第二百八十話:壁に記された文字
啓吾は空を見上げた瞬間、涙目になって落ちて来る夢華を発見した。純はそれにいち早く反応して、崖の上から空中に飛び出し夢華をキャッチする。
「わっ!」
「大丈夫? 夢華ちゃん」
「うん! ありがどう、純君」
羽のように軽い夢華に向けてふんわり笑う純に、夢華の胸はトクンと鳴る。それに心なしか少し頬が熱い気がして、ちょっと抱えられているのが恥ずかしい。
「どうしたの?」
「なっ、なんでもないよ! ちょっとすっごい体験しちゃったからびっくりしちゃったの!」
そんな夢華の様子に啓吾は一つ青筋を立てるが、傍に落ちてきたシュバルツと土屋の重力を操つり無事に着地させた。
そして、ここに夢華達が来てるということはと辺りを見渡せば、彼は二つ目の青筋を立てることになる。
「きゃっ!」
「紗枝ちゃん、無事だったか」
なんで三男坊が紗枝を受け止めてんだよ、と抗議したいところだが、紫月を受け止めるんじゃないかと思ってまた一つ青筋を立てた。
しかし、それは紗枝も同意見らしい。悪戯な笑顔を浮かべて翔に告げた。
「ありがどう、翔ちゃん。だけど、紫月ちゃんをキャッチ出来なくて残念だったわね」
「紫月は飛べるから大丈夫だろ? だけど、あっちは悲惨だよな……」
「いいんじゃない? 馬鹿なんだから」
ストンと翔の腕から降ろしてもらい、紗枝は花壇に頭から突っ込んでいる森に同情もせずに答えた。おそらく、死んではいないだろうと思って。
それから紗枝はシスコンに目を向けると、彼は飛び込んできた光景に青筋どころかどす黒い死のオーラを放っていた。原因はすぐ傍にある。
「柳さん、しっかりしてください!」
秀は必死に呼び掛ける。秀が柳をキャッチした途端、柳の体は強い光りを放ち、覚醒が解けて一糸纏わぬ姿となったのだ。
もちろん、独占欲の強い秀が彼女の裸体を誰にも見せる訳がなく、すぐに上着をかけて自分の中に閉じ込めてしまう。というより、一番危ない人物は埋まっているので燃やす必要がなくなった、といった方が正確だが。
それから何度か秀が呼び掛けると、彼女は反応しゆっくりと瞼を開ける。
「……あっ、秀さん」
「はい、よかった……」
秀はその柔らかい身体を抱きしめ、それは満足そうな笑みを浮かべる。さらに頬や額にキスの雨を降らせれば柳は頬を赤く染めていくが、ふと、自分の状態に気付いて彼女は茹蛸になった。
覚醒した後のお約束、自分は裸体なのである……
「って!! 私!!」
「ああ、心配しないで下さい。ここは神宮ですから服の一つや二つ、それに寝室の一つや二つありますから」
寝室の一つや二つとは一体どういうことだ!?、とつっこんでやりたいが、自分を堪能する秀には突っ込ませてくれる隙がない。そこにキレた啓吾が突っ込んでいって、また騒動が始まった。
だが、一番の問題は龍にキャッチされた沙南だった。互いに思いが通じたばかりで、さらに昨日の記憶も二人の間に鮮明とフィードバックされては真っ赤になるなという方が無理だ。
「沙南ちゃん……、えっと……」
「りゅ、龍さん! お、おはよう……!」
出てきた言葉が何で朝の挨拶なんだ、と沙南はもっと言うべき言葉があるのではないかと思うが、龍も何も思いつかないのだから挨拶の言葉が出ただけで素晴らしい。
「ああ……まさかこっちに来るとは思わなかったけど」
「そうね。だけど来ちゃったみたい……」
何だか見ているだけで恥ずかしくなる二人だな、と誰も告げないが、誰もが同意見である。
そして、沙南を降ろして龍は傍にふわりと降り立っていた桜姫に尋ねた。
「桜姫、何故こっちに……」
「すまぬ、妾の力の性じゃ……」
申し訳ない、と闇の女帝は謝る。目の色が紫に変わっているが、どうやら意識を飛ばしているわけではなさそうだ。啓吾達の力の解放と同じ原理かとその状態から悟った。
「闇の女帝の力ということは……」
「ああ、力が戻ったようだ。そして妾の闇の力がこの世界の扉を開き、全員を引きずり込んだ。闇の女神の力はもともと異空間に全てを引きずり込むもの、と天空記に記されてはいたが……」
「その引きずり込まれた先がこの世界だとしてもおかしくはない。俺達もブラックホールを通ってこの世界に来たからな」
「同じ原理だと?」
「おそらく」
そう考えるのが一番妥当だと結論づけ、逆にこの世界から抜け出す方法も出来たと闇の女帝に告げれば、そうだな、と彼女は笑った。
そして、またこのメンバーをまとめなくてはならなくなった悪の総大将は、一行に注意を促しておくことにした。
「とりあえず、ここは神宮で敵のアジトなんだ。何が来ても気を抜くな……」
「主は気を抜いた方がよろしいのではないかと……」
桜姫がそう気遣う理由はこの一行ならではだ。そう、全員揃って一致団結してGODを倒しに行こうなんて集団ではない。
既に瓦礫の山が浮き始め、気温は上がり、それぞれがかなり自由に応酬を繰り広げているのだから……
「次男坊! テメェ柳から離れろ!」
「離れるわけないでしょう? これから寝室に行くというのに」
「ふざけんな!!」
「啓吾! 危ないでしょ! 力を解放するな!」
紗枝が啓吾の頭を一発殴ると、啓吾はじぃ〜と彼女を見つめた。その隙に秀は柳を横抱きにして、まだ破壊されてない部屋の中へと入っていく。このままの恰好で、風邪を引かせるわけにもいかないのだから。
「紗枝……」
「なっ、何よ」
啓吾の熱っぽい目は少し苦手だ。普段より男前になるので、どうしても動揺を抑えられない。それからスッと指先で頬に触れられ、ドキッと鼓動が鳴る。
何でこんな目で見てきて、それに甘い空気を漂わせようとするのかと思うが、すぐにその答えは告げられた。
「紗枝、お前はなんで服着て落ちて来るんだよ……」
「……はっ?」
「あ〜つまんねぇ。いや、別に今から脱がせば」
「くだばれ啓吾!!」
怒りの鉄拳で神宮は揺れ、啓吾は完全に地に沈められた。
そして、沈むものがいれば掘り出された者もいる。花壇に突っ込んでいた森の前に、水の球体をふわふわ浮かせ、夢華は首を傾げて尋ねた。それで顔を洗えということらしい。
「森お兄ちゃん、大丈夫?」
「いや、どうして誰も止めないんだよ……」
「馬鹿だからだろう?」
「ああ、違いない」
「淳! 良!」
それでまた騒がしくなり、龍はガックリと肩を落とす。そして、高校生組に目を向ければ、またどこからか沸いて出てきた神兵やら化け物を二人揃って吹き飛ばしていた。
まぁ、それは仕方ないかと納得するものの、どうしていつもこうなるんだと龍は深い溜息をついて桜姫に尋ねる。
「桜姫……、どうしていつもこうなる……」
「二百代前からの業でしょうか……」
「断ち切りたいんだがな……」
「それは難しいかと……」
主の望みを叶えたいとは思うが、桜姫にも無理なことはあるわけで……
しかし、まずは沙南を守ることが先決だと、龍はまだ鼓動を完全に落ち着かせることは出来ないが彼女に視線を向ければ、何やら真っ白な壁をジッと見つめている。
「沙南ちゃん、どうした?」
「龍さん……」
少し朱い顔をしているが、沙南は気になったことを龍に告げた。
「龍さん、この壁なんだけどね、何か書かれてない?」
「何かって……」
「古代文字です。かつて天界で使われていたものですが」
そう桜姫は答え、その文字を追っていく。二百代前の記憶が鮮明に残っている性か、彼女はその文字すらも解読出来るようだ。
「何って書いてあるの?」
「……天界を追われし神子は滅びの力を司り、やがて災厄を天界にもたらさん。その力、天界の創造主の力を越えるものの、天を操りし王に……、ここまでのようですね」
しかし、桜姫の告げた内容に浮かんだのは神の顔。そして、この壁に書かれていた文はまるで……
「桜姫、これは……」
「はい、おそらく天空記です」
書物に記されていなかった内容がここに存在した……
さぁ、一行が合流しましたが、また騒がしいことに……
本当、この話ってこの応酬がなければサクサク進むのでしょう(笑)
だけど、思いが通じた龍と沙南ちゃん。
通じたら通じたで、またしばらく進展しないような空気が……
うん、まぁ、この二人ですからこれから先もゆっくり愛を深めていけばいいかと……
でも、ちょっと強引で意地悪な龍も書いてみたいなという気持ちはありますよ。
ただ、周りが凍りつきそうな気はしますが(笑)
そして、壁に綴られていた天空記の内容。
途中で途切れていたのは、秀達が破壊してるからです(笑)