第二百八十五話:乱戦
神宮の儀式の間では龍と神の戦いが繰り広げられていた。両者とも一歩も引かず、ぶつかる力はさらに増幅し空気を振動させる。
「はあっ!!」
「くっ……!!」
三尖が龍の顔の真横を通り過ぎ、神は空いた左手で龍の胸に神通力をたたき付けるが、直撃を喰らう前に龍はその力を相殺した。
そして、その力の衝撃は二人を別方向に弾きとばすが、すぐにまた斬撃が響き渡り、光りは真っ白な部屋を赤く、青く、最後には太陽の光の色に変わって弾ける!
「天空王……!」
呼吸が少しずつ上がると同時に、神の纏う滅びの力はどす黒い血の色のオーラとなって現れ、さらには真っ黒な雷光までもが体中に走り出していた。
だが、それに比例するかのように、龍の力もドンドン膨れ上がっていく。いや、寧ろ先程から引き出されているといった方が正確か。きっとその原因は……
「神、お前は主上を利用しているのか、それともされているのか」
「何を……」
「お前は確かにいくつもの民族を利用してきたが、その力は自分で引き出しているものじゃないだろう」
ピクリと神の表情は歪む。龍のいうことはまさに事実で、神自体も力を引き出されている感覚には陥っていた。
ただ、たとえ誰かに引き出されていようと、龍を討ち取り天の力を奪ってしまえばその引き出されている力すら超えられるが……
「お前は実の親に利用されて」
「体は私の親でも魂は別人だ。私の親は二百代前、私を滅びの神へと堕とす前にはとっくに消されていたからな」
その事実を知り、龍の表情も僅かに歪む。だとすれば、すでに自分が天空王になる前には主上という存在は消され、自分達はずっと今、主上と呼ばれている人物の盤面で躍らされていたことになる。
しかし、神とて馬鹿じゃない。その程度のことは気付いているはずなのに、何故主上の思惑通りに動いているというのか。
その時! さらに神は力を上げてそれを龍に叩き付ける!
「だが……!」
「くっ……!」
「あいつも完全にはなれなかった。たとえ光帝を殺して天の力を意のままに操ろうとしても、天に受け入れられない存在だからな!」
「どういう……!」
尋ねる前に斬撃がこだまし、また光が弾ける!
「沙南姫が覚醒した。お前の天の力、全て頂く!」
二人は再度ぶつかった……
一方、二百代前、最後の戦場にそれぞれ飛ばされていた一行はまさにあの時と同じ会話を再び繰り広げていた。
黒曜石を磨き込んだような甲冑を身につけた北天空太子こと純は、完全に意識を二百代前にもっていかれており、その瞳は黄金に変わっていた。
そんな彼の元に、彼を守る天空族・北の軍の重鎮は必死な形相を浮かべてに純を説得する。
「北天空太子様! これ以上前線に出てはなりませぬ! 天空王様がここを守るようにと」
「戦局は今こちらがおされている。私が前線に赴けば必ず隙も出来よう。そなたに咎めがいかぬようにするゆえ、快く行かせてくれ」
「しかし!」
「心配いらぬ。そう簡単に負けはせぬよ」
「ですが!」
「いってらっしゃい、純太子」
ふわりと薫る優しい緑の匂い。碧眼に緑色の衣を纏う美しき女神は、それは優しい顔をして純の元へ歩み寄ってきた。
「紗枝殿!」
「自然界の女神様! お体は!!」
「問題ないわ。それより早く行ってあげて。全てが消えてしまわないように……」
そっと頬に触れる優しい指先は心配を表しているが、それでも今、この少年を止めることは出来ないと彼女は分かっていた。
それを感じているのだろう、純は自分の頬に触れてくる指先にスッと自分の手を重ねて穏やかに微笑んだ後、心から感謝の意を述べた。
「かたじけない。夢華、行くぞ!」
「はい!」
純は傍に控えていた従者に命じると、二人は戦場へと飛び出していった。
そこへちょうど入れ違いに沙南姫も紗枝と合流する。
「紗枝殿!」
「沙南姫、ご無事でしたか!」
「はい! ですが戦況は……!」
「沙南姫、全ての意識をこの世界に捕われてはなりません。天界は一度滅び、そしてここはあくまでも主上が作り上げた仮の世界に過ぎない。だとすれば必ず、あなたか天空王が狙われるはず」
そこへ一羽の光り輝く鳥が紗枝の手の上に止まり、彼女はその鳥から情報を受け取るとまた鳥は羽ばたいていった。
「沙南姫、あなたを捕らえに来る軍勢がこちらに向かって来ています。二百代前、あなたがここで捕まらなければあの悲劇を回避することが出来るかもしれない」
「くっ……!」
それは思い出したくもない記憶。自分はこの戦で捕まり、慰みものとして扱われ、何とか逃げ出して龍を庇って神に刃で胸を貫かれた……
龍が天界を滅ぼす力を発動させてしまったのも全ては自分の性だ……
「だけど、今度は私があなたをそんな目は遭わせはしません」
その直後、大地を叩き割るような轟音が響き、グリフォンを従えた兵達がこちらへ突撃して来るのを視界に捕らえた。
「夜天族だ! 全兵何としても奴らを討ち取れ!!」
「うおおおおおっ!!!」
北の軍は勇ましく夜天族の群れに突撃していく。さすがは連戦連勝の猛者達といえようか、そう簡単にやられはしないが圧倒的にこちらの不利は目に見えている。
ただし、それを即座に判断した重鎮はすぐに沙南姫と紗枝の前に膝を折って告げる。
「沙南姫様! 自然界の女神様! ここは危険です! 急いでお逃げ」
「ここにいる北の軍の親衛隊は沙南姫様を守ってなさい」
「紗枝殿!」
「沙南姫、夜天の愚か者は私が滅ぼして来るから、あなたは自分の身を守り天空王ともう一度会うことを考えなさい。いいえ、もう向こうが離してくれないかしら」
ニッコリ紗枝は笑みを浮かべると、ふわりと舞い上がり夜天族の中心へと向かう。
途中、彼女を捕らえようとグリフォンが向かってきたが、自然界の女神の前にグリフォンは威圧され、飛ぶことすら許されなくなった。
「自然界の女神だ!」
「裏切り者を討ち取れ!!」
「ダメだ!! 女神は捕らえろとの命令だ!!」
地上では兵士達が紗枝を捕らえようと矢を放つが、彼女の周りに無数の岩が集まり矢は呆気なく折られる。
そして、紗枝は碧眼を輝かせ、自然界の女神としての威圧感を放ち兵士達の戦力を削いだ。
「色欲にまみれた愚か者共が……! 二百代前の報い、ここで受けてもらう!」
そう告げた瞬間、大地が砂に変わり、夜天族の兵達の足場が崩れ、さらには体内から水分が奪われていく。
「かっ……!」
「水……!」
それだけ呟いて夜天族のほぼ大半が崩れ落ち、残った兵はあまりの恐怖にその場から逃亡し始める。
「逃さぬ……」
戦意を失ったとはいえ、また他の民族に合流されては面倒だと紗枝は逃亡兵の行く手を阻むため、砂となった大地から無数の蔓を召喚して彼等を縛り付けた。
「さて……」
紗枝は力を沈めて沙南姫のもとへ舞い降りる。
「紗枝殿……」
「まだこれからよ。今、啓星と桜姫が主上と戦ってるのでしょう? 少なくとも主上が滅びない限りこの戦は終わらないはず。だけど、きっとあいつなら……」
誰よりも愛しき者の勝利を、紗枝は心から願うのだった……
今回は自然界の女神様こと、紗枝さんがとんでもなく暴れてくれました!
本当、生と死を司る女神様なのでとんでもなくお強い。
そりゃ二百代前、彼女に参戦してほしくない輩が彼女の力を奪いたくもなりますよね。
そして、龍と神の戦いも相変わらず続いております。
どうやら今、主上と呼ばれている人物は龍が天空王になる前には既に変わっていたらしく、神もそれに躍らされているのではとの疑問が浮上しておりますが??
一体、この主上と言われている人物、どれほどの力の持ち主なのか。
でも神以上の力の持ち主だとすると啓吾兄さんと桜姫、大丈夫なのか!?