第八十五話:終息
しばらく秀は柳泉を抱きしめていた。肩から落ちてしまった上着を持ったまま、龍はどう突っ込んでいいのか見守るしかなかったが、ふと柳泉を取り巻く熱の力が消えたかと思うとその身体は輝きを放ち崩れ落ちた。
それに慌てて、秀はその身体を支えて柳の名を呼ぶ。そういえば柳泉は彼女の前世だったと今更ながら思うのだった。
しかし、もっと慌てている少女が叫んだ。
「龍さん! 秀さん! 目を閉じて下さいっ!!」
「えっ!?」
「あっ!!」
龍は急いで背を向け秀も慌てて目を閉じる。元に戻った柳もやはり裸だったわけで……、本当に啓吾がこの場所にいなくて良かったと思う。
秀は紫月に柳を渡し、龍は赤くなりながらもう一度上着を秀に渡した。
「とにかくお前もこれ着てろ」
「ありがとうございます。上着ぐらい着て帰らないと沙南ちゃんに締め出されそうですしね」
「お前、かなり機嫌が良くないか?」
「悪くはないですよ?」
理由は聞かずとも分かるが、啓吾にだけは絶対黙っておこうと心の底から龍は思うのだった。後から面倒な事しか起こらない。
そしてやはり思った通りサイズはぶかぶかだったが、何とか柳にアメリカ兵から奪った服を紫月は着せ終わった。
「もう大丈夫ですよ」
そう言われて振り返る龍は若干顔が赤く、秀に至っては非常に楽しそうな笑みを浮かべていた。
あとから柳をからかうネタにでもしようと顔に書いてあるのを隠そうともしない青年に、紫月は姉の無事を祈るしかない。無意味には違いないが……
「さて、帰ろうか」
「すみません、さすがに三人抱えて飛ぶことは……」
「ああ、気にしなくていいよ。地道に下りよう」
「紫月ちゃん、柳さんは僕が運びます。僕の所為で柳泉に戻ってしまったんですから」
秀は紫月に申し出る。その申し出は特に断る必要もなく、何より南天空太子を思って危険を省みずに飛び出した柳泉のことを思えば秀に任せるのが一番だと思った。
それにここにたどり着くまでかなりの力を使っていた紫月にとって、柳を運んでもらえることは有り難い。
「すみません、お願いします」
秀に柳を任せるとその身体をすっと秀は抱き抱えた。本当に大切なものを扱うかのように滅多に見せることのない穏やかな表情まで浮かべて……
「紫月ちゃん、背負ってくからのって」
「いえ、私は大丈夫ですから」
紫月は驚きながら断るが、龍には全てお見通しだったようで。
「昨日からずっと力を使ってるんだから疲れてるだろう? それに乗ってくれた方が早く降りれるからね」
本当に兄といい龍といい、表情に出てないことでもお見通しとは恐れ入る。しかもさりげなく気を遣ってくれるのだから本当に沙南の言う通り性質が悪いのだろう。
「……すみません、お願いします」
「うん、じゃあ行こうか」
「はい」
二人は非常階段をトントンと降りていった。龍に背負われながら、何となくやっぱり男性というより、お父さんという表現がピッタリ来るのは何故なんだろうと紫月は思って心の中で謝罪した。
するとやはりこちらに向かってたのかと翔達に再会する。水に包まれてる所為か汚れ一つない。
「兄貴!!」
「お前達! 避難してろと言っただろう!」
「あ〜龍、そう怒ってやんな。一応こいつらも心配してたわけだし」
「そうだぜ兄貴、説教なら帰って聞くさ。それより柳姉ちゃん無事なわけ?」
秀に抱き抱えられている柳に視線が向けられると、大丈夫だという表情を浮かべて彼は答えた。
「ええ、眠ってるだけですよ」
「そっか、良かった」
年少組は気付かなかったが、やけに秀が柔らかく微笑んでいることに啓吾は気付く。
その表情が何となく気に食わないが、柳泉が悲しい思いをせずに南天空太子に会えたということは眠っている表情を見るだけでも明らか。そう考えていくと柳はどうなんだろうと考えてしまうあたり、やはりシスコンぶりはどうにもならない。
「それと兄貴、またアメリカ兵が来てさ」
「来なくていい」
「それでも来るんだってば!」
もはや龍は投げやりだった。彼も今日一日なんだかんだで疲れているのでこれ以上余計な騒動になど巻き込まれたくはない。
しかし、ホテルの外に出るなりやはりお待ちかねだったのか、アメリカ兵達は良からぬ命令を受けて自分達の行く手を阻んで来た。それに龍は心の底からうんざりした。
「少しは消火活動か救助活動に加わってほしいものだな」
「それは日本の消防と自衛隊の仕事にして自分達は自分達の仕事をするのが彼等の筋道なんでしょう」
「お前、そういう考え方好きだったか?」
「僕も基本はそうですけど、僕達の邪魔をする人達にその考えを押し通そうとされると腹が立って仕方がないですね」
「それはそうだな」
そんな人の思想について天宮家の年長組が話していることをアメリカ兵は理解できていないようだ。ただ訛りの強い英語で黙れと騒いでいる。
「どうする、龍」
「翔、お前まだ動けるだろう。おもいっきりやっていいぞ」
「えっ!? マジで?」
「ああ、ここは日本だ。アメリカ兵が一般市民に銃を突き付けてる光景なんてあるはずがない。今、目の前で起こってるのは全部幻だ、俺達は疲れてるんだ」
「おい、スッゲェ論法だな……」
常識ではありえないことなのだからこれは幻だと、清々しくさえ思ってしまう龍の言い切りに今日は誰もつっこみはしない。とにかく心身ともに疲れているのだから早く家に帰って休みたい。
「だから構わん! さっさと片付けろ!」
「がってん!」
目を輝かせて翔はアメリカ兵達に突っ込んで行き、顔面を蹴り飛ばし、腕の骨を簡単に折り、ライフルで後頭部を殴り付けようとした相手にはアッパーを決め、数人掛かりで捕らえようと襲い掛かって来た兵達も軽く投げ飛ばす。
やはり兄達ほど力を使ってなかったのか、それともバイキングで栄養補給をした所為かあっさりと片付き、最後は龍が片手でジープに乗っていた男の襟首を掴んでひょいと投げ飛ばしてその場は静かになった。
それから秀は柳をジープに座らせて翔に命じる。
「翔君、アメリカ兵の服脱がして下さい。僕もこの恰好で帰ると沙南ちゃんに変態扱いされますからね」
「寧ろされたらどうだ、次男坊」
「そう啓吾さんが僕に命じて沙南ちゃんの前にこの姿を曝したとなれば、生きていられないのは啓吾さんもですよ。それはもう、沙南ちゃん以上に荒れ狂う兄さんを相手にしなければならないでしょうね」
確かにそれは怖いなぁ、と啓吾は苦笑する。そして龍も紫月を背から下ろすとさらに命じた。
「翔、ついでだ。全員分脱がせろ」
「分かった。純、手伝え」
「うんっ!」
翔と純は失礼といいながら服を拝借する。とりあえずこの恰好をしておけば、検問ぐらいは軽く突破できるだろうとの龍の考えだ。
おそらくアメリカ兵には関わるなと日本側も言われているだろうし。
「ほい、お前もヘルメット被って大人しくしとけ」
「わわっ!」
深くヘルメットを被らされてひょいとジープに夢華は乗せられる。もちろん服のサイズは埋もれているというところの話ではない。
それは夢華だけではなく、まだ成長期の年少組にとってはアメリカ兵の服は大きすぎる。
「帰って早くお風呂に入りたいです」
「私も入りたいなぁ」
「僕も眠りたいなぁ……」
「お前も力使いまくってたもんな」
とにかく暴れすぎて疲れたというのが全員一致の意見。早くさっぱりして眠りたいものだ。
そして啓吾は運転席に乗り込むなりしかめっつらを秀に向ける。眠る柳を相変わらず秀は愛おしそうに抱いていたからだ。
啓吾はセディを欺く作戦の一貫で柳にちょっかいを掛け続けていると紫月や紗枝に説明を受けてしぶしぶ承諾していたわけだが、何だかそれを通り越している気がする。
「次男坊、お前いつまで柳を離さないつもりなんだ?」
「さぁ、どうしましょうかね」
「おい、お前まさか……」
「啓吾さん、早く出してください。休んだ後に全てお話しますよ」
ニッコリ笑う秀に全ての事情を知った高校生組はきっと明日は荒れるんだろうなあと思い、彼等が天宮家に帰り着いたのは一日が終わる前だった……
ようやく一段落です。
龍さんは疲れてほぼ投げやりになってますが……
とりあえず全ては帰ってから話し合いましょうとのこと。
なんせ今回皆力という力を使ってますからね。
早く帰って休みたいとの気持ちは分かります。
そしていよいよ次回は第二章が終わるか終わらないかは微妙ですが、とりあえずはっきりさせるところは秀にはっきりさせていただきましょう!