第三話:雨
傘をさして一人の美少女が大学の正門前で迎え人を待っている。
夏とはいえども夜の八時過ぎは暗い。特に明朗闊達なというおまけの代名詞まで付く美少女は、優秀なボディガードがいなければ当然の如く夜の不審者の餌食となる。
しかし、そんな待ち時間も恋する乙女、折原沙南には大した問題ではなかった。
腕時計をちらっと見て、そろそろ来る頃かしらと思いそれから目を外すと、雨の日特有の足音が近付いて来て沙南はそちらに意識を向ける。
「お待たせ」
「……誰?」
どうやら彼女の待ち人でない事は一目瞭然。彼女の待ち人は目の前にいる青年より十数センチ背の高い堅物なのだ。
ラフな恰好はしても、ちゃらちゃらした恰好をまずすることはない。
「忘れたのかい? この前合コンで知り合った」
「すみません、記憶にございません」
沙南はすぐに切り返した。この手の男は関わりをもってはいけないと直感が働く。レインコート姿は不審者にしか見えなかった。
「じゃあ、今からご飯でも食べに行こうよ。きっと僕がメールしても返ってこないのは警戒されてるからだと思うんだよね」
「それはあなたみたいな人がメールして来たら、絶対まともな女の子だったら返さないわよっ!」と言ってやりたいところだったが、この手のタイプに油を注ぐのは危険過ぎる。
「そんな記憶もないわ。それにあんまりしつこいと警備の人を呼びにいくわよ!」
キッと睨み付けてやるが、男にとってそれは効果を持ちはしなかった。それどころかニヤリと笑って満足感すら覚えたような表情を向けて来る。
「睨んだ顔も可愛いなぁ。やっぱり女の子は可愛くないとね」
「呼びにいくわ」
もうこれ以上は関わりたくない、と沙南は踵を返して警備員を呼びに行こうとしたが、そうはさせないと男が腕を掴んで来た。
「待ってよ、ただご飯食べに行くだけなんだからさ!」
「離して!!」
必死に相手を振りほどこうとするが男の力に敵うはずもない。このままではまずいと沙南はさらに抗うが男は邪魔だと沙南の手から傘も落とす。
「やっ! ヤダッ!!」
「大人しくいうことを聞け!」
ついにキレた男から両手首を強く掴まれた時、沙南は待ち人の名を叫んだ!
「龍さん!!」
叫んだ直後に傘をさしたヒーローは相手の顔面を蹴り飛ばして登場する。
あくまでもさりげない行動というのがこのヒーローのいいところであり、また女性を恋に陥れる罪でもあるが……
「ゴメン、少し遅くなった」
「ううん、どうもありがとう」
安心し切った顔を沙南は龍に向けた。それは長年の付き合いだからこそ出て来るもの。沙南にとっては龍が来てくれれば天下無敵なのである。
そして、水溜まりに突っ込んだ男は右頬を押さえながらお決まりの文句を吐いた。
「お前なんだよ!」
「医者だ」
間髪入れずに答えるのはさすが天宮家家長である。いや、むしろ慣れているからこそ出る言葉か……
「だったらその娘貸せよ! 彼氏面すんじゃねぇ!」
殴り掛かって来た男に足を引っ掛けて転ばす動作も慣れだ。男はまた別の水溜まりに突っ込んだ。
「まったく、今日は雨なんだから服が濡れて風邪を引いたら俺達の仕事が増える。お前もさっさと家に帰って体をよく拭いて寝ろ」
あくまでも医者としての忠告をするあたりこの堅物な青年は優しい。だが、その行動は優しさと比例しない。
「また……!!」
「いい加減に消えろ、俺のオペが受けたいのか?」
男は声も出なくなった。龍の言葉の重みはまさに命を握られている感覚を持たされる。しかし、この医者は切り替えも早い。
「さっ、帰ろうか」
「うん!」
男に向けた殺気など露知らず、龍は沙南と駐車場に向かった。
「ありがとう龍さん。やっぱり持つべき者は優秀なボディガードね」
「沙南ちゃんもあまり相手を挑発しないこと。何より、沙南ちゃんに何かあったら本気であいつらが手に負えなくなる……」
溜息を吐き出してしまうのはその厄介さを一番よく理解しているから。
なんせ弟達の暴れっぷりは地震、雷、火事を一遍に呼び寄せるようなものである。翔あたりは「親父が一番怖い」とでも言いそうだが。
「ねぇ、龍さん。せっかく迎えに来てくれたんだからこのままドライブデートに連れていってほしいな」
車に乗り込むなり沙南はおねだりするが、龍はエンジンをかけながら答える。
「残念ながら今日はうちに宿題を残してきてね、沙南ちゃんにも参加してもらいたいんだけど?」
「ふふっ、また翔君暴れちゃったの?」
宿題の一言で通じるのが長年の付き合いならでは。おまけに翔が暴れたことも抵抗なく受け入れてしまうほど沙南の器はでかい。それに苦笑しながら龍は車を発進させる。
「だろうね。まあ、そういうことでよろしく頼むよ」
「家長の言う事じゃ仕方ないな。じゃあ、せめてこれから明日の買い出しに付き合ってほしいな」
「喜んでお供させていただきます、お姫様」
欝陶しい雨もこの車内の空気では苦にならなかった。
同時刻、日本庭園付きの屋敷に住む大君のもとに、一政治家は背筋が凍るほどの思いで訪れていた。
「それで天宮家の三男と四男の拉致に失敗したのか」
「申し訳ございません、大君! 我々の予想を遥かに越える身体能力でしたので……!!」
薄暗い部屋の中には麗しき和装美女が三味線を奏でている。その音をゆったりと楽しみながら、大君と呼ばれた老人は酒を少しずつ飲み干していく。
「ふむ、確かにあれを相手にしたことがないものなら仕方がない。じゃが、次の作戦は考えておるのか?」
「はい、外側から崩せないのなら内側から攻めていく所存にございます!」
頭をより畳に擦り付けん勢いで下げた。それに微笑を浮かべ大君は猪口を膳に置く。
「ほう、ならば結果を楽しみにしておこう。だが、あまり仕事を増やしてくれるな。のう、郷田よ」
戦慄が走る。その一言に尽きた……
その戦慄から解放された郷田は屋敷から出て車に乗り込む。しかし、あまりにも蒼褪めた顔をして戻ってきた郷田に、車で待っていた秘書は問い掛けた。
「先生、一体あの大君というお方は何者なのですか?」
「…この日本社会の真の支配者だ。私達国家権力者の中でも特に大きな権力を持つ全ての者達の裏にあのお方はいる。
つまり失敗すれば二度と生きてこの外の空気は吸うことが出来ないということだ……」
全てはここから始まる。そして、まるでこの先を象徴するかのように、雨はまだ降り続いていた……
はい、沙南ちゃんが「創竜伝」でいう茉理ちゃんポジションです。
ですが、うちの沙南ちゃんは長い間天宮家で同居(弟達からは同棲)しています(笑)
しかし、うちの龍さんはアメリカに約七年ほど留学&滞在していたので、まだ沙南ちゃんに手を出していません!(龍さん出すのか!?)
そして、次回はいよいよ篠塚家がどんどん絡んで来ますよ〜☆