第三百話:二週間後
戦いが終わった二週間後、数日は体力回復のために休んでいた一行だが、彼等はすぐに日本には戻らず、いや、正確に言えば医者達がシュバルツに監禁されたために未だアメリカにいた。
もちろん、病院にその旨は伝えてはいるものの、当の医者達はといえば……
「龍……、生きてるか?」
「ああ……、というより啓吾も無事か?」
「ギリギリだな……」
アメリカ観光を楽しむ暇もなく、ERにぶち込まれていた龍と啓吾は精根尽き果てた様子で仮眠室のベッドに倒れ込んでいた。
その理由はシュバルツにこれでもかというほどオペを詰め込まれ、救命に追われ、おまけに時間があれば命懸けの教育をされていたからである。
しかし、紗枝には非常に甘く、きちんと定時に終わらせ、その後にウキウキ気分で遊びに行くのである。世界的名医も未来の娘に見事なまでのドタコンを発揮していた。当然、啓吾の機嫌は悪くなる一方だが……
「でも、これが俺達の日常なんだよな」
「ああ、シュバルツ博士に感謝だ」
朝から晩まで医者として過ごして、クタクタになって、それでも誰かを救えることが嬉しくて。そんな毎日が戻って来たことが幸せだと思える。
しかし、啓吾はふと、気になっていたことを龍に尋ねた。
「それと龍、話は変わるが、神の最期ってどうだったんだ?」
「やっぱり気になってたのか?」
「天の力にあれだけ固執してたんだ。それをお前一人で背負い込んでる気がしてな」
特に最近のオペを見る限り絶好調過ぎるから、と続ければ、龍はそうかもなと苦笑して答えた。
「宿題を出されたよ」
「宿題?」
「何のために生きるのかってな」
その答えに啓吾は一旦目を丸くしたが、みるみるうちに眉間にシワを寄せていった。おちょくられているような感じもするが、それ以上に哲学的な難題を出された気さえする。
「また御大層な……」
「ああ。だが、あいつが天を望んだ理由は、天の上からなら何かが見えると思ったんだろうな。でも、無になることも望んでいたようにも思えたんだ……」
神の最期は苦痛に歪んだものでも、龍に消されることを怨んだ顔でもなく、とても静かなものだった。
それでも気になるのは自分に訴えかけてきた最期の問い。何のために自分は生を望み、そして、また生きようとするのかと……
そんな悪の総大将の悩みに悩んでる横顔を見て、啓吾は人差し指で頬を押してやる。この青年はほっておくとどこまで悩むか分からないのだから。
「龍、あんま悩むな。お前はただでさえ人の倍以上の気苦労を背負ってるんだからよ」
「でもな……」
「少なくとも、俺達は現代に生まれ変わるなんて奇跡を起こしてるんだ。俺はそれでいい」
「それも疑問なんだ。秀に言われて思ったんだが、天界が一度滅びて俺達は消えたはずなのにどうして人界に転生出来たんだ? 主上が肉体を用意するわけもないだろうし」
どうやら思ってた以上に龍は考え込んでいるらしい。とはいっても、半分は知的好奇心が止められない性なんだろうが。
しかし、啓吾は目を丸くして推測には過ぎないがあっさり答えを告げた。
「それが天の意志だったんじゃねぇの? 世界が滅びたところで天はなくならなかったんだろう?」
「おいおい、いくら何でも天の力で肉体を用意することなんて」
「だったらただの奇跡でいいじゃねぇか。それに人間なんだ。男と女が交われば人が生まれる。俺達はその中に溶け込んだんだろ」
実にあっさりと言ってくれる啓吾に、龍は深く考えている自分がバカバカしくなってきた。それに今はその答えを出す時でもないのかもしれない。だから生きるのだから……
そして、眉間のシワが伸びたのを見て、啓吾は微笑を浮かべてもう一つ切り出す。
「あのさ、龍」
「何だ?」
「相談があるんだが……」
一方、シュバルツ博士の自宅に二週間滞在していた残りのメンバーといえば……
「秀さん、おかえりなさい」
「ただいま」
リビングでティータイムと洒落込んでいる一行は秀の帰宅に注目した。
それもそのはず、彼はたった今メディカルスクールの試験を受けて来たのだから。当然、急拵えの特別試験ではあるのだけれど……
「結果はどうだったの?」
既にどんな結果かは予想がついている紗枝はあっさりと切り出せば、秀もあっさりと答えた。
「来年の春からメディカルスクールの学生ですよ」
「秀、お前って本当、どんな頭してるんだよ……」
森がつっこむのも無理はない。秀はきちんと大学生として医学部で勉強しているし、課外実習にも行ってはいるのだが、その他の時間はかなり好き勝手やっているのが事実だ。
しかし、特別に受けた試験もシュバルツからの情報では全問正解、おまけに小論文と面接もかなりの出来だったという。面接はおそらく、かなりの好青年に見せるよう、騙すだけ騙したのだろうが……
「だけど、少し寂しくなりますね。五、六年間はアメリカにいるんですよね……」
遠距離恋愛になることが決まってしまったということでもあり、柳は少し複雑な気分になったがそれでも笑った。
そんな柳の気持ちに気付いたのか、秀は彼女の傍に歩み寄って優しく頬に触れる。
「心配しないでください。三年で医者になりますからすぐに戻ってきますよ」
「えっ? でも、麻酔科医の資格は……」
柳の言う通り、医者になったからといって麻酔科医にすぐなれるわけではない。最低でも医師免許を取得した後、二年間は経験を積まなくてはならないのだ。
特にシュバルツの元にいるなら、きっちりアメリカで経験を積んだ方がいいに決まってる。柳はそう考えていたが、あくまでも秀は秀である。
「麻酔科医の資格自体は日本で取りますし、メディカルスクールの一つや二つ、一年もあれば卒業できますから」
「秀さん、いくらなんでもそれは……」
「やりますよ。柳さんと早く結婚するためですからね」
その瞬間、秀なら絶対やる!と一行が思ったのは言うまでもない。それもどんな手を使ってでもやる気だ。
秀はニッコリ笑って両手で柳の頬を包み込むと、彼女は真っ赤になった。
「待ってて下さいね。柳さんの大学卒業と同時に結婚できるように頑張ってきますから」
「うっ……! は、はい……」
ここから邪魔したら殺されるな、と学習している一行はティータイムを再開することにする。
しかし、やっぱり秀の無茶苦茶ぶりが実際に可能なのかと沙南は尋ねる。
「……御師匠様、メディカルスクールって一年で卒業出来るものですか?」
「まず不可能だが、秀がやると言ったらやるだろう。ただし、一年は朝から晩まで講義漬けの毎日、そこから私と特訓だ。まぁ、医師免許取得の試験自体は受かるだろうから、あとは経験値の問題だろうな」
試験自体は問題ないんだ……、と普通有り得ないレベルの頭脳の持ち主に一行は改めて秀の恐ろしさを知るが、そんな秀でもまだ高い壁が目の前にあることを忘れてはいけない。
「だが、龍と啓吾はすでに二十歳の時には研修医だったんだ。秀はそんな奴らを追い掛けるんだからな」
「あっ……」
そう、秀の前にはいつも龍と啓吾がいる。医者になることが最終目的ではなく、その先の背中を早く捕らえなくてはいけないのだ。きっと、秀がアメリカ留学を決めたのもその性だ……
「沙南」
「はい」
「お前も柳とインターンはこっちに来い。啓吾はあれでなかなか厳しいからな」
ニヤリと笑うシュバルツの本当の意味合いを理解して、沙南は苦笑した後、満面の笑顔で了承するのだった。
さて、ついに天空記も三百話になりました!
次回が最終回になるか……な??
いや、ならないかもしれない……
そんなこんなでかなりグタグタなお話になりましたが、最後の最後まできっとこんな感じです。
書けない部分はまた番外編にでも回そうかなっと……
それとツッコミを受ける前に……
秀のメディカルスクールの話、あれは通常不可能なのであくまでも架空の話とお考え下さい。
いろんな権力が働きまくってる結果、あんな無茶苦茶が出来るという、天空記ならではのお話なので(笑)
そして、啓吾兄さんが龍に持ち掛けた相談、一体何なのかな??