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天空記  作者: 緒俐
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第五話:絡んでいく糸

 聖蘭小学校六年生の教室。その日の朝のホームルームで転校生の紹介がなされる。


「それでは新しいお友達を紹介します」

「篠塚夢華です。よろしくお願いします!」


 元気いっぱいに夢華は挨拶した。それにクラスメートは歓迎の拍手を送り新しい友人を迎える。


 何より好感を持つのはその笑顔。ニッコリと笑った顔が天使みたいだなんて、現実では結構起こりそうで起こらないことだが、夢華はそういった魅力の持ち主らしい。


 だが、このクラスには既にもう一人存在していたのである。


「では、篠塚さんは天宮君の隣の席に座って」

「はぁい!」


 夢華は空いている席に座ると隣の天使と目が合った。自分とどこか似た同じ空気を身に纏う少年でもあるが、何より初めて出会ったというのに彼の隣がとても心地好い。それを感じたのは少年も同じようでお互いがふんわりと微笑む。


「僕、天宮純。よろしくね、夢華ちゃん!」

「うんっ! よろしくね、純君!」


 女性担任は二人の周りに眩しいオーラを見た。ある意味席を離した方がいいのかもしれないが、これはこれで目の保養になると危険な思考に走ってしまいそうだ。


 だが、彼女の目の保養は二人が卒業するまで続くことになる。



 一方、聖蘭高校でも転入生はやって来た。そして、このクラスの男性担任は淡々とした口調で話し、朝のホームルームを進めていく。


「今日から転入生がうちのクラスに入る。篠塚、自己紹介してくれ」

「篠塚紫月です。よろしくお願いします」


 クールビューティが入って来たと教室は沸き上がる。しかし、脇目も振り返らず紫月は自分の席に座った。あまり人と関わるのは面倒だと言わんばかりのオーラを放ちながら。


 しかし、それは早くも断念せざる状況に彼女は追いやられた。一時間目開始前の休憩中、隣の席に座る天宮家三男坊の翔がいかにも人懐っこい声で話しかけて来たのだ。


「なぁ、篠塚さんって兄貴とかいる?」

「いますが何か?」

「ついでにさ、高円寺町に住んでたりとかしないか?」

「うちは高円寺町ですが……」


 絡んでくる少年に紫月は少し心の距離をおきたくなった。


 けっして自分を口説いてくる類の男子ではなさそうだが、初対面でいきなり家がどこかと聞いてくる男子生徒はおそらく彼ぐらいだろう。多少警戒してもおかしくはない。


 だが、パアッと顔を明るくした少年は紫月の両手を握って喜んだ!


「謝謝! 昨日はありがとうって言っといてくれよ! バス停でお兄さんと一緒にいたお姉さんに傘貸してもらってさ!」

「ああ、そういえばそんな事言ってましたね」


 自分の感情があまり表に出ないタイプで良かったと紫月は思う。周りの視線は自分と翔の手に注がれてるので痛いが……


「じゃあさ、俺ん家も高円寺だから今日家に来いよ! お姉さんの傘渡したいからありがとうって言っといてくれよ! それと今度兄と御礼に伺いますってさ!」

「分かりました」

「やりぃ! これで兄貴達に殺されなくってすむぞ!」


 それで周りの生徒は納得した。どうやらこの腕白小僧は紫月を口説いていたのではないらしい。


 しかし、ちょっとした恋の噂となるのに時間は掛からなかったが……



 さらに聖蘭女子大学でも編入生が一人、キャンパス内で迷っていた。


「さて、ここはどこかしら……」


 柳は学内地図片手に一限目の教室を探す。大学の広さは方向感覚抜群のものでないかぎり、一日目は迷うように出来ているものだ。そして、それを手っ取り早く解決するのは人に聞くことである。


「あのすみません、A館はどちらになりますか?」


 またもや篠塚家にとっては偶然なのか必然なのか、柳が声をかけたのは折原沙南だった。


「A館ならこっちよ。あら? 次の授業同じじゃない。だったら一緒に行きましょ」

「ありがとうございます」


 柳はニッコリ笑った。そして、沙南の観察眼は学内地図に向く。六月に地図を持って歩いているということは結論は一つだけ。


「編入生?」

「はい、今日からなので迷ってしまって……」

「そっかぁ、この大学ってそれなりに校舎多いから大変だよね。私は折原沙南。医学部の一年生」

「あっ、私は篠塚柳です。同じ医学部の一年生です」

「本当! じゃあ、今日は全教科一緒ね! だったら柳ちゃんって呼んでいい?」

「はい、私も沙南ちゃんって呼んでもいいですか?」

「もちろんよ!」


 ここまで来てお互いの波長さえ合えば女子という生き物は喋るだけで友人になる。柳の兄の啓吾はそう結論付けていた。


「だけどどうして医学部に?」


 沙南の問いに柳は少し頬を朱くして答える。


「私の兄が医者だからその影響。将来兄の役に立てればと思って……」

「そっかぁ、素敵だよね。私なんて好きな人が医者だから私も一緒に働きたいって思ったからなのよ?」

「素敵だと思うわ。それだけ好きじゃないと医学部に合格なんて出来ないもの」

「本当にそう思う?」

「ええ、沙南ちゃんは素敵よ」


 柳がニッコリ笑ってくれる。その笑顔を見て、沙南は柳にギュッと抱き付く。それに柳は少し驚くが沙南は嬉しさをストレートに表した。


「もう柳ちゃん本当に大好きになっちゃった! その人の事でいっぱい話したいことがあるの!」

「ええ、聞きましょうか」


 話し上手と聞き上手、女子の友情は見事に育まれていく。



 一日はあっという間に過ぎる。下駄箱で待ち合わせていた翔と紫月は、互いに違う方向へと足を進めようとしていた。


「ちょっと待った。なんでそっちに行くんだ?」

「帰り道ですから」

「なんだ? バスなのか?」

「少し距離がありますからね」

「じゃあ、後ろに乗ってけよ! バスより早く帰れるからさ」


 翔はニカッと笑みを浮かべる。それに紫月はこの男女間という関係など取っ払って関わってくる少年に頭を抱えたくなった。


 おまけにバスより早く着くということは、彼の運転技術が間違いなく命の危機に晒されるものだとたやすく想像出来るわけで……


「遠慮しときます……」

「遠慮すんなって!」

「えっ?」


 ふわりと体が持ち上げられたかと思えば、トンと後部座席に座らされる。そして、翔は二人分の鞄を自転車のカゴにひょいと入れた。


 その一連の動作に紫月は何も言えなくなったが、一般の生徒より少し下校が遅くて良かったと思う。自分達を見る目は少ない。


「出発!」


 そんな紫月の気持ちなどお構いなしに急発進。バランスが崩れそうになって思わず翔の背に腕を回す。傍から見れば淡い恋の一ページと言えそうな光景だ。


 だが、甘酸っぱい恋なんて言葉が存在する運転手ではなかった。背に腕を回してなければ、絶対振り落とされて死んでしまうようなスピードでこの少年は走るのだ!


 普通の女子が乗っていたら間違いなく絶叫しているであろう暴走自転車は、車をあっさりと抜き去りながら一気に坂道を下っていく。


 そして、事態は最悪な場面を決定付けようとしていた。目に飛び込んできたものは多くの車が行き交う大通りと今にも変わりそうな信号の色。


「天宮君! 信号赤っ!」


 紫月は大声で静止を求めたがブレーキをかけても絶対に間に合わない。しかし次の瞬間、紫月の耳に落ち着いた声が届く。


「捕まってろよ?」


 翔がニッと笑う。風が二人を包んだ。フワリと自転車が空に浮いて大通りを飛び越える。夕焼け空が近付いてきて紫月は目を細める。


 だけど何より……、ドキドキした……



 それから数分走って天宮家に到着するなり、翔は満面の笑顔を浮かべて告げた。


「なっ? バスより早かっただろ?」

「……あなたに常識はないんですか?」

「常識?」


 どういうことだ、と言わんばかりに首を傾げる翔に紫月は深い溜息を吐き出した。常識を無視するものに常識の定義など語っても無駄である。


「……もういいです、姉の傘もらって帰ります」

「そりゃ勿体ねぇよ。今日は沙南ちゃんが早く帰って来てるはずだからおやつ食ってけよ。恩人の妹におやつ食っていってもらっても罰は当たらないしさ!」

「そこまでは結構です」

「遠慮すんなって! ただいまぁ!」


 強引に腕を引っ張られて立派な家の広い玄関に入る。するとリビングから沙南が顔を出した。


「お帰りなさい。あら? 翔君もガールフレンド連れて来たの?」

「あ〜! お姉ちゃん!」

「夢華!」


 紫月は驚く。なんせ天宮家から自分の妹が純と手を繋いで出て来たのだから。


「なんだ? 篠塚さんの妹?」

「ええ。すみません、姉の紫月です。妹がお邪魔してるみたいで……」

「いえいえ、柳ちゃんの妹さんならいつでも大歓迎よ!」


 沙南から花が飛んでいる。相当柳と気が合ったらしい。ただ、紫月にとって夢華が一日で多くの友達を作ることは予測出来ていたが、柳が初日で相手に花を飛ばさせるほど親しい友人が出来たことは珍しいと思った。


 まぁ、沙南がかなり気さくで人当たりが良さそうなため、温和な柳が好きになりそうなタイプだとは思うが。


「なんだ? 沙南ちゃんはお姉さんの友達だったの?」

「今日親友になったの! 明日は一緒に買い物に行くのよ!」

「へええ、なんか篠塚家とすごく交流してんな!」


 翔はニカッと笑う。しかし、各個人で交流するのは構わないが家族全員交流するのは面倒だから勘弁、と啓吾あたりは言いそうだ。


「さぁ、立ち話も何だしとにかく上がって頂戴。恩人の妹さんにはちゃんと礼を尽くさないと家長に怒られちゃうからね」


 そう告げる沙南からは絶対断れない雰囲気が発せられている。おまけに妹の夢華がいて翔も笑っているわけで……紫月の解答権は一つしかなくなった。


「お邪魔します……」


 その後、高校の課題で翔に泣き付かれた紫月は予想以上に長居する羽目になり、そして、自宅へ送り届けられるために再度暴走自転車に乗る羽目になるのだった……




はい、翔と紫月ちゃんが一緒に自転車に乗って帰るわけですが、背に手を回してしまうぐらいなので密着度はかなり高いです!


が、坂道をゆっくり下るような甘さなどないのが緒俐の恋愛小説ですけど…(笑)


だけど自転車が空を飛んでるのに紫月ちゃんはあんまり気にしてません。

常識の定義を講じたくなってるだけの大物です!


そして少しずつ彼等は絡んでいきます。

一体これからどうなることやら……




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