、沙南が呼びに来るまでの間、秀は柳を解放することはなかった。
やっと秀が告白したぞ〜!!
本当思わせぶりな態度ばかり何回していたことか……(いくら自分と柳が調査されてるからって)
そして告白した理由が危なっかしいからって……
まあ、本人いわく独占欲が強いといってるので、これからさらに柳ちゃんが……
啓吾兄さんが絶対荒れるだろうなあ……
くっついてくれたことは嬉しいんですけどね(笑)
とりあえず、次回で第二章終了にしようかなあと思います。
そして第三章は翔君と紫月ちゃんの番になりそうです。
まあ、この二人がメインだと確実にバトルとギャグになりそうですが……
あっ、その前に番外編とかもやってみたいですねぇ。
リクエストはいつでも受け付けますので☆