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天空記  作者: 緒俐
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第三十七話:平穏が崩れる日

 龍の部屋は一階にあった。書斎と繋がってる部屋でかつては祖父が使っていた場所だが、家長になったら堂々とそこを使えと祖父から言われていたとおり、現在は龍の部屋になっている。


 祖父がかなりの読書家だった性か、書斎には医学書以外にも千冊以上の本がぎっしりと本棚に収められている。啓吾が入れば喜んで数日間は出てこないだろう、価値ある本もこの書斎には置かれていた。


 そして、祖父の趣味をそのまま受け継いでいる龍も本は活字中毒者といわれるほど好きなのだが、睡眠欲が勝る日もあるようだ。この一週間ろくに眠っていなかったため、夜勤が終わって家に戻り、ベッドに沈み込んだあとは一度も起きることなく夕方まで爆睡していたのだった。


「んっ…、もう夕方か……」


 傍に置かれた青い目覚まし時計を見て龍は呟いた。まだ少々眼は重いが夜からは酒宴だ。きっと大学から帰って準備してくれているだろう、主の手伝いはしなければと思い、龍はベットから起き上がると服を着替え始めた。


 そして着替え終わったあと、廊下を玄関方面に進みリビングを開ければ、沙南が手際よく酒宴の準備をしてくれている。テーブルの上には夕刊、実に自分の行動のツボを押さえてくれてるな、と毎度のことながら感心してしまう。


「龍さん、おはよう」

「おはよう、久しぶりによく寝たよ」

「お疲れ様」


 ニッコリ笑い返してくれるこの笑顔が好きだと思う。彼女のこうした笑顔を見ると、ようやく平穏が訪れたなと龍は感じるのだ。


 そして、いつもならすぐに夕刊へと興味を示すが沙南一人に全て準備させるわけにはいかない。龍は手伝いを申し出ることにした。


「何か手伝おうか?」

「そうね、それじゃあ地下室からワイン持ってきてもらおうかな。啓吾さんが年代物飲みたいってメールくれたし」

「いつの間にメアド交換してたんだ!?」

「この前の酒宴」


 龍がトイレに立ったとき、多分必要になるからと交換していたらしい。龍さんが悪事を働いたらすぐにばれちゃうわね、と沙南は笑った。


「とりあえずお願いね。私は牛乳切れちゃったからちょっとそこまで買いに行ってくるから」

「それこそ俺が行ってくるけど」

「ついでの買い物もあるの! 龍さんは大人しく家にいて頂戴」


 それなら仕方ないな、と龍は了承した。そして沙南はエプロンをはずし、じゃあ行ってくるから、と留守を頼んで出掛けていった。



 夏の夕方の風は気持ちいい。一般家庭の主婦なら、夏場の買い物は暑くて堪らないと愚痴をこぼしながら夕方前には済ませてしまいそうだが、沙南は大学がある性か学校帰りか休日に済ませるかのどちらかになる。

 だからこそ、彼女は夏の夕方の涼風が吹き抜ける日の買い物が年間を通して好きな部類に入っていた。もちろん、一番は龍との買い物デートになるわけだが。


 近道ということで公園を突っ切って少し歩けばすぐにスーパー。天宮家から歩いて十分もかからない昔からの行きつけである。明日の朝食、いや、正確には昼食の献立はどうしようかな、と欠食児童達のことを思い浮かべながら沙南は歩いていた。


 それが油断だった。いきなり背後から口許をハンカチで押さえ付けられる!


「うっ……!?」


 薬……、と思ったのが最後、彼女は崩れ落ち意識を失った。それからすぐに車が一台、公園前に停車すると助手席から郷田が慌てて飛び出してきた!


「寛之、早くしろっ!」

「ああ、分かってるよ」


 寛之は沙南を抱え、後部座席に彼女を寝かせると車は発進した。



「ただいまぁ!」

「邪魔するぞ!」

「お邪魔しま〜す!」


 純、啓吾、夢華の三人が玄関で声をあげた。ワインを数本和室のテーブルに置き、リビングの扉を開けて龍は三人を出迎える。


「おかえり、純。それにいらっしゃい、啓吾、夢華ちゃん」

「すまないが龍、篠塚家一同今日も泊めてもらうぞ」

「ああ、柳ちゃんと紫月ちゃんは?」

「柳はまだ大学。紫月と三男坊はさっき紗枝に拉致られて酒の買い出しに付き合わされてる」

「翔までとなると……」

「ああ、今日は絶対俺達潰されるぞ……」


 二人はぞっとした。龍と同じように怪力を持つ翔が借り出されたということは、ビール一ケースしか買わないということはまずない。


 さらに紫月まで付き合わせてるのは、良い酒を選ぶ目を今のうちに養わせてしまおうという考えだろう。酒に合わせたツマミを作って貰いたい願望も丸見えである。


「お兄ちゃん達大丈夫?」


 玄関で少々青くなっている二人を心配そうに夢華は見上げていると、秀が玄関の扉を開いた。その瞬間、啓吾に生気どころか殺気が宿る。


「ただいま。おや、啓吾さんいらっしゃい!」

「お邪魔します!」


 パチパチと火花が散る。それで生気を取り戻した龍は、末っ子組の教育に影響が出てはいけないな、と部屋に荷物を置いて来るように促すと二人は楽しそうに階段を上がっていった。


「そんなに怒ってどうしたんですか、啓吾さん?」

「お前は怪我人を病院内で出すな! お陰で病院のベットが骨折患者で埋まっちまっただろうが!」

「すみません、柳さんを守ろうとした代償なんで」

「だったら内臓破裂ぐらいさせとけボケッ!」

「啓吾……、言ってることが無茶苦茶だぞ……」


 シスコンは医者としての大義名分すら放棄させようとする毒薬だ。普通医者が内蔵破裂までさせろなどというか、とつっこんでやりたいが……


「それともう一度釘は刺しておくが柳達の力は一切の口外はするな。特異なものとしか見ない連中の方がこの世には多過ぎるからな」

「もちろんです。柳さんが悲しむところなんて見たくないですし、何より可愛いらしく振る舞ってくれたほうが楽しいですし」


 ニッコリ笑って告げる秀に啓吾はさらに青筋を立てた。


「テメェ、俺がいない間に柳にちょっかい出したりしてないよな?」

「まさか、ただ照れた顔とか非常に僕好みの反応を見せてくれるのが楽しくてしょうがないんですよ」

「テメェ……!!」

「ほら啓吾、荷物は俺の部屋に置いてこい。秀もあまり啓吾を刺激するな」

「はい、兄さん」


 それから約二十分後、紗枝に拉致された高校生組と一緒に柳も帰って来た。どうやら途中で拾われて来たらしい。


「たっだいまぁ!」

「お邪魔します」

「お邪魔するわね、龍ちゃん」


 リビングの扉が開かれるなり、やっぱり買い込んで来たか、と医者二人は酒の量を見て脱力した。荷物持ちになっている翔はこんなに飲めるのかと疑っているようだ。


「二人とも今日は潰してあげるから覚悟しなさい。柳ちゃんや沙南ちゃんにもウォッカぐらい飲ませたらおもしろいかなぁ?」

「いえ、さすがにそれは……」

「おいそこの医者! 未成年にんなもん飲ますな!」

「大丈夫よ。柳ちゃんはともかく、沙南ちゃんはイケる口だから」


 紗枝はニッコリ笑い、酒の数々を和室に運び込んだ。


「ところで紗枝ちゃん、スーパーに寄って来たなら沙南ちゃんに会わなかった?」

「会ってないわよ? 出会ったら乗せて帰って来てるし」

「ドラッグストアまで足を伸ばしたのかな……」


 それにしては遅いなぁ、と時計をチラリと見たあと龍は迎えに行こうと立ち上がる。夏とはいえ沙南を一人で歩かせるのは少々心配だった。


「何だ、迎えに行くのか?」

「ああ、牛乳を買いに行っただけにしては遅いからな」

「ふ〜ん、沙南お嬢さんのことだから普通に買い物してても言い寄って来る男はいそうだよなぁ」

「おいおい……」


 それだけは勘弁だと言わんばかりに龍はリビングから出ていった。顔は見えなかったもののちょっとした動揺から、やっぱり沙南お嬢さん一筋なんだなぁ、と啓吾は苦笑する。


「さすが純粋だよな。今日は龍をターゲットにしようぜ」

「そうね。秀ちゃん、頼んでおいた婚姻届け用意してくれた?」

「ええ、数枚用意してきましたよ。失敗した時もこれで安心です」


 翔と紫月は「そこまでするか!?」とつっこみたくなったが、暴走する年長者達を止められるはずはずがない。


 だが、その話題の人物はすぐに段ボール一つ抱えて戻って来た。


「あれ? こんな時間に宅急便か?」

「いや、宅配ボックスにあったから今から沙南ちゃんを迎えに行ってくる」


 あまり悪巧みを考えるなよ、と言い残して龍が出ていこうとしたとき、突如段ボールの中から着メロが鳴り出した。


「おい、これって……」

「沙南ちゃんと同じ……」


 平穏な日が崩れようとしていた……




はい、ついに郷田親子は強行策に出てしまいました。

沙南ちゃんが人質になってしまいます。

なので次回からは龍と沙南ちゃんの恋愛物になるかなあと考えてもいますが、一応R15指定の小説も書きたいともって書き始めた小説なのでちょっとぐらい大人な表現も入れていく予定です。(18禁はやんないですからね、緒俐は書くつもりがないので)


いろんな意味で龍は無事に平穏を取り戻せるのか、次回からの活躍をお楽しみに(笑)




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