第二百八十九話:力技
意識が戻って行く前、龍は沙南の気配を身近に感じていた。空の中にある太陽が暖かい陽射しを放って、自分をふわりと包み込むような感じがする。
ああ、この感じは知っている、そう思ったときに視界は完全に開けた……!
攻撃を仕掛けられる隙はあった。肩に刺さった剣を引き抜いて、流れて来る血に若干視界が揺らいだとしても、立てないわけではない。
ただ、そうしなかったのは、自分が得ようとしていた天の力がさらに強まって来たのを感じたため。天を望むものとして、神はそれを見てみたくなったからだ。
「……ついに完全に覚醒したか」
「主上……」
空間を裂いて現れた人物に神は心の中で舌打ちした。これだけの力を有する天空王の力を感じ、その魂がふらふらと引き付けられたというところだろう。
事実、主上の目は獲物を見つけた肉食獣のように輝いている。
「天空王は私の好きにしてもいいとおっしゃってませんでしたか?」
皮肉に満ちた声で神は尋ねるが、主上はそれには答えなかった。どうやら、彼の予測していた順番が狂ったらしい、じゃなければ自らこんな場所には来ないはずだ。
「やれやれ、私に完全覚醒させられるはずがないと思惑が外れたというとこか」
かといって、今ここで主上と争うつもりはない。龍との戦いでかなりの力を消耗し、身体も少々休まなければこの後が面倒だ。なんせ、啓吾と桜姫も近付いて来てるとなればあの二人のことだ、間違いなく自分を葬り去ろうとするだろう。
神は立ち上がりると、空間に歪みを作った。
「引くか……」
「ええ、そうさせてもらいます。完全に覚醒した天空王と戦うのは分が悪いですし、天空王があなたの予知を狂わしてるならまだ私にもチャンスはあります」
「チャンス、か……。残念だがお前ではこの力は制御どころか取り込むことなど不可能だ」
「さぁ、それはどうだか……」
神は微笑を浮かべ、空間の中へと消えて行った……
その頃、閻魔と対峙していた翔と紫月は、地獄の何丁目にいるのか分からないほど、ぐるぐると回る世界に吐き気すら覚えてきた。
ただ、それでも意識を飛ばさないあたり、さすがの精神力の持ち主というところだが……
「うわぁ……、もう地獄の何丁目まで来たんだろうな……」
「知りませんよ……。幻術と分かってるだけ痛みも暑さも感じなくて助かりますが、この視界だけはそろそろ勘弁していただきたいですね……」
紫月がそうこぼすのも無理はなかった。
針の山やら骸骨が転がってるぐらいなら何とかなるのだが、血やヘドロまみれの手が自分達に触れようとしてきたり、舌の長い人間が自分達を嘗めようとしたり、どす黒い血のような空間がグルグルと回るような世界にいてはさすがに気持ち悪くなる。
「いっそのことギロチンに首を落とされるような光景に出会った方がまだマシだよな」
「そうですね、精神崩壊を起こすこともないですし」
幻術と分かっている性なのか、普通なら誰もがお断りなことすら二人は平然だと言ってのける。この気持ち悪い光景よりはまだマシだと言わんばかりにだ。
「だけど紫月、閻魔大王をどうやって引っ張り出す?」
「そうですね、挑発程度では出て来てくれないでしょうし、かといってこちらが緊張を完全に解かない限り、攻撃も仕掛けてくれないでしょうから困りましたね」
「いやだな〜、完全に長期戦に持ち込む気か」
「利口な手口ですよ。少なくとも私達の足止めには成功してるんですから」
自分達を足止め出来るだけでも充分戦況は変わって来るのは確かで、うまくいけば自分達さえ倒すチャンスが巡って来る可能性もある。
もちろん、そんなチャンスをくれてやるつもりはないが、このままの状況を打破するとなれば方法は一つだけ。
「紫月、俺の力を完全解放していいか?」
結局そうなるのかと紫月は肩を落とした。相手が幻術を解くつもりがないなら、この辺り一帯を吹き飛ばして術者そのものを巻き込んでしまえばいい、と翔は考えたのである。
ただし、翔の力の解放となれば、当然自分も何らかの影響は受けてしまう。それだけは御免なので、紫月はあまり期待出来ないが忠告だけしておくことにした。
「……暴走しないという約束なら」
「大丈夫だって!」
「翔様の大丈夫ほど信じられないものはありません」
「おい、それって従者としてどうなんだよ……」
「さして問題はありません。風の力のコントロールが従者より下手くそな主を持ってるんですから、信じられないというのは一つの解答として認められますよ」
実に的を得た答えに翔はうなだれる。こういった物言いは本当に秀と同じだと思う。
ただ、彼女の優しいところは真剣にならければならない時には、きちんと従者としての言葉も付け加えてくれることだ。
「ですが、この幻術を吹き飛ばすしか道はなさそうですしね。やるならきちんと閻魔を引きずり出してください」
そう告げて向けてくれる笑みに、翔もニッコリと笑い返す。
「何だかんだで紫月って俺のこと信じてるよな」
「運頼みです。まぁ、天は味方してくれてますから勝率は良さそうですし」
「だったら勝てる!」
その瞬間、翔の目が黄金に輝いたかと思えば、爆風が生まれてこの辺り一帯をたたき付ける! それは当然閻魔にも当たり、空間の一部が若干歪んだことを紫月は見逃さなかった。
「ぐっ……! 解放してきたか……!」
体に叩き付けるような風に閻魔は顔をしかめるが、それでもまだ倒すことは敵わない。閻魔もこの風を跳ね返すべく力を溜め始めた。
「この程度なら……」
閻魔はすっと腕を伸ばし、竜巻に包まれているだろう翔の気配を感じ取った。これだけの力を解放しているのだ、おそらく自分を感じる力は弱まっているはずだ。
「地獄でまた会おうぞ、西天空太子」
力が凝縮された真っ赤な光弾が、まるで空間ごと歪めたような不協和音を立てて作られていき、閻魔がそれを放とうとした瞬間!
「閻魔!!」
「覚悟!!」
「くっ……!!」
突如、背後から斬りかかってきた少年達に気付いて閻魔は辛うじてそれを避けるが、真っ赤な光弾はその瞬間に拡散してしまった。
そして、一度は空を斬った剣閃も止まることなく再度振り下ろされ、刃の交じる音が高らかに響き渡った!
「北天空太子!」
「よそ見してる場合ですか!」
さらに爆風の中から紫月が飛び出してくると、彼女は風を纏った蹴りを閻魔の側頭部に叩き込み、巨体は石の大地で数度跳ねて止まる。
「紫月!」
「紫月姉様!」
やっと合流出来た、と純と夢華はパアッと表情を明るくすると、紫月も穏やかな笑みを浮かべる。
「助かりました、北天空太子様、夢華」
紫月は二人に頭を下げると同時に少しずつ風が治まり、その中から勝ち気な笑みを浮かべた翔が飛び出してきた。
「よっしゃ! 幻術が消えた!」
「お疲れ様でした。翔様にしてはよく頑張りましたね」
「おい、俺はかなり頑張ったと思うが……」
「まだこれからですよ。閻魔は倒れてませんからね」
四人が視線を閻魔に戻せば、どうやら地獄の大王様はかなりお怒りらしい。さすがにこれ以上はふざけている場合ではなさそうだ。
「純、夢華、二人はここから離れてろ。ここは俺と紫月で食い止めるから、お前達は兄貴が天界を滅ぼしたあの場所に行ってくれ!」
「えっ! でも!?」
「弟は兄の言うことを聞くもんだ。まだ嫌な予感が離れないんだ、主上が明らかに二百代前を繰り返そうとしているなら、必ず最後の場所で何かが起こる! だからお前達は」
「行ってきなさい。ここは私と柳泉が引き受けます」
「えっ……?」
四人が後ろを振り返ると、そこには秀と柳泉が立っていたのだった……
すっかり更新が遅くなってすみませんでした!
ちょっと今回はお話に悩んでまして……
さて、龍の力が完全に覚醒したと分かれば姿を表した主上。
どうやら龍を乗っ取るために来たみたいですけど、どうも龍の覚醒の時期は彼の予知を超えるいるみたいで?
おまけに神も結構冷静に引いていますが、まだ龍の力を手に入れるチャンスは狙ってるみたいですね。
多分すぐに出てくることでしょう。
そして、閻魔の幻術を何とか退けた翔。
紫月ちゃんにつっこまれていたのは二百代前からのお約束だったみたいですね(笑)
だけど、幻術が消えたとしても閻魔は当然やられてくれません。
そこに天空記一、おいしいところをさらっていく最悪な次男坊と癒しの柳泉が登場!
さぁ、次回は荒れますよ〜(笑)