第七十話:海戦
海で本気で泳ぐ高校生二人。甘酸っぱい夏の一コマにこれほど恋愛要素に欠けた過ごし方をする男女がいるのかというぐらい、二人は本気で競い合っていた。
そして、先にゴールしたのはやはり常人離れした少年の方である。
「俺の勝ちぃ!」
翔は勢いよく海中から顔を出して頭を振った。その様はまさに夏の腕白小僧といったイメージだ。
その後、数秒だけ遅れた紫月も海中から顔を出すと、負けたことが悔しいのか珍しく表情を歪めていた。
「……少しぐらい手を抜いたらいかがですか」
「いやいや、風使いの紫月に手を抜くなんて失礼は出来ないさ」
「風の力なんて使いませんよ。勝負にズルはしない主義ですから」
二人は岩場に上がり寝そべる。太陽が照り付けて二人が浴びた海水がキラキラと反射する。この上がった時の心地好い夏の空気が紫月は好きで小さく口元が綻んだ。
そんな彼女を横目で見てすごく綺麗だと思い、翔は少しの間見惚れていた。時々、隣にいる少女は無意識に彼を惹きつける。
「それより翔君」
「おっ、おう」
翔は動揺しながらも体を起こす。それに続くかのように紫月も体を起こし遠くに見える影を指差した。
「あれ、何の集まりだと思います?」
「……ジェットスキーだよな?」
「ええ、だけどこちらに向かって来てませんか?」
翔は目を細めてこちらに向かって来るジェットスキーの群れを確認した。その数は数十機ほど、さらに運転してるのは銃火器を持ったアメリカ兵だ。
「泳いで逃げても追い付かれるよな」
「沖が見えませんからね」
「紫月は先に飛んで逃げていいぞ?」
「あれだけ一般人がいると飛んで戻るわけにもいきません。余計な混乱を招きます」
「んじゃ、迎撃で」
「仕方ないですね」
そう結論付けて二人は岩場で待つことにした。そして二人を発見したのだろう、アメリカ兵達はジェットスキーを走らせながら二人に少々大きめのバズーカーを向けて来た。
「おいおい、銃なんか俺達には」
「撃てっ!!」
「うわっ!!」
「翔君!?」
なんと撃って来たのは網である。おもいっきり油断していた翔は網に掛かり動きを封じられた。
うまくいったと話しているのだろう、アメリカ兵達は翔さえ捕まえればいいと岩場に上陸する事もなくUターンを始めた。
「発進しろ」
「させません!」
翔が海に引きずり込まれる前、風の刃で網を切断する。そして絡まった網を翔は跳ね退け、紫月にニコッと笑いかけた。
「助かった紫月!」
「油断しないで下さい!」
「悪かったよ……。だけどさ、あいつら絶対俺達を捕獲しろって言われてるよな?」
「間違いないでしょうね。兄さん達からこれだけ離れてますし」
再び二人に銃口が向けられる。おそらく銃は効かないと学習したアメリカ兵は再度網でも撃ってくる気なのだろう、二人の動向を待つ。
「なぁ紫月、ジェットスキーの操縦って難しいと思う?」
「さぁ? やったことないですから」
「じゃあさ、とりあえずあいつら全員海に叩き落として使わせてもらおうぜ! 夏休みなんだし、やっぱやったことがないことを体験しないとなぁ」
「龍さんの気苦労がしのばれますよ……」
キラキラした表情を向けて来る翔に紫月は深い溜息をついた。今日一日で一番多くの犯罪行為を成し遂げている少年は、この夏どれだけの未体験に自分を巻き込んでくれるのだろうか……
一方、スキューバダイビングを満喫していた末っ子組と紗枝の三人は水泡に包まれていたため、海中で息も会話も出来るという摩訶不思議な体験をしていた。
これは純と夢華が使える水の力の応用らしい。
「純君、なんか上にジェットスキーがいっぱいいるよ」
「うん、そうだね」
紗枝はそれを見て少し顔をしかめる。ジェットスキーが数十機も群れをなして走ることなど普通あることではない。
「二人とも一旦戻りましょう」
「うんっ!」
三人が沖に向かって泳ぎ始めた時、突如潜水艦のライトに照らされ行く手を遮られる。
そしてその直後、紗枝目掛けて鎖が発射され、それは水泡を突き破って彼女の体に巻き付いた!
「紗枝さん!」
「紗枝お姉ちゃん!」
「くっ……!!」
紗枝は息を吐き出す。手を押さえたいが鎖が彼女の自由を奪いそれをさせてくれない。
そして紗枝を回収しようと鎖は潜水艦に巻き取られていく。それをさせまいと純は鎖を掴み思いっきり引きちぎった!
「このっ!!」
回収される直前で引きちぎった鎖を捨て、紗枝をすぐに水泡で包む。
「夢華ちゃん!」
「うん!」
夢華は紗枝を預かると猛スピードで沖まで泳ぎ、いや、水の中をジェットスキー以上の速さで進み始めた。
「ターゲットを逃がすな!」
再び鎖が紗枝達に向かって放たれた時、純は鎖を殴って方向を変えた。
「させないよ!」
ニッと笑い、潜水艦の側面に純は張り付くと外壁を力強く何度も殴り始めた。
「天宮家の末っ子が張り付いている! 捕獲するんだ!」
「イエッサー!!」
乗組員達は潜水艦の外に出ようとした直後、いきなり潜水艦に穴が開き海水が流れ込んで来た!
「それっ!!」
さらにもう一つの穴が開きより海水はさらに早く潜水艦を沈めようと入り込んでくる。
「馬鹿な!? 素手で鉄を砕いたのか!」
「乗員退艦せよ! 沈むぞっ!!」
乗組員達は酸素ボンベを背負い海中に出ると、純が潜水艦に三つ目の穴を開けているところだった。
「小僧が!!」
「おっと!!」
純は海中を魚のようにスイスイと進んで捕らえられようとした腕をかわす。
そして、今度は彼を捕らえようと数人が一遍に襲い掛かってくれば、素早く乗組員達の後方に回り込んでそのうちの一人の後腹部に拳打を入れ、腕を掴んで他の乗組員に向けて投げ飛ばした。
「小僧が!!」
「うおおっ!!」
さらに純に乗組員達は襲い掛かろうとした時、いきなり人が何人も勢いよく降って来てそれは乗組員達を巻き込んだ。
「なに?」
上を見ればさらに人が降って来る。純はそれを避けながらスイッと上がって行き海から顔を出せば、そこにはやはりといった人物が岩場に立っていた。
「翔兄さん! 危ないよ!」
「なんだ!? お前下にいたのか!」
翔は岩場に純を引っ張り上げてやる。すまないとは言いながらも反省の色はなさそうだが。
しかし、紫月はいつも一緒にいる妹と紗枝がいないことに気付くと純に尋ねた。
「純君、夢華と紗枝さんは?」
「それがいきなり潜水艦に襲われて……」
純は先程あった一連の内容を翔と紫月に丁寧に話し始めた。
一般客達がそろそろ夕方と海から引き上げ始めた頃、啓吾はむくっと起き上がった。彼の脳裏に引っ掛かるものがあったからだ。
「……夢華」
相変わらず日焼けは嫌いだとビーチパラソルの下でぐったりしていた啓吾は、頭の中に響いた声を聞きパーカーを脱ぎ捨てて海の中に入っていく。
そして海に潜れば、紗枝を抱えて猛スピードでこちらに向かって来る夢華を発見した。その様子に啓吾の顔は一気に真剣味を帯びた。
「お兄ちゃんっ!」
啓吾はすぐに紗枝を受け取り海面に顔を出した。
「よく頑張った夢華!」
「紗枝お姉ちゃんが〜!!」
「大丈夫だ。すぐに助ける」
啓吾は紗枝を抱えて砂浜に上がり、顔を横に向かせて口に指を突っ込み嘔吐物がないことを確認した後、すぐに心臓マッサージと人口呼吸を始めた。
溺水者の処置は一分一秒を争うのだ。いつから呼吸が止まっているのか分からないからこそ、啓吾は素早く処置を施す。
「ケホッ…!!」
紗枝は水を吐き出す。それを見て啓吾も安堵した。
「よし、もう大丈夫だ」
「紗枝お姉ちゃ〜ん!」
うるうるとした表情を浮かべる夢華の頭に啓吾はポンと手を置いた。
「夢華、今の処置よく覚えとけよ。医者じゃなくても出来る命を救うための方法だからな」
「うんっ!」
「よし、そんじゃバスタオル持ってこい」
「分かった!」
夢華が荷物置場に走っていった後、紗枝は夕日に照らされ意識を取り戻した。
「う……ん」
「おっ、気付いたか」
「啓吾……」
「人命救助したから一つ貸しな」
「……すぐに返したげるわよ」
「けっこうけっこう」
非常に楽しそうな笑みを啓吾は浮かべた。間違いなくとびきりのお返しが来るだろうと、期待に胸を膨らませる。
そして沖の方を見れば、ジェットスキーに乗る翔達を発見した龍がバカモンと言いながら海の中に入っていくのが見える。
翔の運転するジェットスキーに純も乗っているようで紗枝は安心した。
「啓吾……」
「ん〜?」
「ありがとう……」
珍しく素直な礼だな、と啓吾は目を丸くしたが、つっこむことは止めておいた。
「どういたしまして」
「お兄ちゃ〜ん!」
夢華がバスタオルを持って走って来る。そして、それを受け取りふわりと紗枝にかけてやった。
きっと自分が運んでやる何て言えば、顔を真っ赤にして怒るに違いないだろうと分かっていたから……
海での戦い、今回活躍したのはなんと末っ子の純君でした!
水の力に目覚めてから夢華ちゃんと同じようにいろいろ出来るようになっちゃったらしいです。
たぶん純君は無邪気に水のコントロールを練習してたんだろうなあと思います。(夢華ちゃんとスキューバダイビングがしたかったのかなあと)
そして啓吾兄さんが紗枝さんの人命救助という、紗枝さんに借りばっかり作ってる彼に返済チャンスが到来しました!
おまけに貸し一つ作るという二人の間柄です(笑)
二人とも冗談で言ってる割には律義なんでちゃんと貸し借りはきっちりしている模様。
じゃないと医者なんてやってられません!?