第二百八十七話:天の意志
それは急に暴走を始めた。天の力をほぼコントロール出来るようになってはいたが、いきなり自分の中から抑えきれない力が溢れ出し、それは爆発を起こした。
ただ、世界をまた滅ぼしたような感触はなく、まるで世界と世界の間にでもいるような感覚が自分を包み込んでいる。
『……天空王』
自分の意識の中に現れた同じ顔をした王は、黄金の瞳を輝かせたままこちらを見据えている。世界が終わらなかったのも、きっと彼のおかげなのだろうと思った。
『……龍』
『すまなかった。完全に天の力を従わせることなど人間の驕りだということを忘れてたよ』
『それほど沙南達を守りたいのだろう?』
『ああ。ここで俺が負けてまた沙南を失いたくはないと思った。だが、それが今の状態だ』
情けない、そう龍は思う。どんな力でも、それに溺れては本当に守りたいものを守れなくなることなど分かっていたはずなのに、いつの間にか戦うことに集中し過ぎていたのだ。
しかし、天空王は口元に笑みを象った。自分の二百代後は、もう同じ過ちを繰り返しはしないだろうと……
『龍、お前なら必ず俺と違った結末を迎えてくれると信じている。それは天の願いでもある』
『天の?』
『そうだ。あの最後の戦で、何故俺が天界そのものを滅ぼしたのか、いや、何故天は俺に反応したのか分かるか?』
あの時、沙南姫が自分の目の前で貫かれて崩れ落ちたが、それでも彼女は自分を愛してると、また会えると告げてくれた。
だが、彼女が事切れた瞬間、全てが終わったような気がした。まるで自分だけじゃなく、天そのものが太陽を失ったことを嘆き悲しんだような……
『……まさか!!』
龍はここに来てようやく天界が滅びた真実を知った。いや、思い出したのだ。あの時、自分が全ての滅びを望んだのではなく、天そのものが世界を滅ぼすことを望んだのだと……
『……天は太陽を愛していた。だから沙南姫が殺されたとき、俺は天の意志に同調し、全てが消えたんだ……』
天空王が告げた言葉に龍は何も答えを返すことが出来なかった。
沙南姫を失ったことで力がコントロール出来なくなったことも、天の意志も、全ては二百代前の自分が沙南姫を守りきれなかったことが原因なのだ。
しかし、それでも龍は前を向いた。今、天宮龍として守らなければならない大切な人がいるのだから。
『天空王、天の意志は俺をこのまま暴走させて、沙南姫を殺した奴もろとも、全てを消し去るのが望みか?』
『分かっているのに聞くのか?』
天空王は不敵な笑みを浮かべると龍は苦笑した。こういうところは二百代前から変わっていないらしい。
それから天空王は真剣な目を龍に向けて語り出す。
『人が天を従えさせることなど確かに愚かな考えだろう。だが、天の意志を知るお前ならそれが出来る。太陽を愛せ、そして守れ』
その時、意識の中の世界に波紋が広がった。この感覚はこれから戦うべき相手が傍に来ているということ。
『主上が近くに来てるな。勝てるか?』
『勝たなければならないだろう? 俺は欲深いんだ。これでも二百代前は王だったんでね』
今度は龍が不敵な笑みを返した。きっと大丈夫だ、必ず龍は全て終わらせてくれる。天空王はその思いを託すため、龍に彼自身の力を完全に解放させる。
『そうか。ならば……!!』
一方、青き光に包まれていた世界はまた赤い空と殺風景な石の大地が広がる世界へと戻る。
先程まで激しい攻防戦が繰り広げられていたがそれは一旦静まり、気絶したもの以外は開けてきた世界に少しずつ感覚を取り戻していく。
「何だったんだ、今のは……」
「天空王様の力だろう。ご無事だとは思うが……」
宮岡の言葉に土屋は答える。ただ、今の二人は天空軍の将軍としての出で立ちであり、意識も完全に二百代前の自分へと戻っていた。
そして、また最前線で刃の交わる音や砲撃音が聞こえ出して来たとき、彼等の背後から少年とその従者が降り立ち声をかける。
「淳将軍! 良将軍!」
「純太子! 夢華殿! ご無事でしたか!」
二人は主達が無事であることを喜び膝を折る。それからまた轟音が至るところから響いて、爆風がこちらに叩き付けながら通り過ぎていった。
「それより淳将軍、戦況は」
「五分五分です。勢いはこちらがありますが、数は敵の方が圧倒してますから」
「森将軍の部隊からの伝令は?」
「先程の光で意識を失ってなければそろそろ到着する頃かと」
そうか、と純は頷いて周囲を見渡す。先程の光は少なからずとも威圧感を与えるものでもあった。生半可な精神の持ち主ではとても堪えられるものではなく、数もこちらの方が少ないというなら戦局が不利になる可能性もある。
「今戦ってる敵の大将は分かるか?」
「閻魔かと」
「そうか、地獄の番人が出張ってきたか」
少し厄介だな、と思い純は夢華の方を向けば、彼女はすでに自分がしたいことを理解しているようで強い瞳でこちらを見てくる。それに純は強く頷いた。
「夢華、閻魔を倒し敵の勢いを削ぐ。歴史を変えるぞ」
「はい!」
夢華がキリッとした声で答えると、二人は戦場を駆け抜けて行くのだった。
そして、主上を追い詰めたところで逃げられ、すっかり力を使い果たした啓吾と桜姫は、天空軍の兵達から治療を受けた後、急いであの儀式の間へと駆け出していた。おそらく、あの力を感じた主上が取る行動は一つ。
「桜姫、龍の意識は感じられるか?」
「御無事ではいらっしゃいますが、先程の天の力をコントロール出来るまで主の力は……」
「ちっ! 神の奴が出てこないところを見れば力を奪われちゃいないんだろうが……」
「啓吾様、その事で一つ疑問がございます」
「なんだ?」
耳だけ桜姫に傾けると、彼女はこれまでの事を踏まえて推論を語り出す。
「天空記の内容によれば神子というのは神の事を指しています。だとすれば当然、神は主の天の力を奪えば操れるはず。ですが、おかしいと思いませんか? あれほどの爆発が起こったにもかかわらず、主が天の力を奪われた感覚がないのです」
「奪い損ねた、ってわけじゃなさそうだよな」
「はい、仮にもあの儀式の時、主の力を暴走させたのは神です。もちろん、主のお力ですから全てを操る技量がなくとも、私より天の力を操る適正は高いはず」
その通りだな、と啓吾は思う。主上の力が天の属性を持つなら、当然その子供であった神も操る才はあったはずだ。
しかし、先程の龍の力が暴走したその隙を逃してそれを少しも奪わないようなことを神がするかといえば、とてもそうとは思えない。
「啓吾様、もしかしたら神の目的は……」
桜姫が告げた推測は、いかにもあの男の狙いらしい、と啓吾は思う。
そして、その答えがすぐ傍まで迫っていた……
最近お話が少し重たい感じになってる天空記です。
早くガンガンバトルなり恋愛なりして欲しいところ。
まぁ、その鬱憤を番外編で晴らしてるけど(笑)
さて、久しぶりに天空王と龍の意識の中での対峙。
天界を滅ぼしたときの力の爆発の原因がようやくはっきりと書かれました。
天の意志も手伝って大惨事になってしまったのですね……
だけど、どうやらもう暴走しないような感じになってきましたし、決着も近いかな?
そして、桜姫の推論。
これが最後の鍵を握りそうな感じに。
だけど、お話はまた脱線しそうです……