第三十一話:旋風
桃色のエプロン姿は天宮家ではお馴染み。今日も家事の全てを熟した後、秀から掛かってきた電話に沙南はニッコリと笑顔を浮かべて答えた。
「うん、じゃあ待ってるわね」
沙南は携帯を切りリビングのタンスの上に置くと、沙南の手伝いでせっせと食器をテーブルの上に並べながら純は尋ねる。
「秀兄さんから?」
「うん、病院で柳ちゃんと会ったから一緒にこっちに来るって」
「柳お姉ちゃん来るの?」
「そうよ。夕食が賑やかになりそうね」
「やったぁ! 早く帰ってこないかなぁ」
全身で嬉しさを表す夢華に妹がいたらこんな感じなのかしら、と沙南は微笑ましく思う。本当に夢華の言動の一つ一つはとても可愛らしい。
「じゃあ純君、翔君と紫月ちゃん呼んで来て。もう少しすれば秀さん達も帰ってくると思うから」
「うん、分かった」
純はリビングの扉を開けて二階に上がろうとした時、タイミング良く玄関のチャイムが鳴った。
「あれ? もう帰って来たのかな」
天宮家と聖蘭病院は車で約三十分ぐらいだ。秀のことだから運転しながらかけてたのかなぁと思う。車の中にワイヤレスもあるのだし。ならばと純は先に玄関の扉を開いた。
「はい、うわっ!」
扉を開けた途端、男達が数人なだれ込んで来て純は地面に押さえ込まれた。純の声を聞き、何事かとリビングから沙南と夢華も顔を出す。
「純君!」
二人はもがいてる純を見て声を上げた。そして、なだれ込んで来た男の一人が獣のような鋭い目付きで沙南を睨み付け低い声で問う。
「折原沙南だな?」
「沙南お姉ちゃん、下がって!」
男の危険性を感じた夢華が沙南を後ろに下げる。しかし、男はサバイバルナイフを片手に土足で家の中へ入り込んで来た!
「ガキが邪魔だ!」
「ダメェ!!」
夢華が叫んだ瞬間、どこから現れたのか大量の水が男に襲い掛かり空を舞う水流となって玄関の外まで押し返した。
「うわっ! 水!?」
「よっと!」
ついでに水流を被った純を取り押さえていた男達も怯み、純は軽々と男達から抜け出しちょいとパンチを叩き込んで玄関の外まで吹き飛ばす。
何か不思議なことが起こったな、と沙南はぼんやりそう感じながらも助けてくれた夢華に声をかけた。
「夢華ちゃん」
「えへへっ、バレちゃった。ごめんなさい、私は紫月お姉ちゃんみたいに空手は出来ないんだ」
夢華の瞳は黒曜石のように黒い光を放っていた。無邪気に告げてはいるが、彼女がどこか不安を抱いていることを沙南は見逃さなかった。
だからこそ、沙南は夢華を安心させるようにふんわりと笑って礼を述べる。
「ありがとう、守ってくれて」
「えへへ、良かった」
軽蔑されなかったことに夢華は安堵した。この力は異質なものと幼いながらに分かっていたからだ。
だが、襲い掛かってきた男達に夢華の力が受け入れられるはずもなく、外では大きな波紋を生んでいた。
「化け物か……!?」
「そんな馬鹿なことあるか!! 何かのトリックを使ってるんだ!! それより早く人質を誘拐しろ!!」
「それっ!!」
「グオッ!!」
再び玄関に入ってこようとした者達を純は遠慮なく蹴り飛ばす。自分達に危害を加えて来るものには容赦する必要はないと龍に言われているため、純は自分の力をこれ以上隠す必要もないと好戦的な表情を浮かべる。それは自分の後ろに守りたいものがいるからだ。
ただ、夢華は一番この力を知ってどんな反応をされるのか怖かった少年の名を不安そうに呼んだ。
「純君……」
後ろから掛かる不安そうな声。しかし、純は振り返るとニッコリ笑って心配無用と力強く答えた。
「大丈夫だよ、夢華ちゃん。僕が守ってあげる」
そう言われた瞬間、彼女の表情から蔭りが消えてバアッと大輪の笑顔が花開く。
「うんっ!」
だが、そんなほのぼのムードと敵はいかないようだ。末っ子組の思わぬ戦闘力に大きく予定が狂い、寧ろ彼等に焦りが生じ始める。
「ガキしかいないんだぞ! 早くしろ!!」
「させませんよ」
「うおっ!」
階段の一番上から紫月は飛び降り、一気に男達を数人蹴り飛ばす。それから夢華の顔を見れば力を解放したのかと若干眉を顰めたが、その話は全てが片付いた後だ。
「すみません、二階から侵入してきたものを一人で片付ける羽目になってしまい遅くなりました」
「えっ? 翔兄さんは?」
まさかやられたのか、と純が言おうとした時、外から何とも情けない兄の声が響いた。
「紫月、俺の靴!」
「まったく、二階から飛び降りるからです!」
どうも天宮家一の喧嘩好きの姿が見えないなと思ったら、どうやら二階から飛び降りてとっくにお楽しみだった模様。
その所為で紫月は十人程度一人で片付ける羽目になり、なかなか一階へ下りられなかったようだ。
そんな考え無しの行動に呆れながらも、彼女は翔の運動靴を持って玄関の外に出て彼にそれを渡した。
「サンキュー!」
「いいですからさっさと履く。全く、天宮家は何回絡まれたら気が済むんですか」
「俺の喧嘩好きの欲求が満たされるまで」
「最悪ですね……」
翔は片方の運動靴の紐を結びながら、まだ動けそうな者達を見て呑気に考え出した。
「う〜ん、この前はゴリラで今回はなんだと思う?」
「人海戦術が大好きな権力者に飼われてる犬ぐらいにしておきましょうか。警察や機動隊のような恰好もしてませんし」
「そうだな、俺に喧嘩を挑んでくるたびにギャンギャン吠えてたし」
翔はもう一方の靴紐を結び終え紫月と背を合わせる。どうやら犬達は自分達に敵対心を抱き周りを囲み始めた。
玄関の前には純が立っており心配は無用、リビングから自宅に侵入しようとしてた者達はとっくに悶絶させた。あとは残りを二番目の兄が帰ってくる前に片付ければ咎めはない。
だが、何より思うのは背中合わせにいる紫月のこと。初めて彼女と力を合わせて戦うというのに、今まで何度も互いを守り合ってきたように思える。そして何より、自分の心はいつもより躍るのだ。
「やっぱりしっくりするよな」
「何がですか?」
「紫月も感じないか? 背中を守り合う時の信頼感」
「……まぁ、悪くはないですよ」
素直じゃないなぁ、と翔は笑った。確かに純と不良達をのした時以上に心は冷静でいられる。寧ろ、翔と戦えることに喜びを覚える自分も感じられて……
「んじゃ、一気に片付けるか!」
二人は舞い上がった! 風を読んでいるかのように迅速に、鋭く、時には踊るかのように次々と相手を吹き飛ばしていく。
喧嘩が気持ちいいという感情を紫月は初めて抱いた。いや、気持ちいいのは翔が巻き起こしている風だ。
「せいっ!!」
「うわあぁっ!!!」
一蹴りで何人も吹き飛んでいく。自分と同じことが出来る少年が背合わせにいる。それが嬉しかった。
「小娘がぁ!!」
「邪魔です!!」
「ぐはぁっ……!!」
紫月も負けじと風を纏った蹴りを放てば、敵は次々とその餌食になり倒されていく。そして、彼女に隙が出来たところを狙って攻撃して来る前に翔が敵を悶絶させた。
知っている、自分達はこの感覚を幾度となく味わい心を躍らせた。それが自分達の在り方だったと……
しかし、圧倒的な強さを誇るが故に、そんな心地良さは数分で幕を閉じた。
「くっ、覚えてろよ!!」
「無理だ〜!!」
そんなことを丁寧に答える必要があるのか……、と紫月は心の中でつっこむ。もちろん、翔の言うとおり月並みな台詞を吐くものを覚えてる方が無理ではあるが。
それから翔はパッパと埃を払い、純達の安全を確認したあと紫月の方を向いた。
「とりあえず、兄貴達に報告しとこうぜ。それと紫月達は今日ぐらいうちに泊まっとけ。啓吾さん、また夜勤なんだろ?」
「あの程度問題ないですよ。それに今夜はもう来ないでしょうし」
「心配してんだよ、ここんところやけに紫月のいるところで騒ぎが起こってるし」
翔がどれも関わってる気がするのは気のせいではない。きっと責めても問題ない立場に自分はいる。
「心配していただけるのは嬉しいですけど、翔君はもう気付いてるのではないですか? 私達兄妹が普通ではないことを」
分かっているのなら構わないでくれ、と紫月の目は訴えているが、翔はやはり翔だった。
「紫月は紫月だろ? ちょっと人より強くったってうちの兄貴達よりは弱い! それに俺の方が紫月より強いもんね! さっきの奴らだって俺の方が多く倒したんだし!」
「なっ!? あなたは人が真剣に話してるのに馬鹿みたいなことばかり言わないで下さいっ!」
「俺だって真剣だ! 紫月は俺より弱いから心配だって言ってるんだよ!」
「弱い弱いって……!! でしたら本気で私と手合わせしてみますか!? 翔君なんてすぐにKOさせてあげますよ!」
「やめとけって、俺は無敵の喧嘩好きだぞ?」
何故か口論になる二人を呆然としながら純達は見ていた。そして、ついに翔はカチンと来たのかきっぱり紫月に命じた。
「とにかく、これは命令だ! うちに泊まれ!」
んな無茶苦茶な……、と見ていた三人はそんな感想を抱いたが、紫月の反応は予想だにしないものになった。
「…分かりました、御命令に従います西天空太子様」
「えっ?」
何を言ったのかと翔は驚いた。しかし、さらに驚いたのは紫月の方で彼女は口に右手を当てて押さえる。
自分の意志に反したというには不適切だが自分として答えた訳ではない。まるで自分の中にもう一人自分がいるような気がして……
「……私、いま何を言いましたか?」
「……分からなかった」
夏へと向かう夜風が家の中を通り抜けた。
はい、今回夢華ちゃんの力も発動させました!
彼女は水を使うかわいらしい魔法使いです。
でも紫月ちゃんのように空手は出来ないのとかわいらしく告げています。
そりゃ、啓吾兄さんが甘くなりしっかり者の紫月が武道派になりますよね(笑)
そしてもっと文才があれば上手く書きたかった翔と紫月のバトルシーン。
風のような二人とのイメージなので家の敷地内じゃ広さが足りないかなあと言い訳させてください。
なんせ物を壊すと兄達が怖いですから(笑)