第五十九話:夏の前奏曲
「動くな、動くと撃つぞ。どこの国でも銃を突き付ける時には同じことしか言わないのね」
「沙南ちゃん……」
つまらない、なんて感想をこの状況で思える沙南はもはや肝が据わっているなんて言葉で片付けて良いのだろうかと柳は思う。
とはいえ、そんなことを考えている柳も柳だと啓吾あたりがいればそう突っ込んでくれそうだが……
ただ、沙南が落ち着いていられる理由は目の前にある。寧ろこれ以上安心出来る特効薬など世の中に存在する訳がないと豪語出来るほど。
だからこそどんな状況に陥ろうとも沙南は信頼に満ちた表情を特効薬こと、天宮龍に向ける。それが折原沙南の凄いところだと天宮家の弟達は評しているのだけれど……
今年も性質の悪い不良に絡まれた沙南の救助という名目で、龍は軽々と不良を蹴散らしてしまったまでは良かったのだが、その隙を狙って明らかにナンパとは違う人種が沙南と柳の後頭部に銃を突き付けて来たのだった。
見るからにどこかの国の雇われ兵隊という感じではあるが……
「銃を下ろしてさっさと消えろ」
龍は命じるがどうやら日本語が通じない国からやってきたのか、彼等は全く反応してくれない。
さすがの龍も二人の人質を取られてしまうとすぐに動くことは出来ず、さて、どうしたものか、と相手出方を待つことにすると英語で天宮龍かと尋ねてきた。どうやら相手に合わせてやらなければならないらしい。
「Is it any order?(何の用だ?)」
「There is not the duty to answer.I will have you come with us.(答える義務はない。一緒に来てもらおう)」
「There is not a reason to obey declining.(断る、従う理由がない)」
「Does even this situation resist it?(この状況でもか?)」
沙南のこめかみに銃が突き付けられる。それを見て柳は力を解放しようとしたが、頭の奥でそれを止める声が聞こえてくる。
そして沙南に対して取った行動に龍は観念したのか、両手を上げて沙南と柳の元に近付いて来た。
男達はてっきり彼女達を離せ、自分が行く、と龍が言うかと思っていたがその予測は裏切られた。
「I am sorry, but will talk in Japanese if I want to talk with me? Because I do not want to talk with you in English more than this!(すまないが俺と話したければ日本語で話してもらえないか? これ以上お前達と話すつもりなどない!)」
その瞬間、男達が持っていた銃が全て手から離され、沙南達に銃を突き付けていた男達の顔面に重い拳打が減り込む。そして、沙南と柳を抱えて木の上に飛び上がった後、弟の名を叫んだ。
「翔っ!」
「オウッ! 任せとけ!」
天宮兄弟一の喧嘩好きは不敵な笑みを浮かべ、夏のプールに飛び込むかのように雇われ兵達に飛び掛かっていく!
「祭に喧嘩は付き物だってな!」
下駄を履いているにも関わらず翔の動きは軽やかだ。むしろ下駄を履いて蹴りを繰り出しているからこそ、相手に与えるダメージが増加している。
その一方で、今日は祭だからと逆に喧嘩する気がない翔以外の男達は、それは暢気な会話を繰り広げていた。
「さて、今回は外国からのお客さんですか」
「多分アメリカだな」
「そっか! 人種のサラダボールだね」
「そうそう、三男坊と違ってよく勉強してるな」
啓吾は純の頭にポンと手を置くと、雇われ兵達を殴り飛ばしながら翔は抗議した。
「啓吾さんひで〜や! 俺だって昨日から死ぬほど勉強させられてるんだぞ!」
「あくまでも受け身表現じゃねぇか。自発表現が出来るようになれよ」
浮いていた銃をコントロールし、翔の後ろから襲い掛かろうとしていた兵達二人の顔面に銃が直撃した。
鼻血を噴いて倒れる雇われ兵に、無茶苦茶痛そうだな……、と翔は同情するが、自分のやってることは棚に上げて最後の一人の頸動脈に軽く手刀を叩き込んで気絶させる。さらにおまけの一言も付けてだ。
「やっぱり人数少ないとつまらないな」
砂埃をパッと払って翔は秀達の元に歩いていき、龍も安全になったかと沙南と柳を抱えて地に飛び降りた。
「花火大会に戦車まで出動させるほど相手は馬鹿ではないんでしょう」
「でも祭に御呼びでない連中ではありそうだな」
啓吾は鼻血を噴いて倒れていた兵の襟首を掴み、相手の母国語で尋ねる。
「……Hey,who is it to have ordered you?(おい、誰に命じられた?)」
「I do not answer.(答えるものか)」
ある程度の訓練は受けているらしく兵は口の中に入った血をペッと吐き出した。
「どうしますか兄さん、手足の一、二本折って吐かせますか? それとも精神的にやりますか?」
「お前は本当に過激だよな……」
「ええ、そうですけど問題でも?」
綺麗な笑みを浮かべる秀に啓吾は一つ溜息を吐き出した。確かに問題はないが何事もやり過ぎは良くない。少なくとも純がいる前でそれはまずいだろう。
そしてそれには龍も賛成らしく、彼は無表情のまま秀を制した。
「いや、その必要はない。こいつらがろくな情報を持ってるとは思えないからな、お前の方である程度探っておいてくれ」
「分かりました」
そう話がまとまると啓吾は簡潔に結論を話した。
「Tell an employer to be it.You are lacking in study.(主に伝えろ。勉強不足だとな)」
啓吾がそう言い捨てて彼等はその場から離れた。
それから一行は人がごった返している花火会場ではなく、絶対普通の花火見物客が登らないであろう山の頂上まで数分で駆け上がった。
「あっ! お姉ちゃん達だ!」
「無事みたいですね」
「皆、おかえり。もうすぐ花火始まるわよ」
紫月の風の力で先にたどり着いていた夢華、紫月、紗枝は花火見物の準備をバッチリして待っていた。
「おっ! ビールとは気が利くな!」
「啓吾はやめといたら? いつ呼び出されるか分からないんだし」
「今日は呼び出されねぇよ。龍が病院送り患者を出してないんだからよ」
「お前な……」
龍はつっこみたいが、去年自分が沙南に絡んで来た不良達を病院送りにして花火が見れなくなったので強く出れない。
「だけど良かったじゃない、沙南ちゃんとの約束も守れて」
「本当ですね、また兄さんが病院行きになってたら今年も沙南ちゃんの行き場のない怒りに弟一同困るところでしたから」
今だからこそ言える去年の笑い話。
沙南を守るところまでは良かったものの、沙南との約束は一緒に花火を見ること。それもやっと帰国した龍が今年と同様、何度も沙南とのデートをキャンセルしたあとだ。沙南の機嫌は急降下どころではなかったのである。
「んじゃ、ちょっと面白いことやってやろうかな」
啓吾がニッと笑うと年少組達は宙を舞い、より花火に近い場所までふわふわと浮かんでいく。末っ子組はきゃっきゃと騒ぎ、翔は無重力の感覚を楽しんでる。
普段、面倒だからという理由で滅多にこんな力の使い方をしない兄に、珍しいこともあるものだと紫月は目を丸くして尋ねた。
「兄さん、こんなことに力使って良いんですか?」
「ああ、どうせならより感動する場所で見ろ。花火を見ながらビールを飲める礼だ」
「ありがとう、啓吾さん!」
「だからといって紫月に手ェ出すなよ三男坊! 出したら容赦なくそこから落とすからなっ!」
あくまでもシスコンである。しかし、末っ子組はいかにも可愛いらしいカップルという雰囲気が漂ってる気がするんだけどなぁ、と手を繋いで花火の打ち上げを待つ二人には敢えて触れないことにした。
いくら人より丈夫とはいえども、上空数百メートルのダイブで生きていられるかは怪しいところだ。
「でも、あっちは手遅れかな」
「んなっ!?」
いつの間にか柳の肩を抱いて二人の世界を作ろうとしているのか、本当に秀は抜け目がない、と啓吾にはそう見えているわけだが、その二人をぶち壊そうとするのを紗枝が止めた。
「大人しくしときなさい。あんたが騒ぐとあの全く進展しないカップルの雰囲気を壊しちゃうのよ!」
思わず目を見開いた。紗枝に促されて啓吾が視線を向けた先には、幸せそうな沙南の顔と見たこともない穏やかな表情を浮かべる龍がいた。
やっぱり次男坊の兄だけあるんだな……、と今更ながら龍がいい男だと思う。
「あれで手を繋ぐぐらい出来たら良いんだけどね」
「……なんか寂しくなって来た」
「やけ酒ならいつでも付き合ってあげるわよ?」
「……くそ〜妹達が嫁いでいく度に付き合わせてやるからな!!」
今夜はやけ酒だと啓吾はぐいっと缶ビールを流し込み、飲めるなら大歓迎だと紗枝もそれに付き合うことにした。
そして「たまや〜」と年少組達は大輪の花が咲く度に叫び、その下で大人達は夏の風物詩を心行くまで堪能する。
夏休みはまだ序章に過ぎない……
ようやく花火が打ち上がりました。次回からはどんどん中身に入っていきますよ。
にしても、今回はアメリカからのお客様なようで日本語を話せない彼等の言葉をどう表現していこうかなぁと悩み中。
まあ、医者達はアメリカ在住が長かったんである程度話してもらわないとなと頑張っていただきます。
だけど、啓吾兄さんが遊びで力を使うことなんて滅多にありません。これが彼なりの家族サービスです。
でも周りがどんどんいい雰囲気になっていくので啓吾兄さんは淋しい模様。(紗枝さんは非常にモテますからそうでもないようですが)
彼に春は訪れるのでしょうか……