第二百九十四話:絶望という名の空
神宮の壁面に次のような一節が記されていた。それはまるで誰かの願いが込められているようで……
『天滅びし時、新たなる力は新世界の王へともたらされん。その力巨大にして古き世界を飲み込み、乱世を終息へと導かん』
『ただ、一筋の光が射すことを願う……』
風と水の力が戦場で踊り狂う。それを作り出している少年少女達は歴史を変えるべくために止まりはしなかった。
「うわぁ〜〜!!!」
「天空太子共を止めろ〜〜!!」
怒声、雄叫び、悲鳴、その全てと斬撃と爆音。まさに乱戦となるその中で、翔は彼を殺そうと向かってくる者達を一閃、十数人単位で吹き飛ばしていた。
「どきやがれぇ〜〜!!」
「うわあああ!!!」
槍を持った兵士達は柄を破壊され、そのあとに襲って来る爆風によって石の大地に叩き付けられる形になる。
ただ、それでも運良く気絶しなかった者達は再度攻撃を仕掛けるべく、翔に突っ込んでいくが、それを紫月が放った風のアローが遮った!
「ぐあっ!!」
翔に襲い掛かろうとした化け物は紫月が放ったうちの一本に肩を貫かれて緑色の血を流すが、その巨体は倒れることを潔しとせずに突進してきた!
「小娘〜〜!!」
「はあっ!!」
「やあっ!!」
二つの剣閃が瞬時にその体を斬り付ける! 二人の幼き太子とその従者を視界におさめた後、化け物はその場に崩れたが意識が途絶える直前、体に強い光が全身に当たる。
「うっ……!!」
それはその化け物だけに当たるものではなかった。一時的に乱戦が止まってしまうほどの光にその場にいた者達は目を細めずにはいられなくなった。
それはこの世界にはなかったものが突如として現れたからだ。
「太陽……?」
夢華の呟きはすぐに確信へと変わる。その太陽と呼ばれる光の中に、翔達が守りたいものが上空に浮かんでいたのだから!
「沙南姫!!」
翔達は一斉に沙南姫の元に駆け出そうとしたが、敵はすぐに攻撃を再開した。まるであの最後の時と同じように、彼等を沙南姫の元へと決して近付けさせてはくれない。
そして、翔の目にまた同じような光景を見せ付けようとでもしてるのか、沙南姫を貫いた張本人が空間を裂いて彼女を貫いた場所に立ったのである!
「やっとこの場まで辿りついたね。沙南姫」
先程、龍に負わされた傷はすっかり癒え、沙南姫のカンに障る声を彼は発した。
「神……!!」
「おや、今は主上も消えてくれて新しいこの世界の創造主となったんだけどな」
飄々と告げる口調は変わらなくとも、神が絶対的な力を手にしていることは分かる。それは主上に捺されていた滅びの落胤が消え、彼が本来持つべき力を取り戻してきているからだろう。
「だけど、天の力はまだ私に全て戻って来てはくれなくてね、君の協力が必要となったんだ」
「ぐっ……!!」
突然、沙南姫の体は金縛りにでもあったかのように固まり、そのまま地上へと引っ張られると同時に神は彼女の頬に三尖で傷を付けた。
僅かに走る痛みと同時に、沙南姫の頬を掠めた三尖には力が取り巻く。それに沙南姫は恐怖を感じるとともに力の属性も感じ取る。
「ああ、大丈夫。まだ殺しはしないよ太陽の姫君。だけどやっぱり思ったとおり、天は君を愛してくれてるわけだ」
「一体……!!」
その言葉は遮られた! 三尖が沙南姫の左肩を突き刺したのだ!
「私は今まで事実しか述べてないんだけどな。天界を滅ぼしたのは天空王、だけどその原因となったのは沙南姫、君だとね」
「くっ……!」
三尖が抜かれると沙南姫の桃色の衣は赤い血で染まり出した。しかし、神は確信を得たかのように笑を浮かべる。
今、彼は沙南姫の左腕を無くすほどの力で貫こうとしたのだが、それは彼女が元から持ってる太陽の力と天の意志によって遮られたのだ!
そして、その力は三尖にまた取り巻いて神の力へと変わる。
「これで分かっただろう? 天の意志は君を傷付けることで発動する。特に君を最も深く愛した天空王がその力を発動したとなれば当然、世界の一つぐらい滅びるだろう。それが二百代前の真実だ」
もう一度神は沙南姫を突き刺そうとしたが、今度は彼女も自身の力を発動してそれを防ぎ、彼と一定の距離をとった。
下手に逃げようとするより、何とか応戦して時間を稼ぐべきだと思う。無意識のうちにここへ来てはしまったものの、彼女がここに来た理由を彼女自身が痛感していた。
だからこそ、ここで死ぬわけにはいかない!
「だったら最初から私達に危害を及ぼさなかったら、そんな事にはならなかったじゃないの? 私達はただ、幸せに暮らしたかっただけなのに!」
「それが叶わないからこそ君は太陽の姫君なんだよ?」
「えっ……!」
一体、どういうことなのかと尋ねる表情に、神は争いの絶えない光景を見つめながら語り出した。
「沙南姫、君が男だったらまた天界は変わっていたんだろうね」
「……どういうこと?」
男女差別でも言い出すつもりなのかと一瞬思ったが、沙南姫は静かに神の話を聞くことにした。
「代々、光帝に嫁ぐ姫君は太陽として天界を照らす役目を担い、そして次の世代の光帝を産むことが習わし。ただ、君は女だったからその逆になっちゃうけど」
それは致し方ないことだと沙南姫は思っていた。しかし、光帝自体はそんなことは特に気にかけていなかったし、寧ろ太陽としての役目だけに縛られず自由に生きることを望んでいたように思う。
だが、天界はそれを認めてはくれなかったのである。争いは大きくしかならなかったのだ。
「男の性ってあるからね、当然、君を娶ろうと各勢力は争いを起こした。この時点ですでに君は平和から掛け離れる存在だったのかな」
ズキッと心は痛む。自分を守るために起きた戦や争いは確かに絶えることはなかったのだ。龍達天空軍も、沙南姫を守るために幾度となく戦ったのだから……
「だけど、君だけも責められないよね。更なる争いを生み出したのは君が愛する天空王だったんだし。だって、主上以上の天の力を有して生まれて来るなんて有り得ないだろう?」
それは龍の存在自体を否定する言葉。沙南姫は龍を愛するが故にそれだけは許すことが出来なかった。
「何よ……! さっきから私達が存在するから争いが起こったなんて人の性ばかりにして! そっちが勝手に欲に目が眩んで争ってるだけじゃない!」
それには神もキョトンとした表情を浮かべさせられるが、すぐに吹き出した。本当に彼女は核心をついてもさらなる核心をついて来る。
「ハハッ、さすがは沙南姫。うん、君のいうことももっともだけどね、それでも許されないことがこの世にあるだろう?」
「きゃあああ!!」
沙南姫の体に神通力が叩き付けられたあと、神はさらに突っ込んできて沙南姫の目の前スレスレで問う。
「天界において平等でありつづけなければならない存在が、よりによって天空王に恋い焦がれ、最期には天界まで滅ぼしてしまった。それは許されることなのか?」
「くっ……!!」
腹部に叩き込まれようとした神通力を彼女はギリキリ相殺して再度距離をとった。その身のこなしに神は微笑を浮かべるが、傍で響く戦の音に引かれ、フムと考え込んで三尖を戦う者達へと向ける。
肩の傷を押さえながら沙南姫は一体何をする気かと思うが、神はまるで無邪気な子供のような、しかし、残酷な言葉を述べた。
「さて、天空王が来るまで少し時間もあることだし、この力で遊んでみようかな」
「えっ……!!」
「君の太陽の力と天の意志、合わさった力がどの程度か見ておいたらいいよ。いかに君と天空王が危険な力を持っていたのかってね」
大気が震える、力が恐怖を駆り立て、そして絶望という名の空が落ちて来る……!
「やめてーーー!!!」
その声は掻き消され、辺りは真っ白な閃光に包まれた……
さて、今回は沙南ちゃんがかなり大変な目に遭っちゃってる!!
ギャグなら龍が簡単に沈めておしまいなんだけど、そうもいかない事態に……!!
今回は沙南姫が天界を滅ぼしたと責められてた理由がかなり形になったかなと。
沙南姫が傷付くことによって、天の意志が発動してしまうようですね。
しかも、神はその力を吸収出来るようになってる模様。
滅びの落胤が消えた性で、彼も天の力を前以上にコントロール出来る体質になってるようです。
だけど、ついにはと太陽と天が合わさった力を使えるまでになってるらしく!?
龍〜!! 本気でまずいぞ!!
何とかしなさい、悪の総大将!!