第二十七話:親友
翌日、啓吾と紗枝は揃って医局の扉を開くと、朝からカルテに書き込み中である龍を見付ける。その空気が先日と違い、淀んだものじゃなくなっていることに二人は内心ホッとして挨拶を告げた。
「おはようさん」
「おはよう」
二人は龍の両隣の席に鞄を置くと、龍も一旦ペンを止めて挨拶を返す。
「ああ、おはよう。すまなかったな啓吾、シフト変わってもらって」
「気にすんな。おかげで久々に夜寝れたから」
なにより変わらなかったら、今頃医療ミスが起こってた気がする……、とはとても言えなかったが……
「それより啓吾、話があるんだが」
「ああ、昨日のことは紫月から聞いた。夜にでもお前らの秘密は聞いてやるよ。ついでにうちのことも話せることだけ話してやる」
「面白そうね、じゃあ私も混ぜてもらおうかな」
紗枝は啓吾の机にコーヒーをおく。もちろん私だけのけ者にするつもりはないわよね、と悪戯なその表情が語っている。
「人ん家の事情になんで紗枝が……」
「文句ある?」
「いえ、すみませんでした」
そのやりとりに龍は苦笑する。事態はかなり危険なことなのに、この二人にかかればよくあることだと片付けられそうだ。
「啓吾、紗枝ちゃんは俺達が少し常人離れしてることは知ってる。だから聞かれても問題はない。それに俺の推測には過ぎないが、相手は篠塚家にも興味を持ったと思った方がいい。お前だって出来るだけ妹達を危険な目には遭わせたくないだろ?」
「そりゃそうだけどよ……」
龍の言うとおり妹達は危険な目には遭わせたくはない。かといって、他人様に自分の家族を守ってくれという考えも啓吾にはなかった。
過去に篠塚家は何度も危険な目に遭って来てるのだ。妹三人ぐらい自分の手で守り通したかった。
「とにかく、これからは何かあったら必ず知らせてくれ。うちは恩人には礼を尽くすように教育してるんだからな」
確かにそうよね、と紗枝はくすくす笑った。啓吾は何故そんなところで教育が出て来るのかと気が抜けてしまう。
「龍、お前って深く考えてる割には時々、理由が所帯じみてるよな」
「俺は一般的な平和主義者でいたいからな。好戦的なのは弟達だけで充分だ」
「昨日、郷田議員の息子と愉快な仲間達を産業廃棄物にしたんじゃなかったのか?」
「龍ちゃん、そこまでやっちゃったの!?」
龍は否定出来なかった。確かに多少やり過ぎだ気がする。少なくとも全治数ヶ月を要する怪我人も出したのだ。そこを突かれてしまうと、医者にあるまじき行為だったかもしれないな、と彼らしい反省をする。
その直後、龍の机の内線が鳴り響き啓吾と紗枝は顔をしかめる。予測を裏切りそうにないコールに、やっぱりきたか、という表情を浮かべながら龍は受話器をとった。
「はい、天宮です」
『天宮先生、至急、医院長室へお越しください』
「分かりました。ですが、本日はオペがありますので夕方に伺うと伝えておいて下さい」
受話器を置き龍は立ち上がった。仕事は仕事、私情は私情だ。どちらを優先させなければならないか、今回ははっきりしている。
それから龍は立ち上がり、顔付きはスーパードクターへと変わる。啓吾もコーヒーを飲み終えてスッと立ち上がった。
「さて、啓吾先生、そろそろ行くぞ」
「ああ。医院長の小言よりはオペの方が重要だもんな」
「そうね、いってらっしゃい」
ヒラヒラと手を振って紗枝は二人を送り出した。彼等はあくまでも医者である。分かりきった事を聞く前にやるべきことはやるべきだという信念は変わることはない。
とはいえども、今回は相手に怪我を負わせたのは確かに龍なので、いつもより少しだけ平謝りの時間は増えるだろうな、と思いながら紗枝はコーヒーをコクリと飲み、ホッと息を吐き出すのだった。
一方、聖蘭女子大学では少し前の席に座っていた柳を発見し、沙南は小走りに彼女のもとへ駆け寄って行った。
「柳ちゃん!」
「あっ、沙南ちゃんおはよう」
一限目の教室で二人は挨拶を交わす。どうやら沙南にはいつも笑顔が戻ったようで柳は安堵した。
ただし、その笑顔がいつも以上に溢れているのは自分の問題が片付いたからではなく、寧ろ柳のことが大半を占めているからだ。興味津々といった声で沙南は直球を投げた。
「柳ちゃん、昨日秀さんとのデートはどうだった?」
「ええっ!? えっ、えっと……、その……!」
いきなり問われて柳は頬を朱く染める。そんな予想を裏切らない反応は沙南を悪戯な笑顔へと変え、彼女はさらに声を弾ませて柳をからかうことにした。
「初デートだったんでしょ? やっぱり手を繋いだり腕を組んだり、もしかしてキスしちゃったり!?」
「どれもしてませんっ!!」
柳は真っ赤になって否定した。秀ともしそんなことになったりしたら……、と考える前に爆発してしまう自信だってある。それほど柳は純粋だ。
「だけど、お化け屋敷も入ったんでしょう? あそこのお化け屋敷って結構長くて怖いって噂だったけどなぁ?」
茹蛸が出来上がった。どうやら見事当たりだ。
「やっぱり抱き着いちゃったの?」
「うう〜っ、秀さん心臓に悪いんだもの」
恥ずかしさのあまり涙目になりながら、柳は昨日の事を振り返る。
絶叫系マシーンは二人して楽しんでたのだが、お化け屋敷はそうはいかず不意打ちで抱き着いてしまったらしい。
当然、それで秀のいたずらセンサーが作動してしまい、からかいのネタになったようだ。「あっ!」と声を出される度、服を掴むなり抱き着くなりしてしまったようである。
「秀さんらしいなぁ。どおりでデートから帰って来て機嫌が良かったはずよね」
「えっ? 秀さん、私になんか時間を割いてくれて楽しかったのかしら?」
キョトンとした表情を浮かべて尋ねて来る柳に沙南はニコッと笑って答えた。
「柳ちゃん、もし柳ちゃんに不満を言ってたら秀さんは最低三日間ご飯抜きにしてたわよ!
だけど、本当に話すのが勿体ないからって嬉しそうに笑う秀さんなんて久しぶりに見た。女の子と出掛けた時なんて初めてかもしれない。
だから柳ちゃんってやっぱりすごいんだよ。もっと自信持ってもいいと思うな」
そう言ってもらえて心から嬉しいと柳は感じた。自分をそう評価してくれるものなど家族ぐらいだと思っていたのだから。そして、それは穏やかな笑みに変わる。
「ありがとう、沙南ちゃん」
ふんわりとした笑顔に沙南は止まった。元々とても可愛らしい美少女だがこれはまずい。というより……
「沙南ちゃん?」
「……柳ちゃん、今の表情暫く秀さんに見せちゃダメ!」
「えっ?」
「秀さんが本気になったら柳ちゃんを独り占めするに違いないもん! だからダメ!」
「ええ〜っ!?」
混乱する柳を沙南はギュッと抱きしめた。秀に取られるのがあまりにも勿体ないので、まだ当分の間は、自分だけの親友のままでいてもらおうと沙南は決意した。
はい、医者三人組は相変わらず危険な事態に陥っても楽しく会話が繰り広げられています。
紗枝さんは仲間ハズレはごめんだからと脅してる始末です。
それに医院長の小言よりオペ優先の龍先生もやっぱり医者なんだなぁ。
そして、柳ちゃんの口から秀とのデート話出てきましたが、秀は柳ちゃんをからかうことがブームなようです。
ですが、沙南ちゃんもその楽しみを独占させるのは勿体ないみたいですね。
やっぱり女の子の友情はいいなぁ。