第三十四話:呼び出された二人
三日間、啓吾の心は晴れなかった。いや、天宮家に泊まり込んでいる妹達の身の安全(特に柳の)があまりにも心配で仕方がない。
もちろん、定期報告的に毎日電話しているが決まって大丈夫とか楽しいとか言われるだけだ。しかも三日間でどこか妹達は明るくなった気がしていた。まさか……、という予感がしてならない。
そんな悩めるシスコンに紗枝は半分呆れた顔をして告げた。
「啓吾先生、最近眉間にシワ寄ってない?」
龍先生じゃないんだから、と続ければ啓吾はさらに眉間にシワを寄せる。
「可愛い妹達が俺がいない間に次男坊の毒牙にかかってると思うと、やけに腹が立ってきてな」
「おいおい、秀はそこまで節操無しってわけじゃないぞ?」
「そうね、どこかの誰かさんと違って遊びで柳ちゃんに手を出したりしないでしょ」
「お前ら、最近俺に対する認識がかなりひどくなってないか?」
二人は声を立てて笑った。秘密を共有した三人の仲は非常に良好、互いの警戒心が薄れた性か啓吾が少し丸くなった気がする。
その一例として、啓吾がシスコンぶりを隠さなくなったことだったりするのだが。
「だけど何事もなく過ごしてるみたいで良かったじゃないか」
「そうそう。少しは妹離れのきっかけとプラス方向に考えたら?」
「そりゃ無理だな。俺の人生は今まであいつら中心で回ってたんだからよ」
そんな賑やかな会話が繰り広げられている中、外科部長が三人の元にやって来た。
「天宮先生、篠塚先生、あと菅原先生もシフトの変更だ」
この医局は外科・小児科となっているためシフト表は一枚の紙に二科分が書かれている。もちろん、その二科で休みを交換することも患者に迷惑が掛からないことを前提に許可されているため、龍も何とか休日は手に入れているらしい。
それから外科部長は新しいシフト表を三人に配ると、まるで奇跡を見たかのようにそれぞれが反応した。
「えっ? 俺達明日から揃って三連休なんですか?」
「本当だ、今日さえ終われば月曜は夜勤からだし」
「外科部長、どうやったらこんな奇跡が起こったんですか?」
さすが連日徹夜組の反応である。基本、医者という職業上、急患などの致し方ない状況で休みが返上ということはよくあるが、今回ばかりはちゃんと彼等が休める理由は存在した。
「ああ、医院長の知り合いの医者達が臨時で入るらしいな。だが、君達の休日の消化の悪さが労働局に指摘されたという噂が一番の理由だろうが」
「確かに、俺はともかく龍はずっとこんなのだろ?」
「ああ、公休も消化してないぐらいだしな。啓吾先生もここに来てちゃんとした休みを全て医院長の権力で消されてたから、さすがに指摘されたのかもな」
「そういうことだ、今のうちにしっかり休んでおけ。ただし、二日酔いは残して出勤するなよ」
ニヤリと笑って外科部長は会議へ出掛けて行った。どうやら三人の行動などお見通しといったところらしい。
龍の祖父の教え子でもある外科部長はその技術だけではなく、ちょっとしたくせ者という魅力的な人柄であることに龍は尊敬を覚えている。
もちろん、紗枝や啓吾も彼を慕っていることは言うまでもない。ただ、波長の合い具合というのがあれば龍より二人の方が性格上近いのかもしれないが……
しかし、このシフトは徹夜続きの彼等にとって有り難いものでもあるが明らかに不審だった。啓吾は机の上にシフト表を置いてニッと口角を吊り上げた。
「さて、俺達三人が同時に休みにされる理由って何があると思う?」
「さぁな、だけど有り難く頂くさ」
「そうね、さらに三連休なら外科部長が言ってたとおり」
「飲みだ」
「飲むか」
「飲みましょう」
意見はまとまった。誰かの罠だろうが何だろうがストレス発散は必要である。その点に関しては寧ろ有り難いぐらいだ。
しかし、早速不審な休み前の前奏曲は鳴り響く。龍は来たかと受話器を取った。
「はい、天宮です」
『天宮先生、篠塚先生、至急応接室までお越し下さい』
龍は眉間にシワを寄せる。二人揃っての呼び出しなど普通ない。特に応接室など二人にとっては無縁でしかなかった。
「どちらが来客されてるのですか?」
『厚生労働省の郷田議員が直接お二人にお会いしたいと』
「分かりました、すぐに伺います」
龍は受話器を置いて立ち上がった。ただし、その表情は全く笑っておらず、寧ろ面倒だといわんばかりに疲れすら浮かんでいるほどだ。それでも行かないわけにはいかない。
「啓吾先生、郷田議員から呼び出しだ」
「早速かよ……」
一つ溜息を吐き出して啓吾も立ち上がる。よりによってオペのない日を選んでやってくるとは、出来るだけ彼等を繋ぎ止めておきたいのだろう。
「でもいいじゃない。一応、今回いろいろ仕掛けて来た奴なら謝ってもらえば?」
紗枝はニッと笑った。やられっぱなしなんて二人の性に合わないでしょ、と告げられてるみたいだ。
「確かにな。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「やり過ぎないでね」
ひらひらと紗枝は手を振って二人を送り出すのだった。
そして、応接室に向かう道中、やっぱり出て来た人物に足を止められる。そう、郷田を慕う折原誠一郎医院長である。かなり慌てた様子を見る限り、どうやら突然の来訪というところなのだろう。
誠一郎はひしっと龍の白衣を両手で握り締めるなり、それは必死な形相で声を張り上げた。
「龍っ! お前は絶対余計なことを言って郷田先生を怒らせるんじゃないぞ! 篠塚先生も全て先生の言うことを肯定しろ!」
二人は心底うんざりした。何がここまで郷田を慕う気持ちにさせるのか、もはや理解出来る範疇を超えている、というより理解する姿勢すら拒絶したくなる。
おまけにまだ沙南の婚約は解消されてないと言ってのける誠一郎の口を、啓吾は自分の力を使って本気で塞いでやりたい衝動にかられた。
しかし、そんな啓吾の様子に気付いたのか、龍は面倒だとは思いながらもサラリと受け流すことにした。
「分かりました、最低限の努力はします。いくぞ、啓吾先生」
「ああ」
二人は誠一郎の左右を横切って歩き出す。まだいろいろ叫んではいるが付き合うだけ無駄なので、とりあえずこの場から逃げることにした。
それから誠一郎の声が遠ざかった後、うんざりした表情を隠すことなく啓吾は龍に尋ねる。
「龍、お前一度も医院長の口を塞いでやろうとか思ったことないのか?」
なかったら本気で尊敬するな、と啓吾は続けるが龍はポロッと本音を零した。
「殺害する以外でも一発で塞ぐ方法はあるにはあるがな……」
たったそれだけで恋愛初心者マークの龍は朱くなる。その意味を啓吾はすぐに理解し声を上げて笑った!
「ハッハッハッハ……!! なんだ、お前も沙南お嬢さんのこと考えてるんじゃないか!」
「こればかりは奥の手。何より沙南ちゃんにだって恋愛の自由はあるんだから無理強いは出来ん」
「……おい、お前本気で言ってるのか?」
「本気も何も沙南ちゃんがうちに嫁に来る保証はないだろう?」
啓吾は硬直した。あそこまで新妻のように接している彼女に、まだこの医者は恋愛の自由だ嫁に来る保証だのと言っている。次男坊あたりはずっと、早く沙南を嫁にしろと言い続けていたのではなかったのかと眩暈すら覚えた。
しかし、この初過ぎる青年に過激発言は通用しないと人生経験上悟っているのか、啓吾は恋愛のいろはレベルのアドバイスを送った。
「龍、もう少し恋愛について考えた方がいいと思うぞ? むしろお前は沙南お嬢さんじゃないとダメだ」
両肩に啓吾はポンと手を置いた。同時に沙南の前途多難な恋を応援してやろうと、心から決意した瞬間だった。
さて、今回は篠塚家の面々が泊まりに来てちょうど三日という設定ですが、いきなり徹夜続きの医者三人に三連休とおいしい話がやってきました!
当然、ストレスが溜まってるので彼等は酒宴です!
そして、今まで龍達との直接の接触をしなかった郷田が、いきなり龍達に会いに来たことに疑問を持ちつつ応接室に向かいますが、やっぱり医院長が出た……
彼は今回席を外すように言われたようで……
だけど龍、ただ沙南ちゃんに手を出していないんじゃなくて鈍感でもあったんだ……