第三十三話:女の友情
末っ子組は夜更かしが出来ない体質なので十時には健康的な寝息を立てている。
高校生二人は明日からテストなので最後の追い込みというところ。
沙南は夕食の片付けを終わらせて只今ゆっくり入浴中だ。
そして、柳は妹達が泊まる部屋の隣、紗枝がいつも使っている客室を宛がわれていた。紗枝の服が数着掛けられているあたり、いかに彼女と天宮家が親密なのかが分かる。
先に入浴を終わらせた柳が丁度ドライヤーで髪を乾かし終えたその時、コンコンと扉がノックされた。
「柳さん、よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
啓吾がいたら間違いなく夜ばいだと言っていそうだが、相変わらず柳にはそんな危機感はなかった。
それから扉を開けて秀は寝間着姿で入ってくる。少し濡れた髪がやけに色っぽくて、改めて秀が美青年だということを柳は認識する。
ただ、失礼にならないようにと、頬を朱く染めないように気を付けようとは思うが。
「お邪魔します」
「はい」
部屋に入り秀は腰を下ろす。しかし、啓吾が危惧しそうな雰囲気は二人の間には流れていなかった。いや、別の意味で流れてるのかもしれないが……
「…どうも不思議な感じですね、柳さんがうちに泊まってるなんて」
「ふふっ、私もです」
「ああ、だけどこれから篠塚家がうちに泊まる機会は増えるかな」
「そうですね、夢華はすっかり純君と仲良しですし、紫月も翔君と良いコンビになりそうですしね」
たわいのない会話、それを交わせることが柳は嬉しかった。自分の力を知って変わりなく接してくれたものは、今は亡き両親と育ての親であるシュバルツ博士だけだったから……
「きっと柳さんも泊まりに来ることが多くなりますよ。沙南ちゃんの親友なんですから」
「……そう、だと嬉しいです」
歯切れの悪い返事が物語っていることは一つ。秀は自分の予想したとおりだと思いながら柳に尋ねた。
「柳さん、柳さんの力の事なんですけど沙南ちゃんに話しました?」
「いいえ…その、恐くて……」
柳は俯く。沙南に夢華の力がばれてしまったことは紫月に聞いているが、かといって自分の力の事を話すべきか迷っていたのである。
話さずとも天宮家の一員ならいずれ自分の力を知りうる可能性は高い。だが、彼女にとって自分の力を他人に話すことはひどく勇気のいることだった。
啓吾の言っていたことはこういうことだったのか……、と秀は改めて納得した。彼女の心は優しくとも脆いのだ……
そう感じたと同時に秀は心のままそっと柳の頬に触れた。それに彼女はビクッと身体を固くし、ギュッと目を閉じて肩を竦める。それが彼女の心を表していた。自分の心に触れられるのがとても恐いのだ。
だが、彼女の心を解きほぐすかのように秀は柔らかく笑う。
「沙南ちゃんはきっと、すぐに受け入れてくれますよ」
「えっ?」
柳は驚いた。秀は自分の恐怖を見抜いていたのだろう、紡ぐ言葉が温かく感じる。
「柳さん、僕達兄弟も今日お見せしたように人間離れした力を持っています。ですが、沙南ちゃんは何て言ったと思います?」
「えっ?」
柳は予測が付かないといった表情を浮かべて少し首を傾げた。
「スーパーマンが四人もいるんだったら、私は世界一無敵なお姫様ね」
「ふふっ、沙南ちゃんらしい」
「おまけにそれだけ強いなら世界征服出来るわね、って笑い飛ばしてくれましたよ」
頬に触れる秀の指がくすぐったく感じ始めた。秀はさらに続ける。
「だから大丈夫。せっかくうちに泊まるんですから、もっと沙南ちゃんと仲良くなって下さい」
秀が天宮家に泊まれと言ってくれたのは、そういう気遣いからだったのかと柳は納得した。
おそらく鋭い彼の事だ、自分の力を知ったときから自分の恐怖なんてお見通しだったのかもしれない。そして、もう一つ……
「…秀さんは沙南ちゃんのことが好きなんですね」
柳はそう告げた。沙南の事になるとこの家族は例え何があろうと彼女を守ろうとする。
きっと自分の事も沙南に対する気遣いの延長線上にあるものなんだと柳は感じていた。
「ええ、大切な家族ですし、早く兄さんに嫁いでくれないと本当に困りますし……」
冗談に聞こえることだが、これは秀の本心である。龍の事で落ち込む沙南を見たくないという気持ちもあるのだが、それ以上に龍の不器用ぶりが心配でならないのだ。
それはもう、沙南が嫁いでくれなかったら龍は色んな意味で生きていけないんじゃないかと思うほどに……
ただ、柳はそんな秀の顔を見て、ふと脳裏に過ぎった言葉が無意識に口を突いて出てきた。
「秀さんは沙南ちゃんを本当に好きになったことはなかったんですか?」
「えっ?」
突然変わった内容に秀は目を丸くした。しかし、それ以上に尋ねた本人が驚いている。
「ご、ごめんなさい! なんだか気になっちゃって! えっと、その……!! 秀さんがあまりにも話しやすくて!」
「気になります?」
「いえっ! その……!!」
「残念ながら僕は相当の面食いなんでしょうね、沙南ちゃんや紗枝さんも好きなんですけど恋愛対象にならなくて……」
「えっと……」
「それどころか初恋すらまだなんですよね」
「ええ〜っ!?」
次々と明かされる事実に柳は声を上げて驚いた! そんな柳の動揺ぶりに秀は笑いながら尋ねる。
「変ですか?」
「いえ、驚いてしまって……」
「まぁ、それより今は柳さんといられることの方が嬉しいんですよ」
悪戯な顔が近付く。いつの間にか触れられていた手は髪にまで絡まっていた。柳はようやく気付いたのだ。初めは一メートル近くあった距離がもう数センチしかないことに。おまけに男女が同じ布団の上にいるわけで……!
「本当、柳さんは可愛いですね」
「あ、あの……、しゅ、秀さん……!!」
艶のある瞳と秀が身に纏う空気に当てられ、柳の心臓は壊れそうになる。だが、追い打ちをかけるかのように親指で唇にスッと触れられ、さらに秀の顔が近付いて来ると柳は爆発しそうになった。
「顔、真っ赤ですね」
「えっ、えっと……!」
まさにトドメの一撃を食らわされ、もう逃げられないと思ったその時!
「柳ちゃん! お邪魔するわね!」
明るい声が室内に入り込んで来たと同時に柳は硬直してしまう。沙南は一瞬邪魔したのかなと思ったが、秀と目があった瞬間、彼女は全てを理解した。
「あ〜っ! 秀さん、また柳ちゃんをからかって遊んでたなぁ? 私を混ぜてくれないなんてずるい!」
「それはもう、女の子の友情には僕は立ち入る隙がありませんから」
二人の応酬が始まれば、頬に触れられていた手は残念そうに離れた。それはもう少しからかいたかったといわんばかりにだ。
それから二人の会話が一息付くと秀はニコッと柳に笑いかけた。その笑顔で彼女は勇気を振り絞る。
「あのね、沙南ちゃん」
「なぁに?」
「その……、聞いてもらいたいことがあるんだけど……」
「柳ちゃんが辛くなるなら無理に話して欲しくないな」
実に沙南らしい気遣いだ。しかし、柳は続ける。
「うん、だけど隠し事はやっぱり辛いから」
「分かったわ。それでどんなこと?」
沙南は気軽に聞こうと足を崩す。それとは対称的に柳の身体は固く、心臓は強く鼓動を打っていた。
「あのね、私も夢華と同じで……その、火と熱を操る力を持ってるの」
「へぇ〜、だったらみんなでキャンプ行ったら柳ちゃん大活躍だね」
あっさりした返答だった。秀はそうきたかとくすくす笑っている。しかし、あまりの返答に柳は目を丸くした。
「えっと、沙南ちゃん、恐く…ないの?」
「どうして?」
「だってその…、魔女みたいだし……」
「でも、柳ちゃんは柳ちゃんでしょ? 私の大好きな親友なんだしね。話してくれてありがとう! 柳ちゃん大好きよ!」
「沙南ちゃん……」
沙南は思い切りギュッと柳を抱きしめた。石鹸の香がふわりと柳を包み込み彼女を安堵させる。ずっと欲しかったものが傍にいてくれる。
秀はそれを微笑えましく見ながら彼の本心を紡いだ。
「やっぱり女の子の友情は強いですねぇ」
「いいでしょう! 秀さんじゃまだ柳ちゃんをギュッと出来ないもんね」
まるで友情を見せ付けるかのようにさらに沙南は強く柳を抱き寄せるが、秀のいたずらモードはまだ止まってはいなかった。
「おや? 柳さん、僕にも抱きしめてほしいんですか?」
「えっ!?」
「いいですよ、僕の胸でよろしければいつでもお貸し致しましょう。まだ誰にも借りられてませんから、柳さん専用でも構いませんよ?」
「あら、それはお得ね。柳ちゃん借りとく?」
柳は茹蛸になった。この二人のいたずら好きにかかっては自分が無事でいられるはずがない。彼女は声を上げて精一杯の抗議をした。
「二人してからかわないで下さい!!」
夜は早く過ぎていった。
やはり女の子の友情は最強って事なんですが、それプラス秀と沙南ちゃんのいたずらコンビが圧勝かもしれないですね(笑)
同じ布団の上にいる男女を見てすぐにからかってると沙南ちゃんは見抜くぐらいですし。
というより、秀は初恋すらまだだと意外な事実が……
まあ、顔が綺麗でプライドが高い彼なんで本人いわくかなりの面食いらしいです。
にしても回を重ねていくたび、どんどん柳ちゃんに対する悪戯がエスカレートしている気が……