第三十二話:秀の交渉術
食卓を囲みながら、先程まで自分達が襲撃されたことを話し合い、秀も病院の駐車場で郷田の手下に襲われた事を報告すると沙南が声を上げた。
「ええ〜っ!! 秀さん達も絡まれてたの!?」
「はい、こっちはゴリラの手下でしたが、翔君達はどちらの犬だったんですか?」
ギクッとして翔は箸を止める。優美な顔をしている癖に人を突き刺して来るような視線を受けるが、その答えは一つしかなかった。
「よく分かりませんでした……」
「ほう、全く身元を確認しなかったと?」
「うっ! だってさ、警察でも機動隊でも暴力団って感じもないし全員なんていうかただの雑魚」
そう言った途端、翔の右頬は容赦なく抓り上げられた。
「全く、人海戦術を仕掛けてくる犬の主の名前ぐらい吐かせるのは基本でしょう? それをただ自分の欲求のまま戦うことしか出来ないなんて、それでも僕の弟ですか?」
「すいまひぇん……!」
棘がグサグサと容赦なく突き刺さってくる。しかし、秀の左斜めに座っていた篠塚家の参謀は翔と同列ではなかった。
「あの、秀さん」
「はい、なんでしょう?」
翔を抓り上げていた手を離し、秀は紫月の方を向く。そのおかげで何とか処罰から解放された翔は真っ赤になった頬を押さえて涙目になっているが、彼に同情するものはいなかった……
そして、紫月は一度箸を置いて彼女の推測を語り始めた。
「おそらく彼らは大君の手のものだと思います」
「と、いいますと?」
「それが……何と無くですが、私達がバラバラになっているところを同じような時間に襲って来ていますし、何より一番人質になりやすい沙南さんの身柄を一番に要求して来たと考えれば……」
「なるほど、郷田は平和的に沙南ちゃんを自分の息子の婚約者にしようとしていましたから急襲は考えにくい。
ですが、大君が痺れを切らすような人物なら急襲は考えられると」
「はい、推測に過ぎませんが、私が尋問しても何も答えなかったので相手もそれなりの訓練は積んでいるのではないかと……」
証拠がなければ推測でしかない。しかし、今までの事を振り返り、相手の動きを見て来たからこそ仮定は生まれる。そして、その仮定は必ずしも全否定出来るものではなく、あるときは真実に近付く鍵になるのだ。
秀はそれを知っているからこそ関心し、当然翔には言葉の棘を刺しておく。
「翔君も少しは紫月ちゃんを見習ってほしいですね」
「申し訳ありません……」
面目ない、と翔は小さくなった。だが、天宮家の参謀は難しい顔を崩せなかった。
「ですが、どこかしっくりきませんね。バラバラに襲い掛かって来た割には僕達を一つにまとめようとしている気がします。相手にとってそれがなんのメリットになるのか納得出来ません……」
相手の戦力を個々に確認したいのか、それとも自分達をまとめたところで一気に葬り去りたいのか、何より大君の真の目的が不明確過ぎる。相手の思惑通りになるのは秀にとって嫌うことの一つだ。
そして、難しい表情を浮かべて考え込んでいる秀に柳は提案した。
「秀さん、私達は三人でも大丈夫ですから、相手が私達をまとめようとしてるなら一度家に戻って」
「それは却下です。せっかく相手がお膳立てしてくれたかもしれない遊びのチャンスを僕は逃すつもりはありません。しばらくちゃんと天宮家に泊まって下さい」
「はい……?」
秀はすぐにその意見を却下した。相手がどんな思惑を抱いていようと、彼は折角の楽しみを逃すつもりはない。
そんなにっこり笑って告げる秀の一番の思惑に気付いた高校生より上の三人は、一番あくどいのはやはり天宮家次男坊だと認識するのだった。
紫月はきっと何も気付いていないであろう姉に、平穏はしばらく訪れないだろうな、と同情しながらも申し出る。
「とりあえず、泊まるのでしたら荷物ぐらいは取りに行かせて下さい」
「そうですね。啓吾さん、後三日は篠塚家に戻れないんでしたっけ?」
「ええ、そうですけど」
「じゃあ、最低後三日は家にいて下さい、ねっ、柳さん」
鬼だ、悪魔だ、ペテン師だ、高校生より上三人は心の中で呟くが夢華は目をキラキラさせて尋ねた。
「三日間もお泊りできるの!?」
「はい、もちろんそれ以上いてくれても構いませんよ」
「やったぁ! 純君といっぱい遊べるね!」
「うんっ!」
末っ子組は実に無邪気である。しかし、三日はさすがにまずいと紫月は申し出た。
「秀さん待って下さい! いくらなんでもそこまで!」
「紫月ちゃん、すみませんが明日からテストなので翔君のスパルタ教育をお願い出来ませんか? それに紫月ちゃんなら兄さん達がいない間、裏社会に浸りたいのではないかと……」
「はい、付き合います」
秀と紫月は同族だった。寧ろ三日じゃそれは足りそうにないと、表情は変わらずとも彼女は珍しく目をキラキラさせている。ただし、いくら何でもそれはまずいのでは、と常識人である柳は突っ込んだ。
「ちょっと紫月!?」
「柳さん、僕と三日連続顔を合わせるのは嫌ですか?」
「いえ! そんなことは……」
交渉成立である。沙南と翔は二人で囁きあった。
「秀さんって……」
「性格黒過ぎるよな……」
無邪気、裏社会、従属……
これで篠塚家三姉妹は陥落したのであった……
そんな騒ぎから数十分後、聖蘭病院の医局でぐったりしていた啓吾は、相変わらず着メロにすら設定していない龍の携帯のコール音を聞いてそれを手にとると、画面に天宮秀と律儀に書かれた画面が映し出されていた。
「ん? 次男坊からか」
だったら良いかと、人のものだというのに啓吾は遠慮せず電話に出る。
「もしもし、何の用だ次男坊」
『…何で兄さんの電話に啓吾さんが出るんですか』
「秘密を共有した仲になったもんで」
『秘密を共有したって……、プライバシーぐらいあるでしょう?』
「次男坊の電話に出るぐらいであいつはそんなこと言わねぇな」
まぁ、確かにそうだ。基本、龍は信用したものにはある程度の事は許してしまう性格だ。秀からの電話に出たところで怒りはしないだろう。
そんな啓吾の言い分に秀は肩を落とし、すっかり怒る気力を無くしたのだった。
『もういいですよ……、それで兄さんはどうしてるんです?』
「どっかの誰かが骨折患者を出してくれたおかげでそっちの手伝いだ。まぁ、手に火傷を負った奴までいるから何が起こったのか予測は立ってるがな」
真剣味を帯びた声が秀の耳に入って来た。きっと笑ってないとその表情すら予測がつく。
「次男坊、柳の力を知ったんだろう」
やはり篠塚家の家長、全て御見通しのようだ。そして、柳が力を知られることに対して怯えていたことも分かってるのだろう。
だが、秀はその真剣さに潰されることもなくはっきりと答えた。
『知りましたよ』
「軽蔑するか?」
『まさか。僕は兄さんの弟なんで』
「そうか、ならいい。まっ、あいつを軽蔑するような目で見る奴だったらとっくにお前を潰してたな」
『重力を操ると柳さんから聞きましたよ。ですが僕に使う必要なんてありませんから』
その答えに啓吾は安心した。柳は自分の力を軽蔑するものを畏れている。それは幼い時からずっとだ。
しかし、今回彼女の力を知ったのが次男坊で良かったと、自分を認めてくれた龍や紗枝に対する同じ気持ちを持った。
ただし、それで秀を信用しても好感を持てる相手ではないと啓吾はすぐに思うことになる。
「そうか。それで、無事に送り届けたんだよな?」
『ええ、それでも良かったんですけど、ちょっと状況が変わりましてね。妹さん全員、啓吾先生が戻るまでうちに泊まってもらうことにしました』
「なにぃ!?」
一気にさっきの自分の感情を否定したくなった。しかし、そんなことは露知らず、秀は楽しそうに続ける。
『今、皆楽しく荷物を三日分取りに行ってますから。まぁ、心配しないで下さい、うちにいて危険な目には遭わせませんから』
「ふざけんなっ!! お前ん家にいた方がよっぽど危険だろうが!!」
冗談じゃない、とばかりに啓吾は怒鳴る! ただし、秀は微笑を浮かべてさらに啓吾を苛立たせるような言葉を続けた。
『大丈夫ですよ。紫月ちゃんも夢華ちゃんも守ってくれるナイトがいますし、僕は沙南ちゃんと柳さんを守りますから』
「次男坊っ! 柳を口説いてみろ、今すぐ抹殺しに行くからな!!」
『やだなぁ、沙南ちゃんもいるんですからからかってる時間しかなくて非常に残念だって思ってるのに……』
「テメェ!!!」
『それじゃ、兄さんによろしく』
秀が楽しそうに携帯を切った直後、龍と紗枝が医局に戻って来た。
「ふう、やっと終わった。どうしたの、啓吾先生」
龍の携帯を持ったまま、いかにも荒れていたらしい啓吾に紗枝は尋ねると、携帯を龍の机に置いて啓吾は突拍子もないことを言った。
「龍、紗枝、俺今晩帰ったらダメか?」
「……はっ??」
その後、啓吾が仮眠すら取れなかった事は言うまでもない……
今回は秀の大活躍の巻きでした(笑)
篠塚家三姉妹をあっさり陥落させることが出来る舌の持ち主など普通はいません。
紫月ちゃんがいますからね。
しかし、彼女は裏と聞いて興味津々。
きっと三日間で秀からいろいろ教えを請うことでしょう(笑)
そしてそれを心配する啓吾兄さん、当然三日は帰れません(笑)




