第二十九話:各々の秘密
空が夕闇に染まり始めた頃、医局では医者三人の会合が始まった。
基本、夜勤といってもよっぽど何かが起こらない限り医者達は呼び出されることはなく、看護士達や救命医達はそれぞれの居場所に控えている。
おまけにこの医局は外科と小児科専用で、他の科は派閥もある性かまずここには近寄らない。下の弟妹達にも心配されず、秘密を打ち明ける条件にはもってこいだった。
「んじゃ、簡単に俺の力を説明しとくわ。紗枝、お前高所恐怖症とかないよな」
「全くないわね」
「ならば」
特に何の動作もなく紗枝の体はふわりと浮かび上がった。しかし、この普通に考えれば異常な事象を紗枝は洋梨タルトとコーヒーを堪能しながら平然として受け入れる。
「あら、人を浮かせることが出来るの? 結構楽しい力じゃない。念動力ってやつかしら?」
あまりのリアクションの薄さに啓吾は苦笑した。自分の体が浮されてこれほど平静でいられる女は家族ぐらいだった。
さすが天宮家と長年付き合って来た性なのか、肝の据わり方も一般的なものと評価するのは失礼に値しそうだ。
「ああ、ついでに磁力系統も俺の範囲内。銃弾の雨が降ろうがロケット弾が襲ってこようが、俺はそれを止めて跳ね返すことも可能だ。ただ、使い過ぎるとやっぱり疲れるけどな」
啓吾はふわりと紗枝を下ろした。ご苦労様と紗枝は告げる。
「とりあえず、これがうちの秘密の一部だ。やっぱり偏見の目は避けられないか?」
龍の方を向いたが、どうやら彼も紗枝と同じような感覚らしく物珍しいものに向ける目すらしてなかった。
「他人は知らんがうちはその程度で人を差別するように教育してないな」
「おお、その辺うちと同じで助かった。天宮家がやけに居心地良かったのはその所為かもな」
だから妹達もあんなに心を開いているのかもしれない、と啓吾は感じていた。
今まで篠塚家が持っている力を目の当たりにしたものは、誰もが自分達の存在を異質な者としてしか見てくれなかった。
一部の超能力者に会ったこともあるが、彼等にとっても自分達はまた別というレッテルを張られていた。
だが、この目の前にいる医者達は自分の育ての親とほぼ同族らしく、力一つで人を差別するような性質ではないらしい。
「それにしても全く驚いてないようだが、俺と似たタイプの力を持ってる奴がそっちにもいるのか?」
龍と紗枝は顔を見合わせる。彼等はどう説明するのが早いかと少々困惑した表情を浮かべたが、龍は手っ取り早く行動で示すことにした。
「とりあえず俺達は離れたものを浮かしたりすることは出来ないが啓吾、机の上に乗ってくれ。紗枝ちゃんも頼む」
二人は同じ机に腰掛けた後、まるで重力がそこに存在しないかのように龍は片手で軽々机ごと彼の頭上に持ち上げた。
「おお、怪力か」
「ああ、いま病院内で出来ることはこれぐらいだ。お前を信用して全て話すが、俺達兄弟は銃弾の雨やロケット弾が直撃しようとも効きはしない。
おまけに動的な動きというものは全て一般的に超人といわれる粋まで越えている。翔と純が一撃で不良達を悶絶させることが出来るのも身体能力の高さからだ」
その説明で啓吾は納得した。怪力に銃弾すら効かない身体を持つ人間ならその辺の不良など敵ではないだろう。紫月が只者じゃないと感じていた理由はおそらくその所為だ。
「なるほどな。あんなに小さいガキでも兄と同じような力を持ってれば確かに強いか」
龍はそっと机を地面に置いた。自分の力を披露した龍は啓吾と同じように偏見の目で見るか、と尋ねるが彼は龍の力をあっさり受け入れたらしく、まずない、と笑った。
お互い、自分達が思っていたより相手に警戒心を持つ必要はなかったらしい。
いや、一緒にオペをしているときに既に感じていたのかもしれない。恋愛や友情といった言葉ではなく、言葉にならなくとも共有出来る何かを持っていたことを……
「それで、柳ちゃん達もお前と同じ力を持ってるのか?」
「いや違う。俺のはまだ念動力と紗枝が言うくらいの超能力だからな、理解される奴には理解されるさ。だが妹達はそうはいかない。
龍、ここからの内容はまるでヨタ話にしか聞こえんだろうがそれでも聞いておくか?」
「無理にとは言わないがオペの相棒としては信頼してもらえると嬉しいな」
もう何でも受け入れる精神なんて持ち合わせている、と言われているようなものだった。どうやら啓吾が思ってた以上に、この龍という男はでかい器の持ち主らしい。
そう言われては仕方がない、降参という表情を浮かべて啓吾は語り始める。
「分かった。んじゃ、どこかネジの外れた夢想家の話とでも思いながら聞け。魔法は現代に存在したんだよ、つまり俺の妹全員魔法使いだ」
これは意外なところを突いてきたな、と二人は目を丸くした。それでも可愛い魔法使いには違いないな、と紗枝はそう考える余裕はあるが。
「魔法って火を出したりするあの魔法か?」
「ああ、現代の思想ならそうとしか説明がつかないな。あいつらはそれぞれにタイプの異なる力を持っている。
コントロールすることは全員出来るんだがなんかこうな……まだあいつらにはなんかありそうでさ……」
上手く言葉に出来れば苦労しないんだが、と啓吾は右足を大腿の上に乗せて右膝の上に頬杖をついた。
「確かに魔法となったら予測するのは厳しいな」
「そうね、純君みたいに寝ながら浮いてる夢遊病といい勝負かもね」
「なんだ? 天宮家の末っ子は寝ながら浮いてるのか?」
「ああ、時々体に電磁波かな、そんなものまで出てる」
現実を知らない者達が聞けば、間違いなく精神科に三人とも送られそうな話を繰り広げている。しかし、それが事実なのだから仕方がない。
「一体、末っ子はどんな夢を見てるのかねぇ」
「天界だってよく言ってるな」
「あの神様の世界とかいう?」
「みたいだな。ただ、北天空太子、あいつはそう呼ばれるらしい。そんな名前聞いたことないだろ?」
今まで書かれてきたお伽話の中にそんな名前があればまだ調べてやれることもあるが、史上、そんな神の名も妖怪もましてや人間も存在していない。
まだ四海竜王や四神、または仏教の四天王などそれぞれ四方を守護する名前でも出してくれた方が末っ子の知識向上に役立つのになぁ、と龍は相変わらずなことを思っていた。
「あら、どうしたの啓吾、考え込んじゃって」
「ああ、なんか柳や夢華も同じようなこと言ってたなと思ってさ。ちなみにあいつらは従者らしいんだがな……」
そして自分も……、とはあえて言わなかった。夢と現実の混同はまだ避けるべきだとそう直感が告げていたから……
医者三人組は本当何でもありな御様子で…。
何より紗枝さんはちゃんとした普通の一般人なんですが、一番あっさり受け入れています。
これも第三者の立場だからこそ二人の気持ちを理解してあげられるようです。
さてさて、医者達はどんどんこの話の真相に近づいていってます。
このあとは一体どうなるのでしょうか?