第八十四話:思い
それは二百代前の真実……
紅玉を磨き込んで見事なまでの装飾を施された甲冑を着込んで、南天空太子は自分を行かせまいと正面に立ち塞がる妖姫に冷たく告げた。
「どきなさい」
「何故です!? 柳泉は望んで夜叉王子の元へ行かれたのですよ!?」
妖姫は南天空太子の腕を掴んで自分を置き去りにして柳泉の元へ行こうとする愛しき者を止めるが、全てを知り、烈火の如く怒りを内に秘めた太子を止めることなど出来るはずもなかった。
「妖姫殿、二度と私の前に姿を見せないでください。これは夜天族に対する最大の譲歩です」
「〜〜!! 何故ですか!! あの女はたかが従者じゃないですか!! あなたほどの身分を持つものが何故あんな小娘を……!!」
「その理由を私の口から直接聞けばあなたが満足するならすぐに教えますが?」
妖姫は黙る。もう止めることなどできはしない。それを一瞥して南天空太子は駆け出した。
急がなければ失ってしまう。ずっと守り続けて来た大切なもの。それが柳泉という少女だった……
上空は真っ赤に染まりいくつもの火が周囲から上がっている中で、ハワード国際ホテルは焼け崩れてはいなかった。
しかし、地上何百メートルの高さを誇るこのホテルの屋上に放水は届きそうになく、ヘリが先程から何度も往復しようと近づいて来ては落とされを繰り返していた。
そんな中、セディは南天空太子の姿を視界に捕らえていた。二百代ぶりの再会だったのである。
「南天空太子様、やっと会えた……」
セディは少しでも南天空太子に近づこうと屋上の石造りの手摺りまで近づく。しかし、手を伸ばしてもとても届きそうにないほど上空に浮かんでいる南天空太子にはその声は届きはしない。
その時、屋上に続く扉が破壊され咳込みながら駆け上がって来た龍が目の前に現れた。
「……天空王」
「お前は……」
龍の視界には虚ろな目をした女が映る。セディというより妖姫として今この場に立っている気がした。
そんな虚ろな表情のまま、セディは龍に話し掛ける。
「悲しいものね、あなたの弟にミス・柳のことを言っただけで覚醒してしまうなんて……」
「お前が秀を?」
「ええ、きっかけは私だったのかもしれない。だけど南天空太子として目覚めたいと願ったのは紛れも無いあなたの弟自身」
至る所で爆発が起こる。未だに南天空太子を落とそうと戦闘機は向かっていくが、それは炎にのまれていくばかりだ。
そんな状況でありながらも、龍はこの女に聞かなければならないことがあった。
「聞きたいことがある。一体お前達の目的は何なんだ? お前達の主とやらは何故俺達を狙ってくる」
まっすぐに自分を見据えてくる目にセディは龍がまだ何も知らないということを知った。
「……そう、まだ天空記を読んではいないのね」
「その天空記とは一体何なんだ?」
「……一説では天界最古の歴史書、そしてその価値をしらないものにとってはただのお伽話。だけど私達ハワード、いえ、夜天族にとってはあなた達天空族を怨む理由が記された書物でもある」
「……それがこの現代に何の関係がある」
「……あなた達が忘れていても私の過去はそれを忘れさせてはくれない。
あなた達を怨むそのきっかけとなった女が柳泉! 南天空太子の従者であり篠塚柳の二百代前の過去生よ!!」
龍は東富士演習場で桜姫が最後に呟いた言葉を思い出していた。「柳泉が私達の手に落ちたとき」と確かに彼女はそう言っていた。
「柳泉は君達の手に一度落ちたと聞いているが……」
「フフッ、あなたの弟はそれを奪い返した。それは夜天族の軍勢を壊滅状態にまで追い込んでね。もちろん天空王、それを許可したのは紛れも無いあなた自身」」
「……悪いが俺には二百代前の記憶は全くといっていいほどない。それを現代で俺達を狙う理由にされても迷惑なだけだ」
天空記の存在は確かに自分達のことを知るルーツになると今のセディの話でも理解できた。
しかし、二百代前の因縁を持ち出されて現代で自分達を狙う理由にされるなど真っ平御免である。
「もちろんハワードだって天空記だけに捕われているわけではない。
二百代前の力を取り戻していくあなた達を現代で利用することが出来ればそれはそれで魅力的だもの。それはミス・柳とて同じこと。でも天空王!」
セディは銃を龍に向けた。
「南天空太子でさえこれほどの力を有しているのに、あなただけは覚醒させるわけにはいかない! 夜天族を滅ぼすきっかけとなったのは柳泉だった。しかし、天界そのものを消し去ろうとしたのは紛れも無く天空王、あなたなのよ!
天界全ての民族を一度無に帰させたあなたを今ここで!!」
「危ない! 伏せろ!!」
叫んだときには遅かった。火球がセディを彼女の叫び声と共に飲み込んだのである。
彼女の姿は目の前から消え去った……
「龍さん!!」
「紫月ちゃん!! どうしてここに!?」
紫月が来るのが一瞬でも遅くて良かったと思う。紫月は龍に駆け寄り事情を説明した。
「そうか……柳ちゃんも覚醒したのか」
「はい、ただ姉が今どこにいるのか分からなくて……」
上空を見上げても柳泉の姿は見えない。ただひたすら秀が炎を纏って全てを破壊しようとしている姿だけしか確認できなかった。
だが、龍は少し違和感を覚え始める。秀が放つ炎の威力や破壊の範囲が若干弱くなったような気がしたのだ。
「……紫月ちゃん、上空は乱気流だったか?」
「いえ、むしろ安定していましたが」
周囲が真っ赤に染まっていても風は強くない。しかし、秀の周りはまるで乱気流が取り巻いているかのように火の形が乱れて来ている。
そこから感じるのは確かな意志。まるで必死に何かを止めようという思いが伝わってくる。
「そうか……柳泉は戦ってる」
「えっ?」
龍はそう呟き石造りの手摺りに上がった。
「高原老と同じことが出来るかわからんが……!!」
腕を伸ばして秀の姿を捕らえる。そしてふわりと髪が揺れて光のロープが南天空太子を縛り付けた!
それに気付いた南天空太子は光のロープが放たれた方を見下ろしてそれを断ち切り、自分を縛り付けたものの元へ刃を抜いて降下していく。
「愚かな」
「それが兄に対しての言い草か、秀」
「兄……?」
「そうだ。正気に戻れ南天空太子、これは天空王としての命令だ」
「くっ……!!」
強い意志に秀はその表情をしかめるが、炎の刃を龍に振り下ろしたその瞬間だった!
「俺のいうことが聞けんのか!! 秀!!!」
覇気が南天空太子に叩き付けられる! その一言で秀の動きは止まり、龍の腕の中に崩れ落ちた……
「……兄さん」
「お疲れ、秀」
手摺りの上から飛び降り、上着を秀にかけてやる。紫月は慌てて後ろを向いたが、温かい炎がまた舞い降りて来た。
「あれは……」
「柳ちゃん……いや、柳泉」
穏やかな笑みを浮かべる少女が目の前に降り立つ。秀はすっと立ち上がりその少女の元に一歩歩み寄る。
まだ意識はぼんやりしていたが彼女が傍にいてくれることがとても心地よい。
「心は晴れましたか、南天空太子様」
その澄んだ声に秀はすっと片腕を伸ばして微笑んだ。
「……おいで、柳泉」
それに誘われるように柳泉は秀の腕の中に飛び込む。やっと出会えたとその思いが龍や紫月にも聞こえた気がした。
腕にある温もりに秀は心から安堵して愛しく告げる。
「ありがとう」
「……秀様、良かった」
そこには時を越えた思いが確かに存在していた。
良かったなぁ、龍兄さんちゃんと秀を元に戻しましたよ。
出来るかどうかは分からなかったにせよ、ちゃんと弟を元に戻す方法は考えていたようです。
まぁ、最後は「喝っ!!」って感じでしたけど(笑)
そして今回のメインはやっぱり秀と柳ちゃんですからね。
最後に「ありがとう、柳泉」って言葉にしなかったのは秀が柳に対する感謝があったからで。
ちょっとしたこだわりですね。
さあ、次回は慌てていただきましょう!
だって元に戻るってことは……