第二百七十七話:闇にありて銀月は輝く
同じ白銀の大鎌を武器とするものは天界広しと闇の女神と死神ぐらいなものだった。しかもその二つは同じ鍛冶が造ったものであり、この世に二つと無い名品だ。
そして、その鎌に付けられた名が「闇」と「死」。二人を象徴する力を持った名を付けられていたのである……
死神と対峙した闇の女神は少しずつ闇の大鎌に力を溜めはじめた。天空太子達の性なのか、空は黒く風はいつもより強い。ただし、まだ天空王が動いていないことだけは体にかかる重力で分かる。
「死神よ、すぐに道を開けよ。妾の邪魔をするなら今すぐ闇へ誘うぞ」
「本当に過激な女神様だ。闇の世界にあってなお、光輝こうとするか」
死神の皮肉に闇の女神はピクリと眉を動かした。それは彼女が闇の女神となる前の境遇を知っているからこそだ。
ただし、闇の女神という称号は決して嫌いだというわけではなく、寧ろ自分らしいと思ってはいるのだが。
「口の減らないクズが。だが、一つ訂正しておく。闇の中にいて輝くのは妾自身の意思ではない。闇が妾に平伏せてるだけのこと。お前のような死神には分かるはずも無いだろうがな」
その瞬間、辺りは一気に暗くなり地面から闇の渦が死神を飲み込もうと活動を始める。その中で確認出来るのは闇の女神の姿と白銀の大鎌。
死神はその闇の動きを見ながら、最後の問いを投げかけた。
「闇の女神よ、最後に一つだけ尋ねておく。天空軍は悉く敗走しているというのに手を組む意味があるのか?」
「意味ならある。妾は主上より天空王の方がいい男だと評しておるのだ。天空王と沙南姫の治める天界というのも悪くなかろう。お前のような俗物がのさばる世界など滅んだ方がマシだからな」
闇の女神は吐き捨てるように告げれば、死神は目を閉じ死の鎌をスッと構え、力を溜め始めたのか彼の周りが淀み、やがて紫の霧が立ち込め始める。
死の儀式でも執り行おうというのか、と死神の力を知る闇の女神は柳眉を吊り上げる。
「良かろう。ならば力でお前を押さえ付ける。それに元は光の女帝だったお前が闇に落ちた時点で、我等の慰みものになることには変わりない」
「黙れクズが! 沙南姫だけに飽きたらずまだ女を欲するか!」
「当然だ。お前達女神は男に飼われるために存在する道具でしかない。それを飼い主に背くお前達に問題があるに決まってるだろう?」
ゆらゆらと揺れていた闇の女神の髪が全く動かなくなる。ただし、それは戦意を失ったからではない。闇を司る白銀の大鎌に蒼いプラズマが走ったかと思えば、闇の女神は紫の瞳を輝かせた!
「もうよい……口を閉じぬなら永久に闇へ沈め。死の力を司る神よ……!」
怒りに満ちた闇の女神は力を一気に解放すると、闇が死神に襲い掛かりその肢体を飲み込もうと絡み付いた。しかし、彼はその闇を死の大鎌で切り裂き、さらにはそれを自分の力へと変えていく。
「同質の力を持つ私に、お前の闇が届くと思うか?」
「届かぬなら引きずり込むまでだ」
更なる深い闇が死神の自由を奪おうと足場から崩そうとするが、彼は浮き上がり死の鎌を闇の女神に振り下ろしてきた!!
「くっ……!!」
辛うじて闇の女神はそれを受け止めるが、やはり肉体的な力の差はありジワジワと死の刃は迫って来る。
「男の力に敵うと思うか?」
「嘗めるでない!」
闇の女神は一旦力を緩めて死神のバランスを崩させると、ふわりと飛び上がり彼の肩の上を跳ねて距離をとった。もちろん、ヒールで踏み付けてやる器用さも忘れてはいないが……
「身軽な女神だ」
「沙南姫には負ける」
「違いない!!」
再度死神は突っ込んできて闇の女神は死の鎌を受け流し、彼女は足払いをかけるが死神は空間を移動してそれを避け、背後から彼女に死の鎌を振り下ろした!
「死ね! 闇の女神よ!」
「遅い!」
闇の女神は闇の鎌を地に広がる闇へと沈めたあと、ヒラリと横に飛んで刃をかわし、再度姿を現した闇の鎌を掴んだ。それから尖端を下へ向けると、そこに銀色の光り輝く球体がパチパチと音を立てて現れる。
「まだ光りの女帝だった頃の力を失ってないのか!」
「闇にあってこそ銀月は美しさを放つ」
「なっ……!」
それは死神が銀月に気を取られてる一瞬だった。深い闇が死神を捕らえた! そして、月は放たれる!
「飲み込め!」
「ぎゃああああ!!」
雷に打たれた衝撃と闇の力に押し潰された死神は、断末魔の声を上げてその場に崩れた。
そして、彼女は終わったかと一息ついたところに遅い援軍は現れた。
「おや、闇の女神殿が苦戦してると聞いて駆け付けたというのに、やはり誤報でしたか」
闇の女神の後ろに温かな火が舞い降りる。ただし、その表現が似合うのは彼の従者にだろうが。彼女は微笑を浮かべ、腕を組んで告げた。
「遅かったな、南天空太子」
「すみません、神軍が思ってたよりしぶとかったのでね」
「そうか。てっきりお前は倒されたと思っていたが」
「まさか。神軍程度が天空軍に敵うはずがないでしょう? ですが、少し面倒なことは起こってきてますからね。闇の女神殿は神宮の攻撃に加勢していただけますか? 啓星がいるので問題はないと思いますが」
それを聞いて闇の女神は数回瞬きをしたあと、それは深い溜息を吐いた。天空王という男はどうしてそうなのだとでも言いたそうな表情だ。
「はぁ〜、ということは、天空王を護衛する兵はいないということか。あの男は何故いつもそうなんだ……」
「ですが、兄上は信じているはずですよ。無論、私はあなたが加わって負ける戦などあるわけがないと思いたいですけどね」
挑戦的な笑みを闇の女神に向ければ、彼女は誰に向かって言っている、と不機嫌さをましたが、申し訳なさそうにしている柳泉を見ればスッと笑みを浮かべた。
「……柳泉、お前の主は本当に手がかかるだろう?」
「おや、失礼ですね。私は柳泉をとても可愛がっていますよ? ねぇ、柳泉」
「えっと……!」
真っ赤に頬を染める柳泉に、それは満足そうな南天空太子に呆れてしまうが、銀月を受けて倒れている死神の始末をしなければならないと彼女はそちらに歩き出した。
「とりあえず、この死神の始末はしておく。こいつは死んでも呪ってきそうだからな」
闇の女神は闇の鎌をトンと地面につき、死神を地の底へ沈めようとした瞬間、突如彼の周りに魔法陣が光を帯びて浮かび上がり、それが闇の女神の自由を奪う!
「ぐっ……!!」
「闇の女神殿!!」
「柳泉!! 近付いてはなりません!!」
駆け出そうとした柳泉の腕を掴んで後ろに下げ、南天空太子は自分の力を発動させる!
そして、倒れていた死神の体は浮かび上がり、膝をついて苦渋の表情を浮かべていた闇の女神を見下して笑った。
「くくっ……! これで貴様は力を発動出来まい?」
「無礼者が……!」
「悪く思うな。貴様の力は沙南姫と自然界の女神同様危険なことに変わりない。ならば二度と力が発動せぬように封じるまでだ。いや、存在そのものを」
「存在まで消させはしませんよ!!」
「ぐああああっ!!!」
南天空太子が放った業火が死神の身体を焼き、闇の女神を縛り付ける力が弱まったところで彼女は闇の鎌で死神を闇の中へと沈めた。
「闇の女神殿!!」
「くっ……!! あの外道が……!!」
闇の女神の身体から白い湯気が立ち上がり、彼女の力を奪われたであろう、呪いの文字が腕へと刻まれている。
しかし、今度はそれを解く暇がない重力が三人を叩き付ける! これほどの力を持つ王など一人しかいない!
「なっ……!!」
「天空王か……!! 妾は良い! すぐに天空王のもとへ行け!! 天界が滅びるぞ!!」
「柳泉!!」
「はいっ!!」
闇の女神をその場に残したまま、二人は天空王の元へと駆け出す。
そして、その呪いが解けることがないまま、天界は滅びたのだった……
はい、今回は闇の女帝の二百代前、闇の女神だった頃のお話でした。
死神が南天空太子を怨んでたのも自分の身体を焼かれたからなんですね。
だけど大鎌を振り回す女神様。
う〜ん、絶世の美女が振り回すのも結構凄いかも。
それに女帝としての威厳もありますからね、尚且つ凄いイメージを持ってもらえるといいなと思います。
そして、次回は現代で死神と対峙している桜姫と柳泉の活躍を書いたあと、再び龍達の視点に戻れるところまでいくのかしら……