第二百九十三話:二人の天
縛られていた魂が解放されて龍は呼吸を整える。どうやら魂と肉体を切り離すのはかなりの力を使うらしく、途中で妨害が入るとそれは不可能なようだ。もちろん、龍がそれだけ抗う力を持っていた性でもあるが。
「主、お体は?」
「大丈夫だ。桜姫も影響はないか?」
「はい、問題ございません」
「そうか、良かった」
龍が完全覚醒してしまい、天の力の負の部分を体内に封じ込めている桜姫にも何らかの影響があるのではないかと心配していたが、どうやら彼女の力は強くなっているだけで、天の力そのものは無くなっていないようだ。
そして、啓吾の方もどうかと視線を向ければ、どうやら全く問題ないらしい。それに目の色も変わってないということは……
「啓星の意識には引っ張られなかったのか?」
「ああ、力だけは啓星の頃と同じだけどな」
「そんなことが……」
「お前と桜姫がそれをやってのけてんのに、俺だけ仲間外れじゃカッコつかないだろ?」
寂しかったのでしょうか……、と桜姫は心の中でポツリと呟く。たまに啓吾は寂しがりやなところがある、とこの場に紗枝がいたらつっこんでくれただろうけど。
それから三人は再度主上と向き合う。若干力が落ちてきてるのは、天の力を失ったことと龍の魂と肉体を切り離すために力を消費したため。しかし、呼吸がすぐに整っているあたりはさすがである。
だが、それ以上に啓吾は気になっていることがあった。
「神の奴はどこに消えた」
「分からない。だが、あいつは必ず沙南を狙って来る」
「やっぱそうか……」
あの滑稽な策士が考えそうなことだろうな、と啓吾は思う。だが、そうと分かれば自分達が龍のためにやらなければならないことは一つ。
「主、ここは啓吾様と私にお任せ下さい」
「しかし……」
「さっさといけ。俺達が誰のために戦ってんのか分かってるならよ」
「啓吾、桜姫……」
「おまけにこいつはさっき逃げられたんだ。ちゃんと落し前つけとかねぇと苛ついて仕方ない」
何だか龍のためというより自分のストレス発散のため、という気がかなりの割合で占めているような口調だが、それでも龍は二人の気遣いを理解していた。だからこそ、行くことを決意する。
「すまない、頼んだ」
「ああ。あっ、でも帰ったらお前が隠してる年代物の赤ワインが飲みたい」
「私は白をいただきます」
「何で知ってるんだよ……」
「悪友だから」
「従者ですから」
そう言い切る二人に龍は顔をしかめた。こういうところは本当に抜け目がないが、二人はとても良い顔で笑って送り出してくれる。龍はふわりと天の力を解放した。
「頼んだぞ」
それだけ告げて龍はこの真っ白な空間の外へ飛び出そうとしたが、やはり主上は龍の前に飛び出してきた!
「行かせるとでも?」
「行かせるんだよ!!」
主上の放つ神通力を啓吾は重力を主上の体に叩き付けることで逸らし、さらに桜姫が花びらをたたき付けて龍との距離を取らせる。
その隙を作ってくれたことに龍は感謝して空間の外へと飛び出した。
「ぐっ……!」
「さっきの続きだ。悪いがもう逃がさねぇぞ」
「二百代前よりの罪、倍返しにさせていただきます!」
二人は青き目を輝かせ、同時に重力と花びらを再度主上に叩き付けた!
「くっ……!!」
それを何とか神通力で相殺して、主上は二人に反撃しようとしたが、ふわりと桜姫が自分の懐に飛び込んできて片方の目を黄金に輝かせた!
「天よ……」
そう囁いた瞬間、強烈な衝撃が主上の腹部に入り、彼はこの空間に造られている石造りの観客席まで弾き飛ばされる!
そして、啓吾と桜姫は空を蹴って主上に突撃した! しかし、怒りに満ちた主上は更なる攻撃を許さない!
「たかが従者風情が……!」
黄金色に目を輝かせれば、今までにない神通力が啓吾と桜姫に襲い掛かり二人は左右に分かれて弾き飛ばされ、観客席に叩き付けられた!
「くっ……!!」
「っつ!!」
いくつかの裂傷を負ったものの、桜姫は再度仕掛けようと天の力で体を包み込むが、それを発動させる前に主上は彼女に神通力を叩き付けてきた!
「主上……!」
「まずは桜姫、お前を!!」
「くっ……!」
放たれた神通力を転がってかわし、片手で自分の体を押して上げて宙で一回転して二撃目の神通力もかわす。天の力が無くなったとしても全てのものの頂点にたっていた男の強さは半端ではない。
しかし、自分はその男を超える王の従者なのだ。その王が守りたいものを守るためにはここで負けるわけにはいかない!
「花びらよ、天を纏え!!」
桜姫がそう叫んだと同時に花びらは虹色の光を放ち始める! さすがに厄介だと感じたのか、主上も少々距離をとったところにかつてないほどの重力をたたき付けられた!
「ぐはっ……!!」
「逃がさねぇよ!!」
「ぐあっ!!」
体の骨や筋肉がズタズタにされていくような負荷に主上は声を上げたが、啓吾はその力を緩めることなくさらに拘束を強める!
そして、その拘束された体の周りに光輝く無数の花びらが取り囲んだ!
「切り裂き、舞い散れ!!」
「ぐああああ〜〜〜!!」
天の力を帯びた花びらは主上を完全に取り囲み、その体を無限に切り刻んだ!
しかし、すぐに啓吾と桜姫は異変に気付く。魂が主上の体の中から抜け出たことに気付いたのだ!
「桜姫! 力を収めろ! 取り付かれるぞ!」
「いえ、啓吾様……」
脳裏に響いた桜姫の言葉に啓吾は驚くが、魂そのものを潰すにはそれしか方法はない!
そして、魂だけとなった主上は桜姫に語りかけてきた。
『天空王の天の力の一部とはいえ、充分使える。桜姫、二百代前と同様、再度天空軍の敵へと回れ』
「お断りいたします」
『お前の意志など……!』
「今です!!」
主上の魂が桜姫の中へ入りかけたその時! 桜姫と啓吾の二人の目が黄金へと変わる! それは二人が同時に天の力を発動したということだ!
『なっ……!』
「消えろ〜〜!!」
「散りなさい!!」
そう叫んだと同時に主上の魂はフッと音を立てて完全に消え去った……!!
それから数分後、完全に力を使い果たした二人はその場に崩れ落ち何とか呼吸を整える。
「……啓吾様、お体は?」
「ズタズタ……。お前、よくこんな力使ってたな……」
「啓吾様も隠していたじゃないですか……天の力を扱えること……」
桜姫が微笑を浮かべると啓吾も笑った。諸刃の剣とはまさにこのことで、啓吾は自分も天の力を使えることを隠していたのである。
そうでもしなければ、こんなにうまく主上の魂を砕くことが出来なかったからだ。ただ、その反動は桜姫以上のものなので、一度使ってしまえばしばらくは動けなくなってしまうのだけれど。
「桜姫、まだ俺を動かせるか?」
「啓吾様……」
「最後の一騒動、間違いなく起こるだろう?」
戦いを繰り広げていた間、高すぎる屋根に開いてしまった穴からは太陽の光が差し込む。
太陽のなかったこの世界に差し込んだ光は、沙南姫の身に何かが起こっている証拠だった……
やっと主上が退場!
最後は啓吾兄さんと桜姫のコンビプレーで幕を閉じました。
でも、啓吾兄さんは体がズタズタらしく……
相当ご無理をなさっていたようです。
そして、いよいよ龍と神の最終決戦が近付いてきました。
沙南ちゃんも何やら異変が起こってるみたいですし……
でも、ここまで来ちゃうと天空記もあと数話で終わるのかなぁ。
だけど、きちんと最後まで書きますので、楽しみにしていてくださいね☆
龍、ちゃんとかっこよく、それに沙南ちゃんとグタグタにならないように頑張ってよ(笑)