第二百九十五話:命懸けの力
体はガタガタだった。それでも重力で何とか体を軽くして桜姫とともに龍が向かった場所へと翔ける。ただ、明らかに桜姫から遅れ始めて彼女は一旦スピードを落とした。
「啓吾様、やはりお体が……」
「お前だってギリギリなんだろ」
「啓吾様ほどではございません」
天の力を使った啓吾の体の負荷はおそらく桜姫の倍だ。もともと天の力なんていうものは選ばれた人間のみが扱えるもので、ただの従者である啓吾にとっては自分を壊すための力と言っても過言ではない。
ただ、そうなっても龍のために、自分のために使うことを選んだのだ。全ては負の連鎖を断ち切るために……
その時、自分達に強い力が近付いて来ることに気付いた。その力の正体に啓吾はしめたとその方向を見れば、自然界と闇の女神が現れたのである。
「ちょっと、啓星!?」
「今は啓吾だ……」
「どっちも変わらないわよ! 何でこんなに馬鹿みたいにボロボロになってるわけ!?」
本当にこの女は変わらねぇんだな……、と啓吾は改めて思う。だが、今はあまり時間もなく、啓吾は紗枝をきつく抱きしめた。
「ちょっと……!!」
「時間がないからさっさと癒せ。嫌な予感が離れないんだ」
「その体でまだ戦う気なの!?」
「全員戦ってるからな」
今の状態なら一撃で気絶させることも出来るが、それを彼が望んでいないことは分かる。仕方ないと紗枝は桜姫を見上げる。
「桜姫、あなたもまだ戦うのでしょう?」
「はい」
「だったら少しでも回復させるわ。彩帆殿、この辺りに結界を」
「ああ」
闇の女神は石の大地に銀の鎌の柄をコンと叩いて結界を張る。これでひとまずは安心かと思ったその直後、強力な力が天から落ちて来る!
「なっ……!!」
「神か……!!」
そして、世界は真っ白な閃光に射ぬかれたのだった……
全てが消失したような気がした。それはほんの一瞬で戦の音を消し飛ばし、生気そのものすら感じられなくなった。ただ、神はその力に満足して微笑を浮かべる。
「……へぇ、たったこれだけの力で辺りが死体だらけか。凄いものだね」
「っつ……!!」
その表情と態度に沙南は怒りを通り越して涙まで零すが、ふわりと彼女を掠めた風が心を揺らす。その風はこの状況を覆そうとするもの。
「だけど……!!」
次の瞬間、神の三尖と翔の剣が高らかな音を立てて交わった! 翔はかなり怒りの感情を高ぶらせ、力押しで神の体そのものをぶっ飛ばす!
「おらっ!!!」
「消し飛びなさい!!!」
後ろへと飛ばされた体を紫月が足に風を纏って放ち、さらに神は吹き飛ばされた! しかし、大したダメージを受けておらず、神は三尖を石の大地について踏み止まる。
「今の攻撃で抜け出せるものもいるわけだ」
非常に嬉しそうな笑みを翔達に向けるが、神がそれを始めから予知していたことなど翔には充分過ぎるほど分かっていた。
「あの程度の破壊力じゃ俺には勝てないだろ」
「ああ、それもそうだね。侮り過ぎてたかな」
否定しないあたり非常に不快だが、目の前にいる存在がふざけた力を有していることは事実。下手をすれば、龍の天の力すら超えているかもしれない。翔と紫月はいつになく緊張の糸を張り巡らせた。
「沙南姫様、大丈夫!?」
「ええ……」
翔達が攻撃していた間に沙南姫の元へと辿り着いた純と夢華は、黄金と黒曜の目を輝かせていた。少し息が上がっているということは、天の力に堪えるために自分達の力を解放したということなのだろう。
しかし、それでも大切な人を守ろうと二人は沙南姫の前に立つ。
「二百代前は間に合わなかったのに今回は間に合ったみたいだね。ここでも歴史が変わったんだ」
「まだ変わる! 兄者達が来る前に俺がお前を倒す!」
そう叫んで翔の周りに風が纏わり付き、それは乱れて大きな力を生む。その傍で紫月も風を集中させて攻撃に備えた。それに神は口角を吊り上げたが、彼が見ていたのは二人ではなく奥にいる沙南姫だった!
「っう……!!」
射抜かれた視線に恐怖を覚え、沙南姫はガクリと力を落とす。この男は今度こそ自分を殺すつもりだと気付いたのだ!
「お前……!!」
言葉は遮られた! 天の力を有した三尖が赤い閃光を放ち、神自体には滅びの力が纏わり付いている。まるで御遊びは終わりだと言わんばかりにもう笑ってすらいなかった。
その悍ましさを直感的に感じ取った翔は後ろを振り向かずに叫ぶ!
「純! 沙南姫を連れて後退しろ!」
「わかっ……!!」
「えっ……?」
それは一瞬。純と夢華の胸はたった一筋の閃光に貫かれ、その場に血を流して崩れ落ちる。
「純!!」
「夢華!!」
叫んだ時には神は二人の傍に立っていた。そして、静かに神は告げて来る。
「ここで沙南姫を後退させたら、天空王の力を全解放させられないだろう?」
刃がまた交わる。そこから爆風が生まれ石の大地の所々が砂へと変わった。翔は黄金の目を爛々と輝かせて一歩も引かないと神を射抜いた。
「テメェ……!!」
「うん、やっぱり君は天空王と似ているね。もう少し未来になればかなり面白いことになるんだろうけど」
「うるせぇ!!」
怒りに満ちた斬撃はひどく澄んだ音を立てて何度もぶつかる! しかし、それを一定の距離から見ていた紫月は風のアローを神へと放った!
「貫きなさい!!」
「おっと!」
ふわりと神は舞い上がってそれをかわす。それからさらに放って来るアローを三尖で薙ぎ払った。
「危ないな、だけど主よりよっぽど効率のいい戦い方だけど」
「よそ見すんな!」
再び翔が斬り掛かり、紫月も同時に突っ込んできたが、神は一度目を閉じるとどす黒い血のような目を輝かせて二人に強烈な力を叩き付けた!
「うわあああ!!」
「きゃあああ!!」
叩き付けられた力は全身を斬り裂く! そして、二人の返り血を浴びるが、神は三尖についた血だけを振り払って沙南姫の元に歩み寄ってきた。
それにかつてない恐怖を覚え、立ち上がることすら出来なくなっても、沙南姫は純達の前で両手を広げて守ろうとした。
「へぇ、自分が一番まずい状況だというのに人を庇えるなんて素晴らしい慈愛だね、沙南姫」
「くっ……!!」
言葉を紡ぐことが出来ない。おそらくまともに戦っても純達を守りきることも出来ない。しかし、ここで神を滅ぼす力が発動するなら、自分がどれだけ傷つけられようとも例え命を失おうとも構わない。その覚悟だけは決まっていた。
「でも……」
「あっ……!!」
片手で首を絞められ、体は宙に浮く。両手でそれを話そうともがくが力では敵わない。しかし、目だけは神に抵抗していた。
「その目、すごくカンに障るな。君を貫いたときと全く変わっていない」
「かっ、はっ……!!」
息が苦しい。そんな当たり前のことが脳裏に過ぎったあと、彼女の周りに力か集まって来る。天の意志が彼女を守ろうとしているのだろうが、神はその力すらも自分のものへと変えていった。
だが、そんな絶望に立たされても沙南姫は守ろうとした。
「……まだ抵抗する気かい?」
「うっ……!!」
首の骨が折られるのではないかというほどの絞め付けに、天の意志はさらに反応した! それに神は微笑を浮かべる。予測どおりの力が溢れ出したのだ!
「やはりそうか。天に愛されし太陽の姫君にはこれほどの力を発動させる意志が働いていた。でも」
『あなたを……道連れに……!』
「なっ……!!」
脳裏に響いた声に神は驚くが、沙南姫は神の腕を強く掴むと、その目は強い黄金の光を放つ!
『これ以上、誰も傷付けさせはしない!!』
「ぐっ……!!」
天の力は暴走を始め、沙南姫と神の体を斬り裂き始めた! それは沙南姫の命すらも力として神に襲い掛かる!
だが、それを遮る炎が届いたのである!
「焼き尽くしなさい!!」
「くっ……!!」
突如襲い掛かってきた火炎放射に、神は沙南の首を掴んでいた手を離してしまうが、彼は三尖を伸ばせる距離にいた沙南姫をすぐその視界に捉えた!
「沙南姫!!」
「くっ……!!」
全てが終わる……、そう覚悟したときに天の力を感じたが、それは誰よりも愛しい人の力そのもの。
そう、ずっと望んでいたのは彼と共に生きて行くことだった。そして、願いは届く……
「……あっ!」
沙南が目を開くと、そこには神の斬撃を受け止めている龍の姿があった。
歴史は今、完全に変わったのである……
さぁ、いよいよ最終戦!
どれだけ書けるのか作者の技量が……
でも、龍が間に合ってくれて良かったなと。
秀もちゃっかり沙南ちゃんを救う役目を担ってくれてますが、一応王子様が助けた方がいいかなと。
ん? 悪の総大将なんだからちょっと微妙??
それにしても沙南ちゃん、自分がどれだけピンチでも抵抗するなんて流石だなと思います。
よく考えたら、普通のお姫様みたいに助けられることを待ってたことがないかも(笑)
本人は助けられたいとは言ってましたが、ギリギリまで抵抗するという……
一度ぐらい弱い女の子って書いてみたいですね。
というより、普通の女の子らしい女の子ってこの話いない気が……