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天空記  作者: 緒俐
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第七十一話:恋花火

 夕日が沈み始めた頃、セディは再び聖蘭病院の医院長室を訪れていた。先日の龍達の引き抜き、そして秀をハワードに迎えるという件の返事を聞きに来たのである。


「ミスター折原、先日の件、ドクター龍達はなんと返事をしていただけたのかしら」

「は、はい……、そっ、その……、龍達はシュバルツ博士を大変尊敬しておりますので……」


 ハンカチで汗をぬぐいながら、誠一郎は歯切れ悪くも答えた。まさかハワードが嫌いだからと断るわけにもいかず、かと言って彼の頭で思い付く言い訳などこれぐらいしかなかったのである。


 ただ、セディにとってその答えは既に予想の範疇だったようで特に怒ることもなかった。


「そうですか、シュバルツ博士が出て来てはどれだけの好条件を揃えても彼等は動かないでしょうね」

「はぁ……」

「やはりドクター龍達は環境よりも医者としての技術に魅力を感じると言うことでしょう」

「はい……、そういうことかと思われまして……」


 思っていたより深く追及されなかったことに誠一郎は安堵した。

 しかし、セディはもう一つの件には真摯な表情を浮かべる。


「ですが秀のことはこちらもそう簡単に引き下がることが出来ません。ミスター折原、秀に会うことは出来ませんか?」

「秀にですか?」

「ええ、是非お会いしたいわ。もちろん、よろしければこの寄付の話は今この場所で成立させても構いません」


 誠一郎は一瞬パッと表情が明るくなったが、秀という青年の性格を知っているためすぐに小さくなって答える。


「しかし、その……秀が首を縦に振るかは……」

「ええ、存じております。こちらで調査させていただきましたが、秀にはガールフレンドがいるとのことですよね?」

「えっ? そうなのですか!?」


 意外な事実を聞いたと言わんばかりに誠一郎は驚きを隠せなかった。そしてもう一つ、沙南との婚約話など絶対引き受けないのではと彼の未来予想図は崩れかける。


「ええ、こちらに勤めているドクター啓吾の妹、篠塚柳がいるとのことです」

「篠塚先生の……」

「はい、ですから私から直接ミス柳を説得致しましょう。聖蘭女子大学に通っているお嬢様なら話は通じるはずです」


 確かにハワード財団の名前を出されれば、一介の女子大生は秀の将来のためと諦めてくれるはず。

 そして、彼女がいなくなった秀に沙南を差し出せば野望は潰えなくて済むと考えをまとめると、誠一郎はセディに友好的な表情を向けた。


「分かりました。ミス・セディのご期待に添えるよう、私も尽力させていただきます」

「ありがとうございます。では、早速こちらでお膳立てはさせていただきますわ」


 セディは妖艶な笑みを浮かべるのだった。



 そして夜。別荘の庭で弟妹達は様々な種類の花火を楽しみ、医者達はビールで乾杯とのんびりと過ごしていた時に龍の携帯は鳴り響く。

 相変わらず味気のない着信音だな、と啓吾は評するがそれを気にすることもなく龍は電話に出た。


「もしもし、宮岡先輩」

『ああ。龍、そっちは楽しんでるか?』

「今のところは、ですね」


 龍は苦笑した。今朝からアメリカ兵に散々迷惑を被っていてようやく落ち着いてビールが飲めるという状況なのだから。


 その微妙な心境を察したのか宮岡は軽く笑った後、早速本題を切り出した。


『そうか。とりあえず、お前さんに頼まれていた件を知らせようと思ってな』

「じゃあ……」

『そうだ。今日の高速の事件といい、お前達の別荘の周りがハワード名義になってるのもセディ・L・フォスター、ハワード財団の幹部が全て指示を出したことだ』

「女ですか?」


 龍は意外そうな声を出した。てっきり黒幕は高原が警戒していたハワードの権力者の誰かだと思っていたのだ。

 それは宮岡も同じだったらしく、高原の持っていたデータになかった女が出てきた時には目を丸くしたものだ。


『ああ、日系アメリカ人らしくて何度か聖蘭病院にも足を運んでる。お前達をハワードに引き抜きたいと言って来たのもその女だな』


 それも結構な美人だぞ、と宮岡はセディの写真を見ながら告げる。


『そして、さらに深く調べてみたらもっと面白いことが分かってな』

「何ですか?」

『そのセディという女、秀君と篠塚柳ちゃんか? 二人の関係についても調べてたみたいだぞ』

「何でまた二人を……」

『何だ? 秀君の彼女じゃないのか?』

「そうなんですか?」

『悪い、聞く相手が悪かったな』


 恋愛事に疎い龍だ。この手の話を振ったところでまともな返答はまず返ってこないだろう。寧ろ、返って来たら奇跡だ。


『だが、気をつけといた方がいいぞ? お前さんの事だから秀君に危険が及んだ時、最悪どうなるのかおおよその予測が立ってるんじゃないのか?』


 純は北天空太子となり水の力で自衛隊演習場を壊滅させた。そして、もし南天空太子が覚醒してしまえば、おそらくその力は……


「……そんなことは絶対させません」

『ああ、気をつけろよ。念のためセディの写真を秀君のパソコンに送っておくから、気をつけるように言っといてくれ』

「分かりました、ありがとうございます先輩」

『オウ! じゃあ、今度の酒宴の時にな』

「はい、おやすみなさい」


 龍は通話を切り、再び縁側に戻って腰かけた。彼の定位置は啓吾と紗枝の間。それも自然と医局の席の並びと一緒になるから不思議だ。


「電話、良ちゃんから?」

「うん」

「それで何だって?」

「ああ……」


 龍は宮岡からの情報を話始めた。周りは月と線香花火が明かり変わりとなり、弟妹達が楽しく騒いでいるのだが、その声は鮮明に聞こえる。


 そして、セディが病院を訪れた女だと言えば、啓吾は眉間にシワを寄せた。


「やっぱりあの女か……」

「何だ? 啓吾は会ってたのか?」

「一度な。人を啓星呼ばわりしてくれたから記憶にだけ留めといた」

「……お前な、気になることは早く言ってくれよ」

「言えばお前はまた苦労を背負い込む家長になるだろ?」


 確かにそのとおりなので龍は強く出れない。気苦労性の家長には常に責任とか保護者とかの重荷がのしかかっている。


「では、そのセディという女性が今回の主犯というわけなんですね」

「ああ、そういうことになるな。それと秀はともかく柳ちゃんのことまで調べてるみたいなんだが、何か従者ということ以外で心辺りはあるかい?」


 柳は啓吾の方を見たが彼は首を横に振る。ハワードは自分達に関係がないというように……


「……特には」

「そうか、だとすればやはり天空記がらみか……」


 しかし、それでも納得いかない。一体何の因縁があるのか全く掴めないのだ。天空記があれば少しは分かる事実もあるのかも知れないが……


 だが、唯一心辺りがあった沙南は龍に告げることにした。


「あのね、龍さん」

「なんだい?」

「すごく信憑性のない話してもいい?」

「聞くよ」


 そうあっさり聞いてくれるからこそ少しは話しやすくなるのだが、それでも沙南は話しづらそうな表情を崩せなかった。


「それがね、そのセディっていう人だと思うんだけど……」

「この顔で間違いありませんか?」


 秀はノートパソコンの画面にセディの顔を映し出した。年少組からは確かに美人だとの意見が出て来る。


「うん、この人よ」

「それで?」

「う〜ん、それが私の夢の中では妖姫って名前で出演してくる柳ちゃんを泣かせる悪女って感じなのよ」


 泣かせるという単語に反応するのはシスコンと秀だ。しかし、夢の話ということなので暴れはしないが……


「じゃあ、それで柳ちゃんのことを調べていると?」

「ええ、やけに柳泉に敵対心がある感じだったから。それも南天空太子の恋愛絡みでね」

「ああ、私もそんな夢見たのよね」


 紗枝まで賛同してくると龍は唸り始めたが、たったそれだけの理由でアメリカ軍まで動かす理由になるのかと問えば、二百代の怨みは怖いかもねと紗枝は返した。


「おい次男坊、お前まさか柳に手ェ出してたのか?」

「出してたのは南天空太子ですよ。それに現実と夢を混同するなんて馬鹿げた話でしょう?」

「にしては楽しそうだよな!?」

「それはそうでしょ。二百代の時を越えて柳さんが僕を思っててくれたら嬉しいに決まってますよ。ねぇ、柳さん?」

「えっ、ええっ!? その……!!」


 思ってたのは柳泉なんじゃ……、と柳は告げたかったが、その前にシスコンが暴れ出した!


「三男坊っ! ロケット花火貸せ!!」

「純君、バクチク貸して下さい!!

「お前ら! 危険な遊びをするんじゃない!」


 夜は実に平和だった……





やっとセディのことを掴んだ一行です。

確かに二百代の怨みが柳ちゃんを調査してる原因だったら怖いですけど、けっしてそれだけではありません。

天空記はそこまで恋愛に懲りませんからね。(第二章は恋愛重視に話は進めてはいますけど)


そして啓吾兄さん、最近やけに秀と柳ちゃんのことで喧嘩しています。秀も自然にそれを受けてたっているようですが……

本当に二人がくっついた日ってどうなるんだろう……




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