第二百九十話:地獄の業火
紅玉を磨き込んだような、艶やかな甲冑を身につけて翔達の元に追いついた秀は、閻魔をチラリと見た後、やはり彼らしい言葉を吐いた。
「随分足止めされてたみたいですね。突撃隊長ともあろうものが」
「ぐっ……!」
翔は言い返すことが出来ずに言葉を詰まらせた。もちろん、言い返したとしてもこの腹黒参謀は軽く百倍の皮肉をつけて返してくれるのだが。
ただし、今回はいつものように応酬を繰り広げている場合ではない。表情は優美なまま、秀は翔達の前に歩み出た。
「まっ、翔では確かに閻魔の相手は荷が重そうですからね、早く先へ進みなさい」
「……なんか見下されてるような」
「今更でしょう? さっ、早く行ってください」
「……分かった。純」
「うん!」
純は頷き、紫月と夢華は秀に一礼して柳泉とアイコンタクトを取った後、四人はまた戦場を駆け出して行った。
しかし、閻魔はそれを阻止するわけでもなく秀と対峙する。目の前にいる相手がそう安々と翔達を追い掛けることを許さない相手だと分かるからだ。それには秀も感心した。
「追い掛けないとは結構冷静なんですね」
「追い掛けようとどのみち結末は変わらない」
「そうでしょうか。少なくともこの今起きてる事態こそが、二百代前に辿るはずだった歴史だったように感じられますが」
「それでも最後、沙南姫が殺される結末には辿り着く。今この時も全ては二百代前と同じ結末に辿り着く布石に過ぎない」
それには秀も柳泉もピクリと反応した。どうやら敵が望むことはあの最後の結末を再現することにあるらしい。ただ、それでもここまで明確に再現する理由は分からないが……
「でしたらあなたも滅びる運命にあるんじゃないですか? 兄上の力は天界そのものを滅ぼすほど。しかも二百代前に比べてさらに強力なものになってますからね。今度は魂すら消滅してしまうかもしれない」
「確かにお前の言うことも一理あるが、天界が滅びし後、多くの魂をいれる器を用意してくださったのは主上だ。その恩を忘れて主上に刃を向けるお前達を裁かぬわけにはいかぬ」
それにも秀は眉を顰めた。
仮に閻魔の言うとおり、二百代前の天界が滅びた後に多くの魂を入れる器を主上が用意したとしても、敵だった自分達までの分まで用意してくれるはずがない。
もちろん、主上以外の何者かが自分達の体を用意してくれていたとしても、現代で全く姿形の変わらない、ましてや力まで同じことが出来るなどという都合のいいことばかりが続くのだろうか。そんな奇跡のようなことが……
「秀様」
少し考え込んでいた自分に柳泉が声を掛けてくれて、彼はまた思考を戦闘へと向けていく。まずは目の前にいる地獄の大王を倒さなければ話にならない。考えるのは後だ。
「ええ、翔達なら大丈夫だと思いますが、急いだ方が良さそうですね。力を解放しますが耐えてもらえますか?」
「ご心配なく。そう簡単に足手まといになどなりません」
ふわりと柳泉の髪が揺れた後、彼女の手に火の力が集まって来る。出来るなら安全な場所に下がっていてもらいたいが、閻魔を少しでも早く倒すには彼女の力も必要だ。
秀も一度目を閉じると、周りの空気が熱を帯び始め、閻魔の周りも少しずつ歪みが発生してきた。おそらく、蜃気楼を利用して来るだろうと閻魔は構える。
「では、参りましょうか!」
その瞬間! 石の大地からいくつもの火柱が立ち上がり、それは閻魔の足場を崩した!
「くっ……!」
閻魔は足場が崩れる前に飛び上がると、火柱の中から紅い目をした柳泉が飛び出してきた!
「燃え散りなさい!」
「ぐうっ……!」
柳泉が放った火炎放射が閻魔に直撃したかと思ったが、その巨体は蒸発して跡形すら残らなくなった。つまり、その体は幻術!
柳泉はそれにハッとして後ろを振り返れば、彼女は茨の蔓に体を拘束される。
「まずは貴様からだ! 柳泉!!」
「きゃあああ!!」
彼女の悲鳴とともにその胸は閻魔の持つ刃で貫かれたが、貫いた体の感触が全くしないことに気付く。それと同時に彼女の背後から無数の火球が放たれて、貫いたはずの柳泉はフッとその場から消えた。
「ぐうっ……!」
辛うじてその火球を当たる直前に自分の力で相殺すると、炎を身に纏った柳泉はふわりと閻魔の前に降り立った。
「柳泉……!」
「秀様ほどではございませんが、幻術を見破れないほど私は弱くはございません。そして、地の利はこちらにあることをお忘れなく」
そして彼女の周りはまた熱気で揺らめく。どうやら完全に地の利は柳泉に取られており、それに蜃気楼一つ扱うにしてもこちらを欺く力量ぐらいは持っているようだ。
しかし、閻魔は感心するが焦りはなかった。絶対的な力は間違いなくこちらが上だと分かっているからだ。
「だてに南天空太子の従者を務めてはいないということか。だが、今のが蜃気楼を使った戦い方だというなら、やはりこちらの方が上手だ。それにいくら火の中にいても平気だといえど、本物の地獄の業火には堪えられまい」
その瞬間、閻魔の周りが歪んだかと思えば、真っ黒な業火が大地から立ち上ってきて、それが柳泉に襲い掛かった!
「っつ……!!」
柳泉ですら熱いと感じたとき、彼女の周りに火竜が現れ業火から守る。おそらく火竜に守られていなければ、今頃、彼女は跡形もなく消えていただろう。
「なるほど、火竜に守られていたのか。火の女神ですら魅入られなかった火竜に魅入られるとは、お前も天に選ばれておれば女神の地位を手に入れられたであろうに」
「女神の地位など必要ございません。私は南天空太子様の従者。秀様をお守りすることが私の幸せでございます!」
そうきっぱり柳泉は言い切る。しかし、それを嘲笑うかのように地獄の業火はさらに勢いを増し始めた。
「その南天空太子は先程から攻撃を仕掛けて来ないようだが、さすがにこの業火の中では堪えられないか」
「秀様は火の王。地獄の業火などには屈しはしません」
「だが、気配すら消えているが?」
それには柳泉は答えなかった。その意味を推測し、閻魔は口角を吊り上げる。
「従者をおいて先へ進んだか」
「……秀様がそれを望まれるなら」
「そうか。だが、大して時間は稼げなかったな」
「いえ、充分ですよ」
そう優美な声がしたかと思えば、みるみるうちに地獄の業火は鎮まり始め、その火は秀の力へと変わっていく。そして、秀は柳泉の前にふわりと舞い降り、彼女に穏やかな微笑みを向けた。
「よく時間を稼いでくれましたね、柳泉」
「秀様……!」
「そして、これだけの力を解放してるのに意識を保ってくれていたこと、感謝します」
「……勿体ないお言葉です」
柳泉は頭を下げた。これだけの火の力を自分の支配下に入れるにはかなりの労力を費やしたはずだというのに、目の前の主はそれを何でもないことのように告げてくれる。
ただし、あくまでもこの主は柳泉のために戦うことが第一前提だということを忘れてはいけない。これだけの火の力が彼に平伏せているのも、彼が力付くで全て捩じ伏せているからである。
「では、そこから動かないで下さいね。それと君を守る火竜には後から文句の百ぐらい言ってやりますから、きちんと君を守るように言い聞かせておきなさい」
相変わらずの言葉を吐いて秀は閻魔に向き合うと、口元に勝ち気な笑みを浮かべた。
「火と熱の力は全て私の支配下に入りました。地獄にはまだいくつもの力が存在するでしょうけど、ほぼ私の前では無力。大人しく地獄に引き上げるならこの力は発動しませんが、どうされますか?」
力は絶対的な差がついていた。秀の言うとおり、地獄の業火すら奪われてしまっては勝ち目はない。おまけに幻術の類もこの青年には通用しないだろう。
「それでも引けない」
「……そうですか。では、全力で迎え撃ちます」
秀の目は黄金の光を放った……
はい、閻魔との決着は次回に持ち越し。
圧倒的な力の差はついていますが、それでも閻魔は引かないみたいですね。
にしても、翔君や紫月ちゃんが苦戦した相手も秀が出てくるとどうも最強になってしまって……
まぁ、兄が弟より弱かったら格好が尽きませんからね。
だから、龍は秀より強い感じになってますし。
ただし、篠塚家はそうではないですよ。
啓吾兄さんは妹の誰にも敵わないところがありますから(笑)
その中でも夢華ちゃんは最強です!
ついでに龍も無邪気に凹ませますから(笑)
そんな感じで、次回は秀の視点が終わっていよいよ龍のお話かと。
さぁ、どんなバトルになるやら。