第六十七話:裏情報
少し一般家庭より裕福な天宮家の別荘は自宅より広くはないものの、十数人ぐらいが軽く寝泊まり出来る造りだった。小高い丘の上に建ち、そこからは真っ青な海が一望出来る。
しかし、天宮家のプライベートビーチというわけではないので浜辺には多くの遊泳者が集まっていた。
別荘に着くなり、啓吾は外観を見渡し一言感想を述べる。
「へぇ、さすがは天宮家。別荘まで持ってるとはねぇ……」
「祖父さんの遺産だよ。教育の一環として建てたそうだ。とりあえず部屋は一人一つずつあるから好きに使ってくれ」
車から荷物を下ろしながらさらりと言う龍に、啓吾はポロッと疑問を零した。
「お前ん家どんだけ金持ちなんだよ……」
「啓吾が思ってるほどじゃないさ。ただ、祖父さんや父さんが贅沢せずコツコツ貯めてたからな、普通の家庭より蓄えが残されてるだけだ」
「じゃあ、次男坊の車って保険金が元手か?」
「いや、あいつはバイトで稼いで安く手に入れたんだろ。いくらしたかは分からないが」
それに秀なら株くらいはやってるだろうから、と龍は全く気にしていないが、その裏が何となく見えた気がして啓吾には悪寒が走った。
紫月からの情報では喫茶店とバーで時々働いてるとのことだが、それで新車を買える額が貯まるのだろうかと疑問である。
「とりあえず啓吾、そっちのワイン持って来てくれ。今夜あけるからさ」
「ああ」
クーラーボックスに入っているワインを持ち上げ、長兄達は別荘の中に入っていった。
テレビをつければ早速先程の事故が報道されており、現在の交通情報も丁寧にアナウンサーが解説していた。もちろんヘリの墜落のため通行止めである。
「龍兄貴、この状況じゃしばらく紗枝ちゃん来れないぞ」
「そりゃお前がヘリを高速上に落としたからだろ」
「秀兄貴だって落としたじゃねぇか!」
「僕は二機とも高速上に落とすヘマはしてません」
「じゃあ、柳姉ちゃんの炎の壁は?」
「おそらくそろそろ消えてると思うわ。そこまで強い力ではなかったから」
結論は翔の責任である。だが、今回は事情が事情なため龍からお咎めを受けることはまずないが。
これではすぐ泳ぎに行けないか、と翔は残念そうにぽつりと呟いた。
「なんだ、紗枝ちゃんの水着姿楽しみにしてたのに少しの間お預けか」
カツンと良い音が出る強さで翔の頭は盆で殴られる。自業自得だと兄達は我関せず、紫月から出されたアイスティーを堪能することにした。
「何すんだよ、紫月っ!」
「女性の前で不純な発言はやめて下さい」
「健全な男子なんだから仕方ないだろ! なぁ、啓吾さん」
「ああ、男子としてはいたって健康。それとどっかの次男坊みたいにベタベタくっつかないからマシだな」
「啓吾さんに言われたくないですね。渚の美女といろいろな思い出を作りそうな人が!」
なんでそこで啓吾VS秀になるんだ……、と龍は思うが、だんだん話が末っ子はおろか高校生達にも聞かせたくない内容になってきたので、龍は直ちに退避命令を出した。
「純、夢華ちゃん、海には夕方前に行くから部屋で遊んでなさい。ここは少し危険だから」
「はぁ〜い! 夢華ちゃん、ゲームして遊ぼう!」
「うんっ!」
さすがはまだ純粋な小学生である。二人は仲良く二階へ上がっていった。
「翔、紫月ちゃん、二人も純達とゲームしに上がっといた方が良いと思うぞ? 十八禁の内容にこいつらの話は成りかねん」
「ああ」
「ご配慮に感謝します」
いつの間にか部屋の物がふわふわと浮き始めている。喧嘩の種を蒔いたのは二人なのだが、巻き込まれるのもゴメンだと二階へ上がることにした。
そして十八歳以上の会話が始まった時、龍は立ち上がりふわふわ浮いてるノートパソコンを掴み起動させる。
その中には高原が集めていた情報の数々が取り込まれており、アイコンをクリックするとやはりパスワードの入力を求められた。
部外者に踏み込まれたくない領域になると、セキュリティ対策を万全にしてくるのは実に秀らしい。
「……そろそろやめてもらおうか。お前らが本気で喧嘩すると三日間野宿だ」
その一言で二人はピタリと止まる。秀は龍からパソコンを受け取り、彼らしいパスワードを打ち込んで何でそんなパスワードなんだと啓吾にツッコミを受けるが、全く気にせずトップページを出した。
「それで、紗枝がくれたCDの中には何があったんだ?」
「日本の敵の情報です。今回僕達にちょっかいをかけてきてるハワードのデータは……」
画面に数枚の画像が映し出される。それはこの別荘の周辺地図と建造物の写真だった。
「マリン国際ホテル、ここのすぐ近くに建ってる五つ星か」
「はい、つい最近ここの名義はハワードになっています。さらにこの近海には小さいですけどアメリカ海軍の基地がひそかに建設されてるようですね」
「へぇ、高原老が死んで日本はハワードに良いようにされてるわけか」
「ええ、高原は裏社会のドンということもありましたから、ある意味日本を守ってたと同時に僕等も他国からちょっかいを掛けられることがなかったんですよ」
確かにアメリカの来客者は初めてだったなと龍は思う。自分が単身アメリカにいた時に何も起こらなかったのは、少なからずとも高原の力が働いていたのではないかと今更ながら考えた。
「それにしても勉強不足とはいったが、学習するためにこれほどの金額を費やしてくるとはさすがは金持ちだな」
「いや、案外ゲーム感覚かもしれないぞ? まだアマチュアレベルだけどな」
「じゃあ、俺は中ボスで龍は悪の総大将だな。次男坊はゲーム内に一体はいるゲーマーを苛立たせるキャラか?」
「そうですね、総大将のもとに行かせるわけにはいきませんから」
はまり役だなと啓吾は笑った。そして秀は優美な微笑を浮かべて更なる情報を提供した。
「ですが僕が調べた中で面白い情報も出てきましたよ」
「面白い?」
「はい。啓吾さん、ハワード家が今何代続いているか分かります?」
その問いに啓吾は少々考え込んだ。頭の中ではアメリカの年表やらハワードの代表がどんどん遡って行きあらかたの答えが纏まった。
「アメリカの歴史からいけば多くても数十代ぐらいってというところか? もちろん移民なら話も違ってくるだろうが」
「ええ、おっしゃるとおりですよ。ハワードは移民、しかも名門の血が流れているようですから確かな記録も残されています。
彼等はアメリカの独立戦争時には既に現在の地位を築き上げており、その後アメリカの繁栄の裏に必ず彼等一族の名が上がるようになったそうです。そして今現在、ハワードは二百代目だそうですよ」
二百代前と聞いて啓吾は一つ溜息を吐き出すと、ジーパンの後ポケットから煙草を取り出して火を付けた。それは天空記に書かれた自分達を縛り付けている数字と同じだ。
「おいおい、それは何の厭味だ?」
「さぁ? 偶然なのか必然なのかは知りませんがハワードにもいろいろ事情があるのでしょう」
「だが、同じ二百代と言われてもとても友好的に付き合えそうもないな」
「同感です。かたや戦争好きのハワード財団、こちらは日本の医者ですからね。生死隣り合わせの対立なんて非常にクリアなことです」
秀の意見に二人は納得した。自分達をどうしようというのか目的は掴めないにしても相容れることはない、それだけは現段階で出せる答えには違いない。
「だが、今いるのは奴らのテリトリー内ってことは確かだからな、平穏な三日間を迎える自信はないね」
「確かにそうだがこの別荘は天宮家のテリトリーだ。侵そうとするなら手厚く迎えてやるさ」
すると別荘で快適な三日間を送るために家事を全て熟した沙南が楽しそうに三人のいるリビングに入って来た。
話はここまでですね、と秀はノートパソコンを閉じる。
「龍さん、紗枝さんから電話があってね『裏道使って行くから謝罪を考えながら待ってなさい』だって」
何ともタイミングの良い電話である。高速が使えなくなった原因から全て尋問されるのだろうな、と龍は苦笑するしかなかった。
「龍、どう言い訳するか?」
「ちゃんと謝った上で素直に話さないと、紗枝ちゃんだからまず許してくれないだろうね」
話は夜に持ち越されることになった。
今回はハワードの情報が出てきましたがやはり秀、土屋警視の情報以外にもちゃんとハワードに関しては調べています。
高原の興味は天宮家だったのでハワードが二百代続く家系だったなんて興味もなかった模様です。
これからハワードがホテルと海軍基地を使っていろいろ仕掛けてきそうですが、その前にまずは海に行っていただきましょう!
はたして紗枝はどんな水着を沙南と柳に押し付けたのか、なにより啓吾兄さんは日焼けに打ち勝つことが出来るのか!?
乞うご期待(笑)