第二百七十六話:死神
何かが柳の中で動く。火竜が自分を包んだような感覚を覚えて、火の中に南天空太子の従者としての自分が意識を飲み込んだ……
空間を裂いて現れた死神にいち早く反応したのは、人ではく自然界のもの達だった。花瓶に生けていた薔薇の蔓が急激に伸びて死神の鎌を絡め取り、その隙をついて鳥が襲い掛かる。
「沙南ちゃん!」
動けなくなっていた沙南を土屋が安全な場所に引き寄せ、桜姫と紫月が同時に攻撃を仕掛けると死神は空間を移動して距離をとった。
一瞬の出来事に闇の女帝の側近達は反応も出来なかったが、彼女を守ろうとする意志だけは残っているらしい。夢華が自分達の前に出て守ろうとしてくれたことも精神を保たせてくれたようだが。
「自然界の女神の力か。助けられたな、太陽の姫君」
低い声、闇より深い裾が擦り切れた衣を頭から被り、真っ白な手には鋭く白銀に輝く大鎌を手にしている。ただ、道化師の仮面を付けていて表情は見えないが、その仮面自体は桜姫を不機嫌にさせるには十分なものだった。
ただし、先日桜姫が倒し、龍に憑依した同一人物とは性格も空気も違うみたいだが……
「桜姫、あれは何者じゃ」
「死神です。ただ、主上の剣となったことは知りませんでしたが」
「だとしたら主上の趣味は相当悪いみたいだな。あのような者を部下に持つとは」
「同意見です」
そんな会話を繰り広げていると、死神は闇の女帝の方を向いた。それに闇の女帝は何故か心の奥底から気に入らない感じを覚える。
自分であって自分じゃない。飲み込まれたくはないがこのままでいいのかと問い掛けて来る自分もいる。
「闇の女神よ、お前もこちら側に何故付かない?」
死神の問いに闇の女帝は眉を吊り上げた。やはり心がいつも以上に苛立つ。だが、彼女は女帝としての威厳を崩すことなく言い切った。
「二百代前の妾を現代で持ち出すな。それに妾は人に命じられるのは好かぬ。主上や滅びの神など興味すら湧かぬ!」
死神の表情は仮面を付けているために分からないが、それでも笑っているように感じた。気に食わない、とまた闇の女帝の心の中で自分じゃない自分が告げる。
「そうか、それは残念だ。ならばここで生かす理由を持つものはいなくなった」
死神がそう告げて白銀の大鎌を構え直せば全員が身構える。一体どこから襲って来る気かと紫月は空気の網を張るが、死神はこちらの糸が切れるのを待ってるようにも思える。
ならば……、と紫月は自分がもっとも向いてる行動を取ることにした。いや、ここで動かなければならないのは自分か桜姫かだ。
「姉さん、皆さんの守りをお願いします。ここは私が引き受けます」
「……紫月、あなたが皆を守りなさい」
「えっ!?」
紫月が柳を見た瞬間、その瞳は紅に輝き、ゆっくりと彼女の周りには炎と熱が纏わり始めた。そんな柳の状態と闇の女帝を勧誘した理由を合わせて、桜姫は死神の仮面の下にある顔を思い浮かべる。
いや、宮岡のメールにも予言を何度も送って来たのだ、奴しかいない!
「淳将軍、ここは私と柳様にお任せ下さい。そして、万が一誰かが覚醒することになったら自分の命を最優先してください。それが主からの命令です」
肌に感じる熱も常人では確かに堪えられるものではなくなってきてる。ここは桜姫の言う通りにした方が良さそうだ。
「分かった。皆、ここから離れるぞ!」
「柳ちゃん……!」
「沙南姫様、お逃げ下さい。この死神は私が倒しますから」
柳の意識は完全に柳泉に飲み込まれている。ただ、それでも沙南を思う気持ちだけは二百代前と変わらないようだ。沙南は土屋に促され、柳が無事であることを祈って駆け出した。
「さあ、出てこい柳泉。まずは貴様の主の罪を償ってもらう!」
そう死神が叫んだ瞬間、柳から一気に炎が立ち上り天井を突き破った! 周囲は火の海になるかと思いきや、何故かこの部屋以外に燃え移ろうとしない。特にそれを感じてるのは桜姫で、熱いことには変わりないのだがこの高音の中にいても苦しくないのだ。
そして、炎の中から紅の衣を身に纏った火の女神よりも美しい南天空太子の従者は姿を現す……
「……私の覚醒を待つとは随分余裕みたいですね」
「当然だ。貴様の主にはあの最後の戦でひどい火傷を負わされたのだ。貴様でなければ戦う意味がない」
「愚かな。色欲にばかり走る神だからこそ負わされた火傷だと悔い改めれば良かったものを」
「黙れ! 上玉ばかりを抱え込むお前達天空族に見下されてたまるものか!!」
空間を移動して、突如柳泉の前に白銀の大鎌は振り下ろされる!
「くっ……!」
柳泉はそれをかろうじて避けると、彼女の周りにいくつもの火球が現れてそれを死神に放つ! そして、それを避けた隙をついて桜姫は花びらの刃を放った!
「舞い散りなさい!」
「ちっ!」
死神は舌打ちして神通力を放ち桜姫に花びらを跳ね返すが、やはり自分の花びらなのかそれは彼女を傷付けることなくふわりと取り巻いた。
「小娘どもが……!」
死神の周りにまがまがしいオーラが現れ、やがて床には古代の魔法陣が光を帯びて浮き上がって来る。その現象の正体を桜姫はすぐに見破った。
「呪術ですか……」
「桜姫、気を付けてください。あれは闇の女神様を追い込んだものです」
「はい。ですが、発動前に叩きます!」
二人は死神に突っ込んでいった。
それは二百代前、最後の戦の話である……
天空軍劣勢との報を受けて戦場に踊り出た闇の女神は真っ黒なチャイナドレスを身に纏い、白銀の大鎌を振り回し敵を闇へと飲み込んでいく。その力の巨大さに彼女を捕らえようと多くの兵や化物が襲い掛かるが、触れることさえその闇が許さなかった。
そして、荒れた大地を更に駆けていくと、そこには彼女の表情をしかめる人物が行く手を阻む。彼女は後ろに続く兵達に散るように告げ、現れた相手を睨みつけた。
「死神が妾に何の用じゃ」
「同族の神に向かってその口の効き方はないだろう?」
闇の女神の前に立っていたのは黒の衣は纏い、彼女と同じ白銀の大鎌を持った死神だった。そして、さすがは神族ということか身につけているものは上等なもの。それに仮面も付けていない一人の青年だった……
はい、またお待たせして申し訳ありません!
なかなか書く気力が起きない緒俐ですが、地震が落ち着いてくれたらまた早いペースで更新していきますね☆
今回はなんと柳ちゃんが覚醒!
また何でそんな展開に……と突っ込まれそうですが、まあ、ちゃんと語っていきますので。
だけど滅多に戦わない柳ちゃんですが、火の力は持ってるので秀と同じことも出来るわけですが……
うん、やめといた方が良さそうですよね……
そしてお話は二百代前へ。
闇の女帝こと闇の女神様と死神は因縁があるみたいで……
次回はどうなるのやら??