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天空記  作者: 緒俐
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第五十七話:穏やかなる少女

 病院の外に出るとメールの着信音が鳴り、秀はそれを読んで微笑を浮かべた。秀をこんなに楽しそうな顔にさせる人物はきっと沙南なんだろうな、と柳は思う。


 それから秀は了解と沙南に返信して、さらに楽しそうな表情を浮かべて柳に告げた。


「柳さん、一度篠塚家に行きましょう」

「家にですか?」

「はい、沙南ちゃんが明日皆で夏祭りに行くので、女性陣の浴衣を取って来てほしいということで」

「そうですね、せっかく日本の夏なんですから着るべきですよね」

「ええ、是非着て下さい。柳さんの浴衣姿、きっと素敵なんでしょうねぇ」

「フフッ、秀さんの方が似合うと思いますよ」


 朗らかに笑う柳を見て、ふと秀は先日見た夢が脳裏に過ぎった。彼女と全く同じ顔をした南天空太子の従者、柳泉の泣き顔を……


「秀さん、どうしましたか?」


 突然黙ってしまった秀に柳は秀の顔を見上げると、秀はそっと柳の手をとって尋ねた。


「柳さん、最近嫌な事とか辛いこととかありました?」

「いえ? 特にないですけど……」

「本当ですか」

「はい」

「ならば良かった」

「えっ?」


 きょとんとした表情を浮かべる柳に秀は小さく笑い返して、少し情けないな、と思いながらも先日見た夢の内容を話し始めた。


「僕の夢の中で柳泉が泣いて、いえ、僕が泣かせてしまったんですよ。だから柳さんの事も心配になってしまいまして」


 変な話ですね、と秀は笑った。


 夢と現実を混同してしまうことなど馬鹿馬鹿しい、と天宮兄弟の中で一番そう思っているのが秀で、いくら純が北天空太子として覚醒したとしても今は今と彼は割り切っていたのだ。


 しかし、どうしても柳の泣き顔だけは離れてくれない。寧ろ彼女の泣き顔は夢と区別するな、と誰かに訴えかけられてる気さえするのだ。


 だが、そんな非現実的な話でも、柳は彼女らしい言葉を返してくれる。


「秀さんは本当に優しい人ですね」

「そうですか? 自分でも変な話をしたと思いますが」

「でも、普通夢を見て心配をしてくれる人はなかなかいないと思います。だけど秀さんは私の心配をしてくれて凄く嬉しいんです。だから秀さんはとても優しい人です」


 向けられる穏やかな表情は心から溢れているもので、それを見るたびに秀は落ち着く。


 きっと彼女といて心安らぐのは、この表情を向けてくれるからだと思う。そうでなければいくら篠塚家でも、秀はここまで柳と深く関わろうとはまず思わなかっただろうから。


 そして、人として心を開いているからこそ、秀は気になっていたことをふと尋ねた。


「……柳さん、もし僕が純君みたいに南天空太子として覚醒したら、柳さんはどうしますか?」


 起こらないとは限らない現実。それを危惧している秀の気持ちに柳は気付いた。しかし、言葉は自然と口をついて出て来た。


「夢華は従者として北天空太子を守ろうとしていましたよね、だけど私は……」


 一度言おうと思った言葉を止める。何だか愛の告白のような言葉が自然と口から出そうになったからだ。


 しかし、やはり啓吾の妹なのか、彼女の頭の回転は速かった。


「一緒に戦います。秀さんを南天空太子にしてしまうぐらい悪い人なんて、許してはおけないですよね」


 好戦的な笑顔を秀に向ければ、珍しそうな表情を向けられる。どうしたんだろう、と思えば、秀は感じたままの事を言葉にした。


「柳さん、最近沙南ちゃんと紗枝さんに影響されてきました?」

「そうですか?」

「はい。今の笑い方、悪戯っ子の沙南ちゃんにそっくりでしたよ」

「ふふっ、だったら嬉しいです。沙南ちゃんは素敵ですもの」


 その直後にふわりと優しく抱きしめられる。最初は頭が真っ白になったが、その不意打ちに気付いて柳は顔を真っ赤にして慌て始めた。


「え、えっ、えっと! 秀さん!!」

「はい、なんでしょう?」

「その……!!」


 言葉にならない質問の内容を秀は楽しそうに答える。


「そうですねぇ、やっぱり僕としては、柳さんは柳さんのままでいていただいた方が嬉しいからでしょうか」

「それと今の行動の関係って何なんですか〜!」

「僕の自己満足です。赤くなる柳さんがとても可愛らしくて好きなんですよ」

「も〜からかわないで下さい〜!!」


 真っ赤になって慌てふためく柳に満足しながら、秀は腰に両腕を回して本当に穏やかな笑みを浮かべて柳に告げた。


 それは嘘偽りのない秀の本心を……


「これで僕も安心しました。現実で柳さんが笑ってくれてると分かりましたし」

「秀さんっ!」

「さっ、帰りましょうか。それと柳さん、明日の朝は起こしに来て下さいね。やっぱり朝の目覚めは気持ち良く迎えたいですから」

「私は朝から振り回されてるんですけど〜!!」


 そんな柳の事などお構いなしに秀はぎゅっと柳の手を握りしめて歩き出した。



 その頃、とあるホテルの一室で高価な赤ワインを口にしながら、バスローブ姿の妖艶な美女が優雅な面持ちでパソコン画面の相手との会話を楽しんでいた。


「そうですか、啓星にお会いしたのですか、ミス・セディ」


 画面に映る聡明な声の持ち主の問いに、彼女は一口赤ワインを飲み、口角を上げて答えた。


「ええ、前世と同じで付け入る隙のない、とても賢い従者でした。ああ、性格に至っては全く変わらないのかもしれませんわね」


 ミス・セディと言われた美女は、今日啓吾が出会った謎の美女の名前だった。彼女は画面に映し出されている話し相手に今日一日の報告をしていたのである。


「それにしても主を守ろうとする本能は拭い切れていないようですね。従者らしいと言うべきでしょうか」

「ええ、東富士の自衛隊演習場で覚醒した少女も主を守ろうと、大君相手に北天空太子様の前に立ちましたから」

「天空族の血を利用して生き永らえていたあの不気味な老人のことですね。それはさぞ、従者として立派な働きをなさったことでしょう。まるで二百代前の時のように」


 セディは微笑を浮かべた。それを聞き、彼女の脳裏に一人の少女の姿が思い浮かぶ。遠い記憶の中に残る、あの忌まわしき少女の姿が……


「ミス・セディ、主達はあなたのビジネスの成功を祈っています」

「ええ、必ず成功させるとお伝えください。ミス……いえ、桜姫様」


 パソコンの画面に映し出されている話し相手は先日死亡した大君、高原の傍らにいた和装美女だった。




コラ秀っ! 一体どこからがあなたにとって恋愛の定義になるのですか!!

相変わらず今回も好き勝手やってくれてます。

そりゃ柳ちゃんはドキドキしっぱなしになりますよ、下手な遊び人より性質が悪い……

その性質の悪さを半分兄に分けてやりなさい!!


そして和装美女の名前は「桜姫オウキ」、啓吾と接触した美女が「ミス・セディ」と判明。

何やら企みがあるようですが、一体彼女達が何を仕掛けてくるのか、何の目的があるのか判明するのはもう少しお待ちくださいm(__)m




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