第二百七十一話:変わらない夜
二百代前、最後の戦いの前夜に自分はどんな顔をして天空王に会いに行ったのだろう。
ただ、月を眺めている天空王を見て、自分から離れて行ってしまう感じがしたのだけは覚えている。とても悲しくて、愛しくて、傍にいたくて、一つになりたいと願った……
龍の部屋の前で沙南は深呼吸した。龍の部屋に入ることなんていつもの事だと言い聞かせてはいるのだが、二百代前の最後のあの夜、沙南姫は思いの丈をぶつけ、そして……
「そんなことない、そんなことないわよ、龍さんなんだから、史上最強の堅物なんだから……!」
小声とはいえ、思わず口に出してしまうほど沙南は動揺していた。しかし、その堅物の二百代前は天空王なのでは、ということをつっこんでくれる人物達はいないが……
真っ赤になる顔とうるさい鼓動を無理矢理にでも抑えることにして、沙南は左手だけで盆を持ち中に入ることにした。
「龍さん、入るわよ」
いつもの明るい声でドアを開けると、その部屋の中は薄暗い。テラスにでも出てるのだろうか思い、そちらの方に向かうと風呂上がりなんだろう、気持ち良さそうに夜風に龍は吹かれていた。
綺麗だな、と思うと同時に二百代前の記憶が蘇って来る。そして、胸が締め付けられるような切ない気持ちと、恋い焦がれた人の傍にいたいと願う思いが沙南の心を埋めていく。
何も変わっていないのだ、自分は何度生まれ変わっても龍にただ惹かれてしまう。そう改めて自覚して思わず泣きそうになる。触れたい、ずっと私の傍にいて欲しい、折原沙南として本気でそう思った。
しかし、沙南はそれを我慢していつものように振る舞うことにする。そうすればいつの間にか笑っていられるからだ。窓ガラスを開けて、いたずらな笑みを浮かべて声をかけた。
「月明かりに照らされて絵になる美青年発見〜」
「沙南ちゃん……」
「ふふっ。はい、二百代前は手ぶらだったけど今日はコーヒー入れて来たわよ。あとチョコレートも欠かせないわよね」
「太るって騒いでたのに食べるのかい?」
「また運動するからいいの!」
少し拗ねて真っ白なテーブルの上に盆を置く。そして、小さなチョコレートを一つ摘んで口の中に入れると、じわりと溶けるあの甘さに沙南の表情は綻んだ。
それに龍は苦笑して、彼も有り難くコーヒーと一緒に頂くことにする。しかし、チョコレートを一つ摘んで龍はふと思い出した。
「チョコレートと言えば、毎年沙南ちゃんからのメッセージチョコレート。あれだけよく愛の言葉が思いつくよな」
バレンタインの日に、沙南は毎年ハート型のチョコレートに愛のメッセージを入れている。秀達もそれはほのぼのとしてみているのだが、実はこのチョコレートには沙南の苦悩と意地が込められている。
龍が非常に楽しそうな表情をするのも、彼女からのメッセージが間違いなくこちらを驚かせようとしている努力が見られるからだ。ただ、沙南は面白くなさそうだが。
「龍さん、絶対毎年楽しんでるでしょう?」
「まぁね。大好き、愛してるまでは可愛かったけど、六歳の女の子に漢字で結婚してと書かれるとは思わなかったな」
「龍さん!!」
それに龍は爆笑した。性質の悪いことに、龍は毎年沙南から貰う本命チョコレートを別の意味で楽しみにしているのだ。それが本命宛へのメッセージである。
小さな頃から沙南がそれは大好きな龍のためにと書いているのだが、逆にそれが本気だととってもらえない原因になったに違いない。
龍と沙南にとってのバレンタインデーとは、沙南がどこまで愛の言葉を書けるかという行事と化しているのだった。
「だけど大変なのよ、毎年龍さんに愛のメッセージ考えるのも。ほとんどの定番は使い切っちゃったしね」
「そうだな、私を食べてまで書いたしな」
「本当よ、今年はどうしてやろうかって悩んでるんだから」
間違いなくその場に啓吾達がいたら、もうつっこむ気力すら喪失していそうな会話である。寧ろ、一般成人男性が好きな女性に毎年そこまで書かれて、よく何の進展しなかったものだと感心してしまうほどに。
しかし、今夜の龍はそれ以上茶化すつもりはなかった。沙南にどうしても伝えたい気持ちがあったからだ。龍は一呼吸おいてテーブルの上にコーヒーカップを置くと、穏やかさの中にも真剣さを含んで彼女の名を呼んだ。
「沙南ちゃん」
「なに?」
「今度のバレンタインは本当の気持ちを書いてくれるか?」
「えっ?」
沙南は思わず目を丸くした。それからすっと龍は彼女の頬に触れて真剣な目をして射抜いて来る。触れられた手から熱が伝染してくるみたいで、沙南の頬は一気に真っ赤になった。
「俺の自惚れかもしれないけどね、君に一番近い男は君が生まれた時から俺だったと思ってる」
「龍……さん……?」
そして、思いは告げられる……
「俺は君が好きだ」
頭が真っ白になった。ずっと欲しかった言葉が、欲しかった思いがここにある。
ただ、しばらく何も返答がないと、さすがに龍もどうしたのだろうかと微妙な表情をして沙南に声をかける。
「沙南ちゃん?」
「……ずるい」
「へっ?」
「どうしていつもこういう時だけタイミング外さないのよ!」
「どうしてもって言われても……」
龍はどうするべきなのかと困惑するが、涙目になりながらも沙南は彼女らしくニッと微笑を浮かべると、龍の思いに対する答えを告げた。
「好きよ……私は龍さんが好き」
「……ありがとう」
そう答えた後、龍は沙南を腰に腕を回して引き寄せ、クイッと顎に指をかけると沙南の瞼はゆっくりと下りる。そして、唇は重なり甘い空気が二人を包む。
それからそっとそれが離れると、二人の視線は熱を帯びたまま絡まる。だが、足りない……
「もっと……」
「えっ?」
「もっとして?」
潤んだ瞳に背をはい上がって来る細い腕。まるで何かに打ちのめされたような衝撃は大きな反動になって龍を突き動かした。
それからどのくらい口付けを交わしたのだろうか、くたりと沙南は龍に身を預けて抱きしめられていたが、その甘いムードを龍は打ち切ることにした。
「さて、そろそろ部屋に戻りなさい。良い子は寝る時間だ」
「えっ?」
「明日は早いからね」
まるで魔法が解けるから家に帰れと言われるシンデレラみたいだ。ただし、そう告げてくれるのは魔女ではなく、家長という文字の張り付いた王子様だったりするわけだが。
部屋の中に戻ろうとする龍のTシャツの裾を沙南は引っ張って、彼女は俯いて魔法が解けるのを拒む。
「沙南ちゃん?」
「……今夜は一緒に寝て」
「ダメ!」
即答だった。そこまですぐに拒否しなくてもと思うが、龍は罰の悪そうな表情で本音を漏らした。
「理性が保たなくなる……」
「構わないのに……」
「沙南ちゃん、あのな……」
言い終わる前に、首に腕を回されて呼吸を奪われる。もう逃げるな、とそう誰かに告げられているような気がした。好きな女の子にここまで言わせておいて逃げ出すようなら、ただの臆病者だとも思い直した。
もう拒みまい、全てを流れに任すことにして龍はその体を閉じ込めた。
あれからまた時間が過ぎた。龍は時間だとベッドからそっと抜けて衣服を身につける。ベッド中では疲れたのだろう、沙南は熟睡していた。
「沙南……」
彼女の目が覚めるまで傍にいてやれないことを申し訳なく思う。きっと二百代前の自分もこうして情けない顔をしていたのだろう。それにどうしようもないなと自嘲して、龍は沙南の頬に手を添えると口付けを落とした。
そして、ゆっくりそれが離れると龍の顔は凛としたものに切り替わる。戦に行く長としての顔だ。
「行ってくる」
そう告げて部屋を出ると、龍は彼の従者の名を呼んだ。
「桜姫、いるか」
するとふわりと龍の背後に桜姫は姿を現す。その表情は従者として主を送り出そうという気持ちと、沙南とのことを心配するものだった。
「主、沙南様には……」
「伝えたよ。二百代前と全く変わらないな、俺は……」
龍は苦笑して答える。おそらく今日、戦局は大きく動く。そのために龍達は奇襲を掛けることにしたのだ。ただ、心配するであろう沙南達には隠して……
「主、必ず戻って来てください。まだ沙南様に全てを伝えきれてはいないのでしょう?」
「ああ、足りないぐらいだ」
すると桜姫は目を見開いた。かつてこれほど晴々とした表情を浮かべたことがあっただろうかというほど迷いがない。
「だから必ず戻るよ。桜姫、沙南のことを頼む」
「……命にかえてもお守りいたします」
龍の後ろ姿を見送りながら、桜姫は主の帰るべき場所を守ることを誓うのだった。
それから龍は玄関を出ると、弟達と啓吾が待っていた。全員戦闘準備万端といい表情で笑っている。
「すまない、遅くなった」
「構わない。だけどいい顔してるな」
啓吾はカラカラ笑うが、龍はいつものように真っ赤になってはくれない。だが、二百代前と同じように微笑んだ。
「ああ。行くぞ!」
そして、闇夜の中を飛び出していく龍に翔と純が続く。思わず啓吾は呆気に取られてしまうが、秀においていくと言われて彼も闇夜に飛び出した。
「全く変わんねぇよな……」
啓吾はただポツリと呟くのだった……
いやったぁ〜〜〜!!!
長かった、やっとやっと……!!
龍、やっぱり決めるときはバシッと決めてくれるんだよね!
憎いぞ悪の総大将!!
だけど沙南ちゃんも積極的だなぁと。
うん、そこまで言わないと通じないよね。だって史上最強の堅物だもん(笑)
でもまた離れなければならないのは二百代前と全く一緒みたいで……
普通にイチャイチャ出来たら立派な恋愛小説になるかもしれないんですけどねぇ……
まあ、じれったいのがこの二人の恋愛なんで長い目で見ていただければと……
そしてついに龍達はGOD本部に殴り込みます!
バトルとコントのオンパレードになりそうですね。
どれだけ活躍してくれるかなぁ??