第四十二話:高原の望み
龍は過去、祖父に言われたことを思い出していた。天宮家が一般人より優れてる点は身体能力だけではなくその血もなのだと。
実際、龍も医者になってから理解したことだが、自分達の血液を一般人に投与すればかなりの危険を伴うということだ。
実際に投与したことはないが、彼の仮定では人としての常識を越える力を手に入れられるというもの。つまり、自分達と同じような力を得る可能性があると考えている。
もちろん、力を得るということはそれなりのリスクを負うわけで、投与したあとに襲い掛かる副作用はおそらく命を落とす危険性が極めて高い……
「どうする、天宮龍。お主一人の犠牲もあればわしは弟達に手を出さないと誓っても良いがの」
「馬鹿馬鹿しい……、俺達を喰らえば本気で不老不死が手に入ると思ってるのか?」
「なれるとも! まさに天空族の長であるお主の血肉はその可能性が高い!」
「証拠がない。だいたいあんたはどう見ても祖父と変わらない年代だ」
何より不老不死などという、それこそお伽話のようなものを龍は信じるつもりはなかった。しかし、高原は微笑を浮かべて答える。
「生き証人はここに……、わしが生まれたのは江戸時代、徳川家光が将軍の座に就いた時からじゃ」
「何だと……!?」
「じゃがそれは事実。天宮はいつから続いておったのかは不明じゃが、代々医者として続く家系であり常にその血を絶やさず生きてきておる。そしてその力もずっと変わらずにの」
確かにそうだと龍は思う。祖父は寿命で死んだが自分達ほどでなくとも強靭ではあった。父も幼き頃の記憶を辿ればおそらく強い方ではあったのだろう。
そして、さらに話は続けられた。
「わしは二十歳の時、天宮家の女を嫁にしていたことがあっての、ちょうど流行り病にかかったがその女の血を飲むことで生き長らえた。
天空記の存在を知ったのもその時じゃ。天宮の一族は人を生かす血肉を持っているのだと身をもって知った」
まるで過去を思い出すかのように、どこか遠い目をして高原はトクトクと盃に酒を注いだ。
「そしてわしは若返りながらいくつもの時代の変わり目を見て来た。常に天宮から離れる事なくその血肉を得ながらの」
「…先祖にそのような仕打ちをしながら生き永らえて来たというのか」
「そうじゃ。ただ感謝してほしいものじゃ。確かに天宮の血肉を得ながら生きては来たがお主達が生まれる時を阻害してはおらぬ。
わしは天宮を継いでいく者に手は出さず、その血が濃いものだけを喰ろうたんじゃからの」
「祖父は兄弟がいなかったために手を出さなかったと?」
「そうじゃ、だがそれだけではない。聖を喰らう必要などなかったからじゃよ。聖が生まれる前に聖の父親の弟を喰ろうたからの、若返る必要などなく何も知らぬ聖とは一友人として時を過ごした。
なによりあれほどの知識人をなくすことも惜しかったからの」
それは本心から出ている言葉だと龍は悟った。そうでなければわさわざ葬儀になど来なかっただろう。
「しかし、お主達が生まれ四天空王を再び現代に降臨させて役目を終えたお主達の父親を喰らおうとしたが残念じゃった。
まさかたかが事故で死んでしまうほど脆くなっていたとは……おかげでわしの体は歳を重ねるしかなくなった」
「だったら何故すぐ俺達に手を出してこなかった? 老いることを潔しとしないあんたが何故今まで俺達を放置していたんだ?」
祖父がいたからという理由ではまずないだろう。それに自分は単身アメリカにいたのだ、自分の手元に置くチャンスなどいくらでもあったはずだ。
「東天空太子にわしは用があったわけではない。天空王となるお主の血肉が欲しかったのでの。
だがらわしは今まで待ったのだ、天空記と重なる事象が次々と起こっていくたびにより四天空王へと覚醒していく主らを!」
それは狂喜という名の表情。普通の人間ならしばらく動けなくなるほどの不気味さが高原を包んでいた。
そして龍はその不気味さを肌に感じながらもまっすぐ高原を見据えた。
「仮に俺が天空王だとしても身にあまる力を求めたものの末路は悲惨なものだぞ」
「じゃがわしは今この位置におる」
突如周りの障子や襖が乱暴に開けられ、龍は黒スーツを来た男達に四方八方から銃口を向けられた。
「何の真似だ」
動じることなく静かに龍は尋ねると高原は立ち上がり廊下へと歩みを進める。その横に先程の和装美女がすぐに立った。
「今宵はお開きとしよう天空王。先程も述べたが覚醒しておらぬお主をまだ喰らうつもりはない」
「俺がこのままあんたを野放しにしておくと思うのか?」
「沙南姫の命は惜しいのじゃろう?」
動き出そうとした足を止められる。沙南の身がまだ自分の手元にない以上安全とは言い切れない。
しかし、その鋭い視線は高原を捕らえており、それが心地良いとさえ感じていた高原はニヤリと笑みを浮かべて告げた。
「そう心配せずとも沙南姫は桜の間におる。郷田は南天空太子と西天空太子が叩いたからの、沙南姫はお主の好きにするが良い」
「高原!!」
「撃てぇ!!!」
無数の銃弾が龍を撃つ! いくら銃が効かないといっても視界すら奪われるほどの銃弾の雨に龍は動くことが出来なくなった。
「また会おう、天空王」
それだけ告げて高原は避暑地を後にした。
「いたっ!」
「大丈夫ですか、柳さん」
洗いものの最中、突如コーヒーカップが割れ柳は指を切った。人差し指からは赤い血が流れて来る。
「大丈夫です。すみません、カップを割ってしまって」
「いえ、大怪我しなくて良かったですね」
そういって秀は綺麗な笑みを浮かべて柳の手を取ると、血が流れている彼女の人差し指を口に含んだ。
「秀さんっ!」
突然の行為に柳は真っ赤になって叫んだ。寧ろ叫ぶことしか出来ず、彼女はその指を秀の口から離すという動作を思い付きもしなかった。
そんなドS全開の秀を見て、啓吾が入浴中で良かったなぁ、とリビングにいたものは心からそう思った。見られた瞬間にこの家は崩壊する。
しかし、さすがに医者がいる場所でそんな甘いシーンが続くわけはない。
「柳ちゃん、一応診てあげるからいらっしゃい。まぁ、秀ちゃんがそんな悪ふざけしてるかぎり問題ないのでしょうけど」
「紗枝さん、せめて消毒してるとぐらい言ってほしいですね」
「秀さんっ! からかわないで下さい!」
時刻は深夜零時になっていた。
はい、とりあえず高原こと大君との対面は終了です。
天空記の内容自体はまだちょこちょことしか出て来ていませんが、龍達の前世が天空族の王、または太子だったということが理解していただければなと思います。(天空記は歴史書でもありますから呼び方は様々だと思っていただければいいんですが)
それにしても秀!
兄が銃弾の雨に遭っているときあなたはラブコメなんですか!?
それでいいのか次男坊!!