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天空記  作者: 緒俐
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第二十八話:病院では御静かに

「龍っ! 一体どういうことだ! 昨日郷田先生の御子息と沙南のデートを妨害しただけではなく、怪我までさせたとはそこまで私の邪魔をしたいか!」


 医院長室へ入った途端、誠一郎の開口一言目は小言というより怒声だった。怯みはしないが鼓膜には響く。それに龍はうんざりしながらも弁解した。


「無礼はお詫び致します。ですが、おじさんは沙南ちゃんを暴走族に嫁がせたいのですか?」

「なんだと!?」

「昨日、その御子息は家に何十人もの不良を引き連れてきました。あのまま沙南ちゃんを渡して回し者にでもしたかったと?」

「ぐっ……!!」

「残念ながら俺はそんなこと出来ませんから。では、失礼致します」


 一分でここから出よう、と龍は思っていたため、とにかく簡潔に誠一郎が二の句を告げられない事だけ言って退出しようとした。


 しかし、誠一郎も立場があるのか、負け犬の遠吠えでも言葉を発したのである。


「待ちなさい! お前には死んでも沙南を渡さんぞ! もし手を出してみろ! その時は」

「うちの平穏をこれ以上乱すというなら、僕がおじさんを徹底的に追い詰めてやりますよ」

「秀」


 紙袋を二つ抱えて秀は医院長室に入ってきた。どうやら沙南が着替えと深夜のデザートを届けるよう、秀に命じたらしい。


「秀! 何しに来た!」

「誰かの職権濫用のおかげで、必要以上に働かなければならない兄さんの着替え届けに来たんですよ。

 ですが、通り掛かりにあまりにも医院長室からくだらない怒声が聞こえましてね、ちょっとばかり僕がからかいに来たんですよ。兄さんの仕事を邪魔するお返しにね」


 そう告げる表情は優美な笑みを浮かんでおり、声は至って平静。だが、皮肉を隠そうともしない言葉の矢が止まることを知らず、秀の口から流れるように飛び出して来る。


 さすがに秀が加わった論戦に勝ち目などまずないと形勢をよんだのか、誠一郎はもっとも秀を加勢出来なくさせる言葉を吐いた。


「ここは関係者以外立入禁止だ!」

「その関係者以外を堂々と自分から招き入れてるじゃないですか。うちはいつから患者より政治家を大事にするようになったんですか?」


 予測出来る誠一郎の攻勢的な言葉など秀はあっさりかわしてさらに反撃した。


 ほどほどにしておけよ、と龍の空気から感じられるが、彼はそうするつもりは全くなく、寧ろ精神ぐらい崩壊させてやろうかと思ってるぐらいだ。


 そんな秀の切り返しに誠一郎はカッと血が上り、さらに顔を真っ赤にして怒声を浴びせた!


「生意気言うんじゃない! 聖蘭病院をより大きくするためには政治の力を取り入れる事が必要不可欠なんだ! ただでさえ世の中は不況で金回りも悪くなってることぐらい分かってるだろう!?

 何より医院長業というのはお前達のような若輩に出来るほど楽な仕事じゃないっ!!」

「医院長がおじさんになってから聖蘭病院は不景気になったと思いますけどね。時代の性にして自分の器の小ささは認めないなんて愚かな事ですよ」

「秀、そこまでにしとけ。ここは病院だからな、静かにするのが礼儀だ」

「すみません、兄さん」


 楽しそうに秀は謝る。内心で深い溜息を吐き出しながらも、いつも誠一郎が高血圧で倒れる一歩手前で龍は秀を止めるようにしている。

 あくまでも沙南の親というのがある性か、必要以上に彼を追い詰めるつもりはなかった。


「では医院長、篠塚先生のオペの件、すぐに許可を頂けるようお願いします」


 失礼します、と二人は軽く会釈して退出した。そして数秒後、怒声と書類をひっくり返したような音を聞きながら二人は医局へ向かう。


「全くお前は……」


 もう少し加減してやれよ、と軽い指摘を持った目で秀を見る。本当にこの兄は気苦労性だな、と秀は思うがどこか人に対して甘いのも龍の魅力だ。


 とはいえども、完全に敵と見做した相手に対しては容赦しないが……


「すみません、最近兄さんがあまりにもストレスを溜めていたのでつい。まぁ、兄さんがキレて、沙南ちゃんを自分のものにしてくれても大歓迎ですけど」

「…確かにお前が来なかったら、沙南ちゃんに愚痴の一つぐらい零してたかもな」


 出来るだけ家で愚痴は零したくないからなぁ、と龍はぼやく。医院長が沙南の父親である以上、彼女に申し訳ないなんて気持ちは抱かせたくないのだ。


「でも、沙南ちゃんなら気にせず聞いてくれると思いますが?」

「俺もそう思うが、毎日愚痴を零す家長なんて格好悪いだろ?」

「そうですねぇ、格好悪いというより可愛いと沙南ちゃんなら言ってのけますかね」

「それは遠慮したいな……」


 龍は苦笑いを浮かべた。秀の言うとおり滅多に零さない愚痴でも零した日には、間違いなく沙南は可愛いとでも言って鮮やかに切り返してくれることだろう。

 おまけ自分の父親のこととなれば、その切れ味もより増すことは目に見えてる。


 だが、そんな沙南だからこそ思うこともある。もし、いつか自分がぐらつくことがあったとしても、きっと彼女は笑いながらポンと背中を押してバランスを戻してくれるだろうと。


 そんな信頼感が龍の中にはあるが、逆にそんな頼りないところを見せたくはないな、と思うのは家長のプライド故と龍は結論付けていた。


 ただし、もし秀が龍のそんな気持ちを知れば、好きだから格好悪いところを見せたくないだけじゃですか……、と突っ込んでいるに違いない。



 それから医局について扉を開ければ、啓吾と紗枝がいるのはいつもの事だが、もう一人、秀にとって好感を持つ人物がそこにいた。


「あら、秀ちゃん」

「今晩は、紗枝さん」

「また来てたのか、次男坊」

「啓吾さんこそ、また徹夜になったようでお疲れさまです。そして今晩は、柳さん」

「こんばんは……」


 昨日、散々からかわれたデートの相手が現れ、柳は恥ずかしさのあまり頬が赤く染めながら小さく挨拶した。その様子に紗枝と龍はおやっと思い、秀は満足そうな笑みを浮かべている。


 とりあえず目的は果たしたのだから、と柳は心臓に悪過ぎるこの空間から抜け出すことに決めた。


「じゃあ兄さん、私もそろそろ帰るわね」

「ああ。次男坊、柳を乗せて丁重に送り届けろ」

「兄さん、そんなご迷惑を……」

「使えるもんは使え」

「兄さんっ!!」

「いえいえ、柳さんなら大歓迎ですよ。さっ、仲良く帰りましょうか」


 ニッコリ笑って、秀はさも自然に柳の肩に手を回す。その行動に柳は慌て、啓吾はガタンと勢いよく立ち上がった!


「次男坊っ! 今すぐその手を退けろ!!」

「嫌ですね、啓吾さんが丁重に送り届けろと言ったんじゃないですか。それともここはお姫様抱っこぐらいするのがマナーかな? ねっ、柳さん」

「ええ〜っ!!」


 これ以上ない混乱が柳を襲う。それ以上からかってやるな……、と龍は柳に同情すら覚え、紗枝はクスクスと笑いながらこの応酬を楽しんでいた。


 ただし、シスコンにとってこの状況を黙って見過ごすわけにはいかない!


「龍、俺少し抜けてくる!」

「何言ってんの! 仕事は腐るほどあるんだからサクサク片付けて頂戴! 最近、私にも影響出て来てるんですからね!」


 啓吾の後ろ襟首を掴み紗枝は引き止める。秀ちゃんの邪魔をしないの、と付け加えればシスコンは唸り声を上げた。


「じゃあ兄さん、また」

「ああ、気をつけて帰れよ」

「柳ちゃんも送り狼には気をつけてね」

「ええ〜っ!!」


 紗枝が手を振り、龍が暴れる啓吾を宥める声を聞きながら二人は医局をあとにした。


 そして、賑やかな応酬が去ったあと、紗枝は沙南から差し入れられたデザートの箱を開けながら言う。


「あ〜あ、やっぱり柳ちゃんは可愛いわね」

「当たり前だ、俺の妹だぞ?」

「そうだな、秀と釣り合う女の子なんてなかなかいるもんじゃない」

「だから何でそう俺を煤けさせたがるのかなぁ?」

「暴れたくはなくなるだろ?」


 落ち着かせるのには一番それが有効的な手段と龍は心得ていた。それには啓吾も反論出来ず眉間にシワを寄せるばかりだ。


「じゃあ、皆出払ったことだし今朝の話題に戻しましょうか? 天宮家と篠塚家の秘密について」

「なんか怪しい話みたいだな」

「沙南ちゃん特製フルーツタルトの甘味が落ちない程度に話してくれれば問題ないわよ?」

「そりゃ言葉を選べってことか」

「話し手の技量次第ね」


 その二家族の秘密をまさか秀と柳がすぐに知ることになるとは、まだ誰も知る由もなかった……




秀は相変わらずの御様子で……(^-^;

誠一郎との論戦は出来るだけ短くでも相手を負かすのが天宮家の方針です。

そうでもしないと高血圧で倒れると龍はふんでいるようです。


そして、柳ちゃんの反応がやっぱり純粋かなぁと作者でも思っています。

秀も最初からただ赤くなる女の子には興味を示しませんが、柳ちゃんの性格とからかいのいがあるところがやっぱりツボみたいです(笑)




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