第四十六話:暴走列車は敵地へ
どんなに彼等が常人離れしていようと自衛隊演習場まで走っていくことはしない。電車に揺られながら近くまで行き、そのあと敵を叩いてやれば良いのだ。
それが分かっているのかどうなのか、翔は駅弁を数種類買い込んで只今栄養補給中である。
そんな相変わらずな食欲魔神を、紫月は呆れたと言わんばかりの目で見ながら溜息を吐き出した。
「翔君、さっき朝ご飯食べたばかりじゃないですか」
「腹が減っては戦が出来ぬ! 日本最大の自衛隊基地で暴れるんだからいつも以上に力蓄えとかないとな!」
「全く……ほどほどにしといて下さいね。胃がもたれて足手まといになっても助けたりしませんから」
「大丈夫だって! ロケット弾だろうが核ミサイルだろうが俺が弾き飛ばす!」
「わぁ〜、翔お兄ちゃんかっこいい!!」
夢華はパチパチと手を叩くが、純は本当にそんなことが出来るのかなぁ、と首を傾げた。
そう思ったのは純だけではないようで、啓吾は後ろのボックス席に座っている年少組の会話について尋ねた。
「……龍、お前ら兄弟は核ミサイルも跳ね返せるのか?」
「信じるな! 避けることは出来ても跳ね返す自信はない!」
「そうですよ、ミサイルは全て啓吾さんが担当して下さい」
「全部止めるのは疲れるから無理だ、次男坊」
寧ろお前が囮になれ、と言えば僕は繊細なんですよ、と返される。
「やめろ、いくら相手が俺達が常人じゃないと知っていてもいきなりミサイルなんか撃ち込まれてたまるか。それにお前達は戦争することばかりに気を取られるんじゃない」
「すみません、兄さんがいてくれるとつい自由に行動出来ると浮かれてしまって」
「確かにな、寧ろ何でも撃ち込んで来いって気になる」
「頼むから苦労ばかり背負わせないでくれ……」
心の底から龍は告げ柳はくすくす笑う。本当に天宮家の家長は苦労性だ。
「ですが兄さん、話し合って僕達を諦めてくれるはずはないでしょう? 何か他に解決策はあるのですか?」
「……正直思い付かないな。だが、天空記を手に入れておこうとは考えてる」
「天空記をですか?」
啓吾と柳はピクリと反応した。
「ああ、高原老がそこまで俺達に執着する訳は全てその書が事の発端なんだ。
それに昨日の会話から考えて、天空記とは天宮家代々に伝わってたものではないかと考えてね」
「家伝書か……、確かにそれならまだ納得出来るな。天宮家の肉体が超人的なものという事実は変わらないんだし」
「ああ、天界最古の歴史書とも言っていたが、ただ単に俺達の先祖が思想家や預言者の類で面白おかしく書いた可能性もある。
全てはその書を実際に読んでみない事には結論付けられん」
龍はインスタントコーヒーを全て飲み干し、窓際の銀色の手摺りの上に置いた。
天界の歴史書だのお伽話だのと考えるより、まだ天宮家のルーツを探る家伝書とでも考えた方がよっぽど混乱せずにすんだ。
しかし、篠塚家の面々に関わりそうな事が記されているとつっこまれてしまえば、今は余計な混乱を生んでしまうので、全ては天空記を読んでからと結論付ける。
年長組がそんな真剣な話をしている中、駅弁三つを平らげた翔はこちそうさま、と手を合わせて満足気な笑みを浮かべた。
「はあ〜、食った食った!」
「朝食をあれだけ摂取して駅弁三つなんて……」
「だけど翔お兄ちゃん、全然太らないよね?」
沙南や紗枝は女の子の敵よね、とよく言っている。清々しいほど翔はよく食べているのだが、夢華のいうとおりまず太らないのである。
「そりゃ天宮家の血を継いでるんだ。常にかっこよくないとな!」
「翔君は三枚目でしょう、天宮家の血を継いでいるにも関わらず」
「秀兄貴だって天宮家の血を継いでる割になんでそんなに性悪なんだよ!」
「確かに、龍とはえらい違いだよな」
「兄さん!」
次男坊VS三男坊の不毛な争いに末っ子組は楽しそうに笑い、紫月は呆れ、柳は啓吾の無礼を秀に詫び、龍はなんて緊張感のない……、と深い深い溜息をついた。
その時だ、突如電車が恐ろしいスピードで走り出す!
「なんだ!?」
肘掛けに足を上げていた翔はバランスを崩しかけたが、紫月が腕を掴んで転ぶのを防いだ。
「ただのエンジントラブルだといいですけどね」
「全くだ。だが、この電車に乗ってるのは俺達と人海戦術が大好きな大君の犬達みたいだな」
周りの乗客達が次々と立ち上がり、前後の車両からも銃を持った大君の犬達がウヨウヨ出て来た。
それを見て待ち侘びていたと言わんばかりに翔の目は輝く。
「なっ、栄養補給しといて正解だろ?」
「でしたら今朝の朝食分は消費してくださいね」
翔と紫月は立ち上がる。こういうときは自分達が先陣を切るべきだと本能が告げるのだ。
「柳、お前は戦うなよ?」
「分かったわ」
柳の力は火だ。電車の中の戦いには適していない。しかし、こういったときに動きそうな次男坊は珍しく立ち上がらなかった。
「次男坊、お前は働かないのか?」
「大丈夫ですよ。これくらいの人数なら翔君一人でも片付けられますから」
「そうだな。啓吾、お前もゆっくりしてろ。こいつらはただの準備体操要員だ。さっき電車が本来行くはずのコースから外れた。多分、俺達はとんでもない終着駅に降りることになるぞ」
それに全員で暴れるのは手狭だろう、と付け加える。
「任せとけって啓吾さん! あっ、だけど銃弾が宙に浮いてるのはみたいな」
「悪いが今回はよけてくれ。一車両全て重力で操るのは疲れるからな」
「そりゃ残念!」
それだけ言い残して、翔は瞬時にその場所から消えた。犬達はいきなりいなくなった少年に驚き声を上げる。
「消えた!!」
「どこに行った!!」
「おっさん達の懐だよ、よっと!」
「うわっ!!!」
翔の一蹴りで犬達は一気に隣の車両まで吹き飛んだ。そして、車両の結合部分を破壊し、犬達の乗った車両は置き去りにされる。
「じゃあね〜、おじさん達!」
発砲音と電車の走行音で聞こえないが、ギャーギャーと何やらお決まりの文句を連発して騒いでいそうな犬達に翔は楽しそうに手を振った。
そして視線を自分達のいた車両に戻すと、軽やかに紫月が舞い上がっているのが見える。かなりの人数が彼女の風の力に倒されているようだ。
「紫月ちゃんやりますね」
「空手に風の力を乗せてるからな、一対多数には向いてんだ、元々」
注目は自分より紫月にいっているようだ。まぁ、風を自在に操る彼女の戦い方はとても綺麗なのだから仕方はないが。
「さて、俺ももう一働きっと!」
動こうとして秀の手に体は捕らえられた。
「もう大人しくしておきなさい。そろそろタイムリミットです」
「紫月、こっちに来い」
「はい」
啓吾に促され、紫月は犬達から距離を取り彼の元へ向かう。
「さて、この電車は自衛隊演習場のど真ん中に行きそうなので僕達はそろそろ下車させていただきます。
あなた達も下りた方がいいかもしれませんよ? 着いた途端ミサイルの餌食かもしれませんし」
優美な笑みを浮かべ、秀は入口を蹴り飛ばして破壊した。
「柳さん、エスコート致します」
「はい、ありがとうございます……」
柳は少し照れながらも、秀から差し出された手を掴んで二人は飛び降りた。それをおもしろくなさそうに啓吾が見ていると、紫月は妹離れしなさいと小突く。
「翔、純を連れてさっさと下りろ」
「分かった。行くぞ、純!」
「うん!」
龍に命じられ二人は楽しそうに飛び降りる。
「龍お兄ちゃん、よろしくお願いします!」
「うん、しっかり掴まっててよ」
夢華を抱っこして龍は飛び降り、最後に啓吾と紫月は地上へふんわりと舞い降りた。
そして、暴走電車から命惜しさに次々と犬達が飛び降り終着駅に着いた電車はミサイルではなく、地雷を踏んで大破したのだった。
「おや、あそこに見えるミサイル発射台は見せ掛けだったんですかね?」
「でも、電車が大破してしまいましたから脱出したのは正解だと思います」
「さすが柳さん、僕の推理が外れても責めないんですから」
「だって、秀さんの直感が皆の危機を救ったのですから」
ふんわり笑う柳に穏やかな笑みを返すが、すぐ近くで起こった爆発に二人は走り出す!
ここは戦場だった……
今回は電車で敵地へ向かう途中にバトルということで書きました。
相変わらず翔は使われるだけ使われて三枚目扱いになってますが(笑)
そんな彼は自衛隊基地で大活躍させてあげたいなあと、またそれなりの評価をしてあげたいなあと思っています。
次回はいよいよ……というところまで書きたいなぁ。(無計画者め!!)