第八十話:グリフォン
鋭い爪を持ち、身体も翼も漆黒であるグリフォン。その姿を目にした瞬間、啓吾の頭に浮かんだのは神話。ネメシスって復讐の女神のグリフォンだったっけな、といかにも豆知識的なことを考えていた。
そして、その能力についても話し合ってしまうのはこの医者達の性格上仕方ないことなのかもしれない。
「龍、グリフォンってやっぱり怪力だよな?」
「ああ、もちろん伝承からも馬や牛をまとめて数頭持ち上げたって言われてる」
「それにやっぱり知識の象徴としても使われてるから私達を襲えって命令を受けてるのかしら」
「知能を持った獣か、ちょっと厄介だね」
龍はよろしくと上着を紗枝に渡した。そして、ロバートは有り難い援軍の登場に渇いた笑い声を上げる。
「ハハハハ……!! よく来た、後は任せた」
啓吾の意識がグリフォンにいったためロバートの重力は元に戻ると、彼はグリフォンが出て来た扉から逃げ出してその扉を閉じる。しかし、医者達は誰もそれを追いかけようとはしなかった。
彼等が聞いた話でロバートを追う必要性を感じなかったことと、この部屋でグリフォンを仕留めておかなければならないという義務感にかられたからだ。
「啓吾、紗枝ちゃん、下がっててくれ」
二人にそう促しグリフォンの前に龍は立つ。いつもより手が抜けないのだろう、龍から放たれる覇気から二人はそう感じた。
「はっ!!」
刹那だった。グリフォンの頭部に強烈な蹴りが入りその体は吹き飛ぶ。しかし、グリフォンは翼でバランスを持ち直した。
「グオオオオ!!!」
怒りの咆哮をあげ、グリフォンはその鋭い爪をすばやく振り下ろしてくるが龍はそれを余裕でかわす。
それからグリフォンの肩に手を付き宙で一回転して後ろを取ると、その翼を掴んで壁まで投げ飛ばす。何百キロもありそうなグリフォンも龍を相手にしてはさすがに分が悪いようだ。
「さすが龍ちゃんね」
「ああ、安心して見てられる」
しかし、その表情はまるで戦いを楽しんでいるようで、さすがは三男坊の兄だなと啓吾は能天気に考えていた。
だが、グリフォンはまた立ち上がる。見ている方が痛々しくなるくらいその表情が弱っていると告げているが、人を襲うという本能が抑えられないようだと龍は気付く。
そして、再度グリフォンは龍に攻撃を仕掛けようと低く唸った。
「グオ……!!」
「力の差は分かっただろう。知恵ある獣なら挑んでくるんじゃない」
龍の覇気にグリフォンは威嚇されて後退するが、突然その目が赤く光ると猛スピードで紗枝に突っ込んでいく! 標的を変えたのだ!
「紗枝ちゃん!!」
龍が叫んで走り出した瞬間、調度品の嵐がグリフォンを吹き飛ばした。
「危ねぇ……」
啓吾は一つ溜息をつく。弱いものから狙うことは、知恵あるものなら当然やる戦法の一つではあるが、啓吾にその手はそう簡単には通じない。
「ありがとう啓吾」
「ああ、だけどちょっとショックだな。いろんなもんぶつけたんだけどあんまり効いてない」
それなりに重力の負荷もかけたんだけどと啓吾は残念そうだ。
一撃の重さというのは龍の蹴りの方が断然重いことには違いないが、全くダメージがなさそうにふわりと空を飛ばれてしまうとなんだか悔しくもある。
「効いてはいるさ。ただ体に痛みを感じなくなったのか、他のものにコントロールされているかだろう」
「暴走状態ってことか?」
「グリフォンの殺気を感じるあたりね」
龍は地面に落ちていた剣を拾い上げる。啓吾がぶつけた甲冑の装飾品だが、さすがは本物、切れ味は抜群だと一目で分かるほどその刀身は磨き込まれていた。
「啓吾、あの巨体縛り付けられるか?」
「飛んでさえくれなければなんとかな」
「じゃあ翼を斬った後に頼む」
そう告げて龍はグリフォンに向かっていく。そして、地面を蹴って剣を振り下ろしたがそれはかわされた!
「龍! 避けろ!!」
「グオオッ!!」
「っつ!!」
グリフォンの爪が龍のワイシャツをかすめて斜めに切れる。龍の肌には傷が付かなかったようだが深くえぐられた場合、いくら龍でも無傷でいられるかは怪しくなって来た。
「くうっ!!」
再び振り下ろされた腕を龍は剣で受ける。その力はまさに大理石の床に穴をあけるほどで、龍の足は床に埋まっていく。
しかし、それに堪えてしまうあたり龍の力も半端ではなさそうだ。怪力を誇るグリフォンもさらに力を掛けるが、龍をこれ以上潰すことが出来なかった。
それに耐え兼ねたのか、グリフォンは心のままに咆哮を上げる!
「グオオオオ!!!」
「っつ!!」
「痛っ!!」
ありえない咆哮のでかさに耳が痛くなる。それは龍も同じで僅かに力が緩んだ隙をグリフォンは見逃さなかった!
「グオオオオ!!!」
さらなる力が龍を押し潰そうとしたとき、啓吾の目は青く光る。
「しめた!!」
「グオ………!!!」
突如動けなくなったグリフォンの腹を蹴り、龍はその翼を切断する!
「グオオオオ!!」
痛みに咆哮をあげて血を滴らせるが、グリフォンの体は全くといっていいほど動かない。それどころか立つことすら出来なくなり仰向けになる。
そして、グリフォンの視界には飛び上がった龍と巨大なシャンデリアが見えた。
「落ちろ!!」
龍はシャンデリアを吊していた鎖を断ち切ると、それはグリフォンに直撃し今度こそ動けなくなった。龍はポイと剣を捨てて啓吾達の方を見遣る。
そこには青い光を放つ目をした青年。龍は何となく初めて見るこの顔を知っていると思った瞬間だった。
「だああ!!」
「啓吾!?」
いきなり啓吾は叫んで座り込み呼吸が荒くなる。かなりの力を使ったのか額から汗が滲んでいる。それを見た紗枝は急いで鞄からハンカチを取り出し、汗を拭いながら尋ねた。
「大丈夫なの? 目は見えてる!?」
さらに紗枝は啓吾の目の前で手を振ってみた。珍しく心配しているのか彼女は医者の顔をしている。
おいおい……、と思いながらも、啓吾はそんな表情を向けてくる紗枝に苦笑して答えた。
「……お前って本当いい性格してるよな」
普通、目の色が変わったら驚くなり怯むなりするだろうに、と言いたいが、さすがは紗枝というところだろうか、やはり彼女は医者である。
「啓吾、大丈夫なのか?」
「ああ、お前よりは無事だな。だけどそのシャツ、あとから沙南お嬢さんに怒られるんじゃねぇの?」
「うっ……!!」
確かにまずいな、と龍は思った。とても着れそうにはない。上着だけでも紗枝に預けておいて良かったとは思うが……
「龍さん!」
「お兄ちゃん!!」
いきなり入って来た沙南と夢華に龍はまずいという表情を隠せなかったが、それ以上に冷静な思考が言葉になった。
「どうしたんだい?」
「それが秀さんと柳ちゃんが!!」
「落ち着いて。秀と柳ちゃんがどうしたんだ?」
次の瞬間、非常ベルが鳴り響きスプリンクラが作動し始めた。それと同時に啓吾は柳の身に何かが起こっていると感じる。おまけに嫌な予感まで付き纏ってきた気がして……
啓吾は紗枝の手を離して礼を述べ、座っている暇はないと立ち上がった。
「紗枝、お前は沙南お嬢さん連れて直帰しろ」
「えっ!?」
「夢華、柳のとこまで行くから力を貸してくれ」
「分かった」
啓吾は夢華を抱えて走り出す。そして、沙南も不安そうな顔をして龍を見上げた。
「龍さん……」
「そういうこと。沙南ちゃん、ここは危険だから紗枝ちゃんと家で待っててくれ」
「龍さん!!」
龍は秀の元へと走り出した。
今回は龍と啓吾兄さんの活躍って事でしたが……
二人掛かりだと本当にあっという間に片付いてしまいます。
特に啓吾兄さんの力はちょっと反則です。
一応、彼にも重力をコントロールできる許容範囲というのはあるみたいで、出来れば目の色が変わる前に敵は倒したいとのこと。
もちろん、目の色が変わればかなりコントロールできる力が増すみたいですが、結構疲れてしまうから本人は嫌らしい……
次回はいよいよ……!!
でもその前に翔と紫月、純君はどうしてるのかな??