第二百九十一話:利用されているものは
炎が閻魔に直撃した。ただし、その巨体はそれを避けることなくまっすぐに秀に突っ込んで来る。下手に避けるよりダメージが少ないということでもあるが、それ以上に秀と差し違えても倒そうという覚悟があった。
「南天空太子! 貴様を地獄へ引きずり込んでやる!」
「お断りいたします!」
秀はさらに力を解放すると火の勢いは増し、辺りの視界全てが真っ赤に包まれる! それに閻魔は体中に痛みを覚えるが、彼は大剣に力を込めて一刀両断、秀を切り裂いた!!
しかし、その手応えはすぐに人を斬ったのではないことを知らせる。
「ぐっ……!!」
閻魔が斬った秀は炎と変わり、それは閻魔を完全に飲み込むと彼は意識を失いその場に崩れ落ちた。ただ、怨みの言葉一つも残さずに……
それから秀は全ての火を鎮めるとふわりと石の大地の上に降り立つ。その背後に柳泉も降り立つが、どこか秀の後ろ姿が悲しく見えた。勝利をおさめたといっても、あそこまで真っ直ぐ自分に挑んできたものに対しては冷徹なままでいられないのだろう。
しかし、時は待ってはくれない。秀はチラリと柳泉に視線を向けて告げた。
「行きますよ、柳泉」
「はい……」
そして、二人は戦場を翔けていった……
一方、神宮では完全に覚醒した龍が主上と対峙していた。肌に感じさせられる天の力と絶対的なまでの威圧感、そして底の見えない感覚は龍が全ての天を手にしている証拠だ。
しかし、それを手にしている龍は逆に空虚の中にいる気がした。さっき感じた柔らかな太陽の日差しがここには無く、捕まえなければまたどこかに消えてしまう気がして……
そして、それは言葉として突いてきた。
「どけ」
「どけ、か……、礼節を重んじるお前らしくない言葉だな」
「礼節は充分過ぎるほど重んじてるが、そちらがそれ相応の態度ならばこちらも大人しくするつもりはない。そして……」
その瞬間、主上の体に天の力が叩き付けられる! 真っ白な空間は青い光に包まれたかと思えば、さらに白銀の光が主上を貫こうと襲い掛かる!
「くっ……!!」
龍が天の力全てを従えたために、主上は本来自分が持っていた天の力を発動出来なくなり、白銀の光を神通力で相殺した。
しかし、それも束の間、龍は天の力で創った白銀の刃を主上に振り下ろし、それは神通力で受けられる。
「天空王……!!」
「天の意志だ。この全ての戦いの元凶がお前ならば、俺はお前を完全に滅ぼす!」
龍はさらに力を解放して神通力のバリアを斬り破ったが、主上はその剣閃を流して一旦後方に飛んだ。
そして、改めて龍が完全に天を従えていることを認めて心の中で舌なめずりする。今、自分の目の前にある肉体と力を手に出来ることに歓喜を覚えながら……
「天の意志か……。天空王、ただ太陽の姫君に愛されたことによってそれだけの力を有したというならば、けっして私には届きはしない。私は全てを支配する全知全能の存在」
「だが、天はお前を選びはしなかった! 既にお前からは天の力すら感じられはしない」
龍は再度白銀の刃に力を溜め始める。今度は完全に主上の魂そのものを消し去るために……
しかし、その力を感じているはずなのに、突然主上は小さく笑い出した。
「くっくっくっ……!」
「何が可笑しい?」
「天空王、いや、天地を支配する王よ。お前が完成してくれたことは実に喜ばしい限りだ」
その瞬間! 龍の体は完全に縛られ、魂が捕まれたような感覚に陥る!
「ぐっ……!!」
「さすがだな、これだけの負荷に堪えられるとは……しかし、弾き返せはしないだろう」
「……!! これが肉体を手に入れてきた術か……!!」
「その通りだ。どれだけ強靭な力を持つ者でも、魂を引き離されてはただの肉塊に過ぎない」
さらに龍の体に負荷が掛かるが、龍は必死に抵抗した。今、この体を乗っ取られるわけにはいかないという意識とそれに対抗しうる力を総動員する。
しかし、結末を予測しているのか、主上は龍の心を読み取りながら全てを語り始めた。
「何故、今までお前に手を出さなかったのか」
「くっ……!?」
心の中を読まれたことに龍は眉を顰める。これも魂を肉体から引き離そうとしてるが故の技かと思う。それに正解だと主上は微笑を浮かべて答えた。
「そのとおりだ、天空王。私はつねに魂の器を求めていた。それは主上という存在ですらまだ満足出来はしなかった。この体は天の力は有していても全てを支配出来る器ではない」
「それを阻む者が光帝だったと……!!」
「察しがいいな。太陽の力は天と匹敵するものだからな。しかし、予想しなかった奇跡が起こった。それがお前の存在の誕生、そして天がお前を選んだことだ」
それは主上の予測すら上回ったことだった。
もともと、朝の世界を治めていた天空族ではあったが、まさか神族でも主上クラスのものでしか持てない天の力を宿せる者が一民族から生まれたのである。
しかもその太子は成長するにつれ、主上の持つ天の力すら超えるものを体内に秘め始め、さらにはよりその力を強固なものとする力を秘めた太陽の姫君と恋に落ちたのだ。
「それから太陽の姫君がお前を愛したことで、お前の力は上がりつづけた。だからこそ、完全な器を手に入れる事が出来ると確信した」
「だから俺達を……!」
「そうだ。お前が天の力を全て支配し、太陽の姫君が完全覚醒する時期を待った。しかし、あの戦いで一度全てが無に帰し、人界ヘと転生したお前達はその力を完全になくしてしまったかのように思えた。
特にお前は沙南姫がこの二百代もの間、何度も自分の前で殺されたにもかかわらず、一度として天の力を発揮しなかった」
その時、龍の心の中で静かな波紋が広がったが、主上はそれをただの動揺としか取らずに続けた。
「だが、時が経つにつれてお前の周りの人間達は徐々に力を取り戻し始めた。そして、ついには従者達は二百代前と全く同じ力を有して誕生した」
「だから啓吾達を捕らえたのか?」
「ああ。そして、私を一度殺せる力まで引き上げさせてもらった。かつての啓星と変わらないほどの力にまでな」
つまり、そこまでして龍と再会させれば自分の中の何かが反応する、そう推測したのかと龍は思うと主上はまた微笑を浮かべた。
「その推測通り、お前達は覚醒していきここまで至った。全ては私の思惑通りとなった。そして今」
「お前は神に利用されているんだ」
主上の言葉を遮り、龍はそう言い切った。
さぁ、龍が完全に覚醒してくれましたが、待ってました、かというように主上が龍を乗っ取ろうとしています。
そして、明らかになってきた今までの伏線。
ちょこっと整理いたしますと……
龍の誕生自体が奇跡に近いもので、天に選ばれ、沙南姫に愛されたことで主上の力すら超える存在になってしまったと。
しかし、天界が滅びてしまって龍達は人界に転生したみたいですが、(どうして人界に転生出来たかはまだ謎です)力はなくなっていた状態に。
そのために沙南ちゃんは何度も殺されたらしいですが、龍の力は発動せず……
でも、啓吾兄さん達が力をもって生まれた現代に主上は篠塚兄妹を捕らえて力を上げさせ、龍達と合流するようにしむけたと。
すると覚醒が始まって現在に至るとなったわけです。
でも、龍は神が主上を利用してることに気付いてるみたいで??
さて、どうなることやら。