第二百九十六話:やっと守れた
奇跡だと思った。死ぬことを覚悟した沙南姫の前に現れた愛しき者。目の前の青とずっと好きだった広い背中は今、自分の目の前にある。
「くっ!!」
龍は受けていた三尖を自分の刃で薙ぎ払い、天の力を解放して神を吹き飛ばし、沙南姫を抱えて後方に飛んだ。
「龍様……!!」
そう沙南姫が龍の名を呼んだ瞬間、彼は彼女を強く抱きしめた。
「すまない、遅くなった。でも……!」
さらに抱きしめる力が強くなって、沙南姫の目から涙がこぼれ落ちる。
「やっと、守れた……!」
何度も何度も龍は沙南をこの現代まで失って来たのだ。でも、間に合った。今度こそ間に合ったのだ。腕の中にある温もりをもう失いたくはないと心から思う。
しかし、感動に浸っている場合ではなかった。龍は沙南姫を離すと、すぐに天空軍の長として秀達に命じた。
「秀! 柳泉! すぐにここから離れろ!」
「はい!」
「分かりました!」
龍に命じられると、秀はすぐに翔の元へ行く。彼に動いてもらわなければ、いくら秀と柳泉でも怪我人五人を運ぶ上に、まだ残っているだろう残党を相手にすることは困難だ。
「翔、しっかりなさい!」
「ぐっ……!」
「本陣までで構いません、紫月を抱えてこの場から離れなさい」
かなりの無茶を命じていると秀は思う。翔の斬り裂かれている傷はかなり深いもの。おまけに出血もかなりのものだが、それ以上に重傷を負っている紫月や末っ子組に無理をさせられない。
「……くそっ」
肩で呼吸をしながらも、倒れている紫月を抱えて翔はふわりと風を身に纏う。そして、秀は乱雑で申し訳ないが純を肩に、夢華を脇に抱える。
二人とも胸を貫かれているが脈はある。急いで治療すれば間に合うかもしれない。
「龍様……」
「大丈夫だ。必ず君の元へ戻るから、待っててくれ。柳泉」
「はい」
「沙南を頼む」
「かしこまりました」
柳泉は一礼して沙南の手を取ると、龍は二人に背を向けた。その力も威圧感も、彼が臨戦体勢に入ったことを物語る。それに沙南姫はまた会えなくなるのではと不安にかられたが、彼女は思いを伝えた。
「待ってるから、だから絶対帰ってきて!」
「ああ」
短くそう答えた後、沙南達はその場を離れたのだった……
それから神が動いたのは数秒後だった。相変わらず飄々とした声と態度でふわりと龍の前に降り立つ。少しは沙南姫からダメージを受けているのだろうが、力にぶれは全くない。
「あ〜あ、行っちゃったか」
「行かせたんだろう?」
「うん、そうだね。天の下にいる限りどこにいても同じだしね」
「やはりお前は……」
「そうだね、天の力をコントロールすることは元々可能だったよ。まぁ、主上のおかげで私自身が天の力を持つことは出来なかったけど、主上が消えれば元通りだしね」
その答えに龍は眉を顰めもしたが、啓吾と桜姫が主上を撃破したという確信も得た。もし、桜姫が殺されるようなことになっていれば、自分が与えた天の力の負の部分が自分に戻って来ているはずだから……
しかし、いま目の前にいる男の持つ天の力は、まさに龍ですらコントロールするのが困難な負の部分に近いものだと悟る。おそらく、沙南姫を傷付けた時に得た力なのだろうと予測した。
「だけど天空王、君達のおかげで私にも本来の力が戻ってくれた。あとは君の力を全て捧げてくれれば私の力も絶対的なものとなるんだけどな」
「力を得てどうするつもりだ?」
「そうだね、とりあえず全ての頂点に立ってから決めるよ。でも、天から見下ろした世界はさぞ面白いだろうね」
「そのためだけに全てを狂わせるか!」
龍は怒りに満ちた目で神を射抜きながら完全覚醒した天の力を身に纏い始める。それに神は一瞬引き攣った表情を浮かべたが、すぐに喜びに満ちた表情を浮かべた。
全ての天の力を有する王がいま目の前にいる。それは神がずっと望んできた力そのものだ。
「天に選ばれたものが私を理解することなど叶わないことだ。だけど……」
その瞬間、斬撃は響き渡りそれは大きな衝撃波を生んで地形を変えた! 互いの手にする力が全ての命運を掛けてぶつかり合う!
「その力も沙南姫も全て私の手中に……」
「くっ……!!」
そして、光は弾ける……!
一方、天空軍の本陣では、必死の攻防と救命活動が行われていた。その救命活動の陣頭指揮に携わっていたのが二百代前、天空軍の御殿医であるシュバルツだった。
「御殿医!! 急患だ!!」
次々と運ばれて来る患者達に慌てることなく、シュバルツは即座に応急処置を指示していく。
「その患者は太腿を縛って止血を! あとすぐに解毒剤を打て!」
「どの薬なん!」
言い終わる前に解毒剤を投げ渡される。一瞬で毒の種類を見抜くあたりさすがというべきか……
しかし、その医療の現場には未だに銃声、砲撃音、悲鳴に怒声と響き渡りつづける。数はどうしてもこちらが不利かと思うが、この状況でここに攻めてこられたらという懸念はシュバルツにもある。
「あの馬鹿将軍共が……!」
さっさと敵を蹴散らせと悪態を突く。だが、その時、ボロボロになった森達が医療テントの中に入り込んできた。
「森!!」
「爺さん! すぐに治療してくれ!!」
「お前腕が……!!」
神経が切れてるのかと、感覚すら無くなっているのは見ただけでも明らかだった。右は骨折だろうが、左腕は壊死状態で切断は免れない状況だった。
さすがのシュバルツでも苦渋の決断を迫られるところだったが、森はとんでもないことを言い出す!
「切断はするな、紗枝が戻って来ればなんとかなる。だが、こっちがおされてんのは事実だ。片腕だけでも動くようにしてくれ!」
「馬鹿を言うな! 確かに自然界の女神なら腕の切断は免れる治癒能力はあるかもしれないが、その腕で戦場に立つつもりか!」
「立つ! ぜってぇ負けるわけにはいかねぇ!」
いつもそうだ。天空軍に属する兵士達は長に医術を修めさせてしまうほど戦うのだ。絶対譲れないもの、守りたいもの、それだけのためにその時に全てを掛けていく。
おそらく気絶させようとしても根性で動こうとするであろう森に、シュバルツは深い溜息を一つ吐いて麻酔を手にした。
「左は死んでも動かすな。最悪紗枝殿でも治せなくなるからな。それと医者としてやりたくはないが、骨折の痛みは薬でごまかしてやる。あと肱にボルトを埋め込んでやるからさっさとそこに座れ」
「助かる!」
そして、シュバルツは森の治療を開始した。
全ての歴史が変わり始めてから数分だというのに、犠牲者は止まることを知らない……
はい、最近更新ゆっくりの天空記です。
甘さを求めて読んでくださってる皆様には、さぞ堅苦しい話が続いているなと思われそうな……
まぁ、甘さは番外編で堪能していただくことにして……
まずはやっと間に合ってくれた龍。
言葉に出てしまうぐらい守りたかったんだなと思います。
そりゃ、沙南ちゃんも泣いちゃいますよね。
でも、すぐに戦闘が始まってしまうのが天空記です。
次回なんてどれだけ龍が動いてくれるのかまだ予測すら立たない……
そして、シュバルツ博士が出ないとつっこまれる前に久しぶりに登場していただきました。
彼は御殿医だったみたいですね。
当然二百代前も、龍や啓吾はお世話になってます(笑)
そんな感じで次回もお楽しみに☆