第六十六話:炎のカーチェイス
「しっかり掴まってろよ」
「はぁ〜い!」
何とも無邪気な末っ子組の返事に沙南はクスクス笑った。そして、今まで律儀き交通マナーを守り続けて来た龍の初めての違反が始まる。
アクセルを限界まで踏み、急発進して高速道路を突っ走り始めた。今日がガラガラの道で本当に良かったと龍は思う。
「凄いっ! 龍兄さんエフワンドライバーみたいだね!」
「うんっ! 龍お兄ちゃんカッコイイ!」
「ふふっ、ホントね」
これは犯罪なんだけどなぁ……、と楽しそうな末っ子組に後から何と説明すれば、これは悪いことだと理解してもらえるだろうかと、龍はやはり真面目な保護者らしいことを考えてしまう。
だが、もう一台の車は龍の心中など露知らず、追いかけてくるヘリをどうやって撃退してやろうかと作戦会議中だ。それもかなり過激な内容が飛び出して来る。
「まったく面倒な奴らだ」
「風の力で落としましょうか?」
「紫月ちゃん、そんな力の勿体ないことしなくても大丈夫ですよ。柳さん、ペットボトル貸して下さい」
「はい、どうぞ」
「あっ、俺にもやらせてくれよ!」
「さっき一機落としたじゃないですか」
「あれだけじゃ足りないね」
秀と翔は柳からペットボトルを受け取り、窓から身を乗り出した。そして、狙いを定めてヘリのプロペラの接合部分に豪速球を繰り出す!
「それっ!」
「落ちなさい!」
翔の繰り出したペットボトルはストレートでプロペラに直撃してヘリを撃沈させ、秀は性格が出てるのかカーブを投げ、二機のプロペラに直撃させて同時に仕留めた。
さすが次男と柳と紫月は感心するが、翔は相変わらずの兄に文句を付けた。
「秀兄貴ずりぃぞ! 二機落としなんて反則だ!」
「翔君にも一機譲ってあげたでしょう? 感謝されても文句を言われる筋合いはないですね」
「俺二本持ってるだろ!」
「一本で最大の戦果を上げる利潤を追求するのが僕の主義ですからね」
「お前ら、ゴチャゴチャ言わずに追撃して来るパトカーも何とかしろっ!」
兄弟喧嘩が始まる前に啓吾は二人を止めた。秀は追撃して来るパトカーをどうやって攻略してやろうかと思うが、フロントミラーに見える機関銃に眉を顰める。
あれを撃たれて車にキズを付けられるのはゴメンだと、秀は啓吾に告げた。
「啓吾さん、僕の車にはかすり傷一つ付けないで下さいね。まだ買って一年しか経ってないんですから」
「龍が出資してくれたんじゃないのか?」
「残念ですが自腹です」
「マジか!?」
一体どうやって稼いだんだとツッコミたくなったが、今はそれどころじゃないなと啓吾はやめておいた。寧ろ、柳達の前で答えを知るべきではないと思う。
そして、警察官達も窓から身を乗り出し、機関銃をこちらに向けて乱射してきた!
「撃てェ!!」
「啓吾さんっ!!」
「分かったよ!!」
タイヤをやられたら困ると啓吾は重力を操って銃弾を全て止めた。だが、運転しながら銃弾を止めるのはかなりの集中力を使うことになる。
このまま力を使い続ければ目の色が変わるかもな……、と啓吾が心中で舌打ちしたのを感じ取ったのか、そんな兄を見て柳は決意した。
「兄さん、まだ加速出来る?」
「出来るがどうする気だ?」
「私がパトカーを食い止める」
「姉さん!?」
「紫月、席を変わって頂戴」
中央に座っていた柳は紫月と席を変わり、窓から顔を出してパトカーとの距離をはかり始めた。
普段は穏やかでもやると決めたらそう簡単に動かないのが柳なので、姉ということもあり紫月は何も言えなかった。
そして、そんな妹の思考を読み取った啓吾は一つ溜息をついて問い掛ける。
「……確かに手っ取り早いが、お前力を使うのあまり好きじゃないだろ」
「でも役に立ちたいの! 大丈夫、ちゃんとコントロールするから」
手に火の力を溜めていく。こうなってしまったら止めることが出来ないため、ならば兄としてやってやることは一つだけ。妹のフォローだ。
そして、そのフォローにはもっとも任したくはないが、この中で一番適任な人材がそこにいた。言わずもがな、天宮家の腹黒次男坊殿である。
「柳、サンルーフを開けるが気をつけろよ。それと次男坊、柳を支えてバランスを崩させんな。あと死んでも怪我なんかさせんじゃねぇぞ」
「任せといて下さい」
少しでも彼女が後ろのパトカーとの距離を取りやすくしてやるために、啓吾は秀の嬉しそうな顔を一睨みしてサンルーフを開けた。
「きゃっ!」
サンルーフを開けて柳は顔を出すと、猛スピードで走る車にバランスを崩しそうになるが、秀が彼女の腰にぐっと腕を回して支える。
「次男坊! 後から絶対沈めてやるからな!!」
「啓吾さんこそもっと飛ばして下さい! まだ出るでしょう!?」
「分かってらぁ!!」
啓吾は最大までスピードを上げて前を行く龍達の車にピタリと並んだところで、柳の目は紅く光り炎を放った! 突如現れたのは炎の壁!
「いかん!!」
「止まれっ! 爆発するぞ!!」
パトカーは道いっぱいに広がった炎の壁に行く手を阻まれ停止するしかなくなった。そして、何の爆発音も聞こえないことに啓吾は微笑を浮かべる。
「スゲェ! 柳姉ちゃん!」
「理想的な食い止め方ですね」
「ええ、良かった」
車のスピードが徐々に緩まっていくのと同じように柳も安堵した表情を浮かべた。だが、スピードが緩まっていってるのにも関わらず眉間のシワが寄り始めるシスコンが一人。
「次男坊、いつまでその腕どけないつもりだ?」
「秀さん、もうスピードも緩んできましたから大丈夫ですよ?」
補助ありがとうございます、と礼を言えば、腰を掴んでいた左腕は肩に回され、右腕は柳の頭を優しく撫でた。
しかも先程より抱きしめられる力が優しくとも、このドキドキさせる空気は何でだと問いたくなる。
「よく頑張りましたね、柳さん。いま啓吾さんは運転中なのでこうやって抱きしめてあげられないと思いますから、僕が変わりに愛情たっぷりに抱きしめてあげますからね」
「え、ええっ〜!? 秀さん!?」
「振り落とすぞ次男坊!」
「兄さん前っ! ちゃんと運転して下さい!」
後ろの車が賑やかだねぇ、と末っ子組は楽しそうに笑い、沙南はジグザグ運転はしちゃダメよ、と言えば二人は元気の良い返事をした。
ただ、そんなことで良いのだろうかと思う気苦労人が一人……
「沙南ちゃん……」
「なに?」
「末っ子組が法律と犯罪の区別が出来なくなったらどうしようか……」
ただでさえ翔の影響で最近やんちゃになってきてるというのに、これ以上いろいろな事態に巻き込まれていけば間違った知識を身につけてしまうのではないかと龍は心配になってきた。
しかし、そんなことはないだろうと沙南は悩める保護者にあっさりと返してくれた。
「大丈夫よ。例え区別が出来なくなっても、二人は真っすぐ育ってるじゃない」
だから気にしないと沙南はクスクス笑うが、立派な保護者は心の底から末っ子組の教育に頭を抱えたくなった。
そんな事件が起こった直後、モニターで一行の監視していたセディの部下が彼女の元へ報告書を持ってやって来た。
「ミス・セディ、天宮家と篠塚家の捕獲に失敗したとの連絡が入りました」
「分かったわ。引き続き監視して頂戴」
「はっ!」
報告に来た部下は報告書をセディに差し出した後、一礼して部屋から出て行った。
そして、彼女はそれに目を通し一枚の写真に視線を落とす。その目には愛しさと嫉妬の炎が宿っている。
「……やっぱり傍にいるのね、柳泉」
写真が半分燃え散り、愛しきものの顔だけがふわりと机の上に残った。
スピード違反、ヘリ落とし、放火……、と犯罪オンパレード!
だけど飲酒運転だけはしてはいけないとそれだけは末っ子も理解している模様。
龍も保護者として大変です。
んで、今回も秀さんは柳ちゃんにベタベタとくっついてるわけですが(啓吾兄さんもシスコン全開ですが)柳ちゃんが力を発動することって結構彼女にとっては恐怖を持ってたりするわけです。(なんせ火ですからね)
だから頑張ったねぇという秀さんなりの優しさも入ってたりします。
さて、次回は別荘に到着しますよ。彼等の夏休みは一体どうなるやら……