第二百六十二話:信じているからこそ
食堂に静寂が戻った後、桜姫は術を解いても構わないと促されて解除すると一行の視覚と聴覚は戻る。
そして全てが終わったと確認すれば、翔は龍の元に行き抗議の声を上げた。
「兄貴! いきなり何するんだよ!」
やっぱりそうきたか、と啓吾は怠そうに被害を免れた椅子に座る。この真っ直ぐさを毎回相手にしなければならない龍も大変だと思うが、やはり天宮家の家長は弟の扱いは心得ている。
「すまないな。お前の教育上に良くない光景を見せたくなかったからな」
龍はそう告げて翔の頭をクシャッと撫でてやる。それで翔は大人しくなるが、秀は自分までやる必要なかったのにと少し不満そうな表情を浮かべている。
次男坊はお兄ちゃん子だよなぁ、と啓吾は思うが、秀は龍の気持ちを汲み取れない弟でもない。ただ、牛男の結末だけは龍に尋ねた。
「兄さん、あの牛は……」
「……自害したよ」
「そうですか……」
それ以上詮索するなと感じた秀は、話しを反らすことにした。今回のことで、どうしても分からないことがあったからである。
「それより兄さん、あの手の敵はどうやって対処すればいいんですか?」
「えっ?」
「そうだよな。龍兄貴、どうやって実体の位置が分かったんだ? やっぱり勘?」
そう言った瞬間にゲンコツが直撃する。翔は頭を押さえて涙目になりながら抗議した。
「いってぇ〜! 何すんだよ秀兄貴!」
「翔君じゃないんだからそんなはずがあるわけないでしょ!」
「だからって殴ることないだろ!」
「だったら避けなさい」
「避けたら燃やすだろうが!」
秀と翔の応酬が始まり龍は発言のチャンスを失うが、やはり桜姫も気になっていたようだ、丁寧な物腰で彼女は龍に問う。
「主、私も今後のため対処法を教えていただけると幸いです」
すると龍は罰の悪そうな表情を浮かべた。それを見た啓吾は煙草を取り出し火を付ける。どうやら龍にしては意外過ぎる答えを聞くことになりそうだ。
そんな龍があまりにも珍しいので、桜姫はどうしたのかと首を傾げた。
「主?」
「……勘だ」
「えっ?」
若干顔が赤い。目線を合わせないあたりどうやらそれは事実らしい。桜姫はなんと言えばと少々困惑するが、一方的に秀にやられていた翔は頭を押さえ付けられていた手を振りほどいて龍に再度確認する。
「兄貴」
「何度も言わすな。勘だといってる」
「おい……それじゃ、下手したら俺はやられてたのか?」
「……スマン」
しばらく沈黙が流れる。啓吾は煙を吐き出して食堂に入り込んで来た風と一緒にそれは流れていった。悪の総大将も不可能なことはなさそうでけっこうあったりするらしいな、と彼の心中はいたって普通らしい。
だが、たまたま助かった三男坊殿は頭の中で整理できたのだろう、一気にこの沈黙を打ち破った!
「兄貴〜〜!!!」
「だから謝っただろう! 俺だって一般人なんだ! 幻の理屈は分かっても対処法まで知るか!!」
「それで悪の総大将やってていいのかよ!!」
そのやりとりに一行は呆気に取られることになる。まさか本気で勘だったとは誰もが思わなかったらしい。だが、あまりにも翔が抗議すれば家長の威厳で黙らせるあたりはさすが龍というところか。
桜姫はちらりと啓吾を見れば、彼はもっともな対処法を答えてくれた。
「まあ、殺気は何とか感じられるし……」
「ええ、用心するしかございませんね……」
出来ればもう会いたくないけど…、と二人は同じようなことを思うのだった。
そんなやりとりを呆然として柳は聞いていたが、傍にいた沙南がくるりと後ろを向いて食堂から出ていく。
「沙南ちゃん?」
「柳ちゃん、私、少し疲れちゃったからちょっと休むね。晩御飯の準備前には出てくるから」
「沙南ちゃん」
追い掛けようとしたが紗枝が柳の手首を掴んでそれを止めた。こちらに表情すら見せないということは、それだけ彼女が不安定になっているということだ。それに彼女を追い掛けなければならない人物も沙南の様子に気付いているはずだから……
しかし、こんな時でも龍は龍だった。すぐに追い掛ける前に礼節を重んじてしまう。今から寛ごうとしている二人に命じておく。
「秀、啓吾、自分達が壊したものは責任もって片付けろよ?」
「片付けろって……」
食堂を見渡せば壁にはフォークとナイフが刺さっており、いくつかのテーブルと椅子は無惨なことになっていて、大理石の床には壊れた皿やパソコンの残骸が散らばっている。間違いなくこの被害の半分くらいは自分達に責任がある。
だが、牛男との戦闘でつくった被害は龍の責任と、彼はきちんと闇の女帝に頭を下げて詫びた。
「闇の女帝、食堂を破壊して申し訳ない」
「構わぬ。敵の襲撃に目くじらを立てるほど妾の心は狭くない。それより天宮龍、早く追った方がいいのではないか?」
「えっ?」
「折原沙南じゃ。気になって仕方がないのだろう?」
まさに図星らしく龍は動揺した。それに闇の女帝は意地悪な笑みを浮かべるが、それでも龍はここを片付けてからだと律儀に申し出る。
どこまで堅物なのかと感心を通り越して呆れてしまうが、その背中を押してやらなければならないなと思わせるのが龍の魅力なのだろう。ならばと、闇の女帝は彼女の風格を漂わせて龍に告げる。
「あの娘、この前話した時の勢いがアメリカに来て全くない。原因は間違いなくお前だろう」
全責任を押し付けられてる気がしないこともないが、少なくともいくつかの心当たりはあるし、彼女の不安を支えきれていなかったのは自分の性だ。
すると闇の女帝は龍を睨み上げ、天宮家にはとんでもないことを言い出した。
「天宮龍、この屋敷の弁償を背負いたくなければすぐに折原沙南を追い掛けよ!」
「なっ!?」
「龍兄貴! 路頭に迷うからすぐに行け!」
「兄さん! 借金生活なんて御免です!」
「僕、働かなくちゃいけないの?」
弟達は瞬時に叫んだ! さすがは天宮家、こういう時の団結力は半端ない。その目はありえないぐらい真剣に龍を直視する。
さすがにこれには勢い負けする龍はうろたえるが、啓吾は煙草を潰していつもの調子で背中を押してやる。
「龍、早く行ってこい。沙南お嬢さんを何とかすんのはお前の役目だろ?」
これ以上何か言ってたら面倒だと言わんばかりに啓吾は告げてくれる。そんな親友の気遣いに龍はいろいろ考えてた自分が馬鹿らしくなった。
沙南にどう接するかを考える前に、自分がどうしたいのかを考えるべきだったのだ。それを彼女は受け入れてくれるはずなのだから。
「ああ、行ってくる」
龍は食堂から駆け出した。
その背中を見送ったあと、一行は和やかな空気に包まれる。そして龍を動かすために一役買ってくれた闇の女帝に、秀はクスクス笑いながら告げた。
「闇の女帝も意地悪ですね。弁償しなくていいと言っといてすぐしろなんて」
「慌てる天空王というのを見たくなってな。それに……いくら何でもあそこまでじれったいといくら妾でも腹が立って来る……!」
じれった過ぎる恋愛ドラマよりあれは性質が悪いという意見には全員頷いてしまう。しかし、それ以外にも闇の女帝は気になっていたことがある。
「だが、折原沙南の様子は少し気になるな。あれは天宮龍だけが原因とは思えないが……」
「大丈夫ですよ」
秀はすぐに切り返した。その笑顔は生まれたときからの付き合いだからこそ出てくるものだ。壁に突き刺さったナイフを抜きながら、彼は二人を信じていた。
「それを含めて何とかするのが兄さんですからね」
「……じれったい二人だ」
全くだなと思いながらも、一行は二人を信じていたのだった……
今度こそ龍は沙南ちゃんに思いを伝えられるか! と言うより伝えてくれ!
本当、ここまでじれった過ぎる恋愛ってあるのか!?
秀と啓吾兄さんは有り得ないぐらいイチャイチャしてるのに……!
ということで、次回は龍と沙南ちゃんのお話になりそうですね。
まあ、ここのところ沙南ちゃんの不安定さって結構ありましたから、そろそろ全て龍が汲み取ってあげて欲しいです。
というより、今回沙南ちゃんの話まで書けなくてすみませんでした。
その分次回は少し龍も頑張ってくれる予定なので(笑)