第二百八十二話:天か滅びか
それは二百代前、最後の戦いのこと……
風が通り過ぎる殺風景な場所は、先程まで岩山が存在していた。しかし、重力と滅びの力が激突し、そこはただ、石の大地が広がる場所と変わり果てていた……
桜姫が天空軍に攻撃を仕掛けたと聞いた天空王は、黄金の目を輝かせて力を解放し、神を一瞬のうちに重力で縛って重傷を負わせて立ち去った。
「くっ……! 天空王が……!」
額や肩、そして大腿から血を流し、全身の筋肉が痙攣させられる。地に倒れたまま動けなくなった神は、天の力を解放せず自分をここまで追い込んだ天空王の存在に怨みを覚えた。
「何故、あの男は……!」
神でも何でもない、ただ一民族の長。しかし、彼は天を治める力を持ち、天に愛される王となった。それは神族でも主上しか持たない力であり、本来なら自分も持てる力であったというのに……
「あの男の力さえ手に入れることが出来るなら……!」
そう呟いて、神はその場から消えたのである……
神宮のさらに内部に向かうため一行は走る。ただし、龍達が話し込んでいる間に神兵達も体制を立て直していたらしく、迎撃準備万端だったのだが……
「どっけどけ〜〜!! 天空軍のお通りだぁ〜〜!!」
「うわあああ!!!」
我先にと風の力を纏って神兵を蹴り飛ばしていく翔は只今絶好調である。それに溜め息をつきながらも付き合ってる紫月は、自分に飛び掛かって来る鋭い牙と爪を持つ化け物を鎌鼬で切り裂いた。
しかし、悪の総大将の表情は眉間に皺を寄せて微妙である。
「主、どうなさいましたか?」
「いや、翔のあの物言い、注意しとくべきなのかどうなのかとな……」
いくら敵のアジトといえども、少々調子に乗りすぎなのではないかと思うが、桜姫は心配いらないと告げる。もちろん、彼女も心の中では壊滅させても構わないと思っているのは内緒である。
そして、今現在断トツで神宮を破壊している次男坊は、その二人の戦いぶりを見ながら龍に尋ねた。
「ですが兄さん、神宮の中に入って力を押さえられるどころか上がってませんか?」
「確かにな。三分の一はお前達が破壊して封印が緩んだとしても、あの力はまるで……」
「……故意に西天空太子に近付けさせられてると?」
「ああ、あくまでも可能性だけどな。それに覚醒せずにあそこまで力を奮ってくれるなら有り難い。それに万が一覚醒したとしても被害を被るのは向こうだけだ」
「そうですね」
秀は眉尻を下げて笑った。普段は気苦労を背負うだけ背負っているというのに、こういうところだけは強気なのが龍だ。ただ、だからこそ自分達は安心して暴れられるわけなのだが。
そして、先行している翔と紫月は、さらに風の力で敵を吹き飛ばして気絶させていった後、視界に巨大な石の扉が入ってきた。
一般人の力ではとても開きそうにないが、そういった考えがない少年は楽しそうに一言告げる。
「おっ! 壊しがいのありそうな扉発見!」
「翔君、扉は壊すものじゃなく開けるものです。それにまた破壊して天空記の本文が消し飛んだら龍さんがキレますよ?」
紫月は一般的な考えをきっちり教え、さらに後の起こり得るであろうことを忠告する。
ただし、神兵に拳打を繰り出しながら翔は一理ある疑問を口にした。
「う〜ん、だけどさ、どうせ神の奴をぶっ飛ばすのに読む必要があるのか?」
「龍さんは翔君と違って知的好奇心がありますからね。ただ、戦いのためだけで天空記を読んだわけはないと思いますけど?」
「おい、それって俺が馬鹿みたいな……」
「敵を倒す前にする行動ではないでしょうね」
どのみち知性が欠けているという答えに、翔はぐうの音も出なかった。しかし、さすがの翔でもあの重さを何とかするのは難しい。
「龍兄貴! 力貸してくれ!」
「ああ、そのまま押せ!」
「押せって……えっ、だあっ!?」
翔は勢い余って思いっきり転んだ。なんせ、石の扉の重さが全くなくなってしまったからだ。
その光景に龍は溜息をつき、翔の後ろ襟首を掴んで起こしてやった。
「バカモン、暖簾に腕押ししたら転ぶに決まってるだろう」
「見た目ってもんがあるだろうが! いくらなんでもここまで軽くすんなよ!」
気持ちは分からないでもないが、龍にかかれば石の扉も軽くなるのは予想できることである。しかも普段からの油断癖まで指摘され、やっぱり自分は不幸だ……、と翔はうなだれるのだった。
それから改めて部屋の中を見渡せば、そこは二百代前と全く同じ光景だった。
「……なんだ、この部屋は」
「また気に入らないですね。兄さん、破壊して構わないでしょう?」
啓吾と秀がそう述べるのも無理はない。実際、龍も桜姫も心穏やかでいられる場所ではなかった。
「主、ここは……」
「ああ、俺が天空王に即位したあの場所だ」
石造りの手摺りから見下ろせば真っ白な空間が広がっている。かつて、龍はその真っ白な空間の中心に立ち、自分の負の力が暴走して桜姫にそれを封じ込めたのだ。
龍は上着を桜姫に預けてその真っ白な空間に降り立とうとした時、沙南が龍の腕を掴んだ。
「龍さん……」
不安そうな目で龍を見上げる。あの時みたいに、また龍が苦しむような気がしていたから……
しかし、龍は穏やかな笑みを浮かべてそっと沙南の手を掴んだ。周りは邪魔してはいけないと珍しく静かである。
「大丈夫。もう、あの時のようなことにはさせやしない。それにここであいつを倒しておくべきだったんだ」
「龍さん……」
龍は沙南の手を離すと、一気に纏う空気を重たいものへと変えた。それは天を操る王としての風格を醸し出す。
「全員ここから離れていてくれ。巻き込まない自信がない」
そう告げて龍は真っ白な空間に飛び込むと、相手を威圧する目を上空にむけて低い声でそこにいる人物に告げた。
「いるんだろう、出てこい」
その瞬間、上空の空間を切り裂いて、三尖を持った神が姿を表す。それを見ていた一行にも緊張が走る!
「やあ、天空王。やっと君と対峙できることを光栄に……!!」
力が言葉を遮った! 龍の目の色が黄金の輝きを放ち、神の体に巨大な重力が叩き付けられる! それは神の服に小さく綺麗な裂け目をいくつか作ったが、その体を壊すことは出来なかった。
「おいおい、いつからそんなにせっかちになったんだい?」
「黙れ。もう桜姫を殺すことも、そして沙南を失うわけにもいかない。お前は全力で倒させてもらう!」
そして、天は弾ける……!
強烈な青い光の柱が立ち上った後、その光の中から天を統べる王が姿を現す。二百代前より、さらに力を増した王の姿がここにある!
「……まったく、生意気だな。天空王!」
禍々しいどす黒いオーラに赤い雷光が神を包み、三尖も白銀の光を放ち始めた。それを確認し、龍も自分の剣を抜きスッと構える。
「その天の力、今度こそもらうよ」
その刹那! 斬撃はひとぐ澄んだ音を響かせた!
天と滅びの力はついにぶつかる……!
さぁ、ついにぶつかった龍と神!
一体どんなバトルを繰り広げてくれるのか、作者もきちんと書けるのかと……!
そして、二百代前の戦いでは、やっぱり天空王の力はかなりのものだったみたいですね。
神が一度やられていたみたいですから。
もちろん、この続きもちゃんと書いていく予定です。
それに今回も翔はやっぱり三枚目を演じています(笑)
彼は間違いなく天空記で一番動いているキャラクターではありますが、何故かかっこよさに欠ける不幸な少年に……
だけど、最終回までには少しはかっこよくしてあげたいなぁ(笑)